雷 第五十五話

幕府軍が率いた三十二藩、総勢十五万の軍勢は、重い雲が季節風に乗るようにして、長州に向かった。これが、六月の事である。総大将である将軍家茂はすでに病状に侵されている体を奮い起こして、大坂に長陣を張っていた。
 長州の攻め口は、上関口、芸州口、大島口、小倉口、萩口の五方面より攻め立てた。そのうち、萩については薩摩が担当している事もあって、実際には萩口を除く四方面から攻め立てる作戦になっていて、いうなれば長州全体を一城に見立てた城攻めに近い感がある。
 無論、長州軍もそれに応じる様に兵士たちを配置し、その総参謀には大村益次郎がついた。
 長州軍は精強で、緒戦こそ大島を幕府軍に奪われる事にはなったが、その後奪還すると一気に幕府軍を敗走させ、小倉口では高杉が率いる丙寅丸と、援軍に来た亀山社中の艦隊が幕府艦隊に夜討ちに及び、幕府艦隊は潰走する羽目になった。それだけではなく、前述のとおり幕府軍は当初より士気は低く、特に浜田藩の援軍の命を受けた岡山藩などは出兵を拒否するなどして、全く統率は取れていなかった。
 それでも、辛うじて戦の形が維持されたのは、ひとえに家茂の存在が大きかったからである。
 勝は、すでに京から大坂に移って、家茂の傍にあって補佐をしていた。
 だが、家茂の体は限界をとうに越えていた。
 そもそも、将軍家茂はこの時点でまだ二十の若者であり、軍事経験はおろか、政治経験すらおぼつかない青年である。いうなれば四つん這いの赤ん坊の背中に重石を取り付けるかのごとき大きな負担を強いられていた。
 勝は、時代遅れの鎧姿に陣羽織を羽織る若き将軍の姿を、全く寸法の合わぬ五月人形を見ているような心持であった。
(もう少し早く生まれていりゃ、こんなことにはならなかっただろうに)
 と、常に勝の中にはその思いが渦巻いている。
 長州征伐が始まって一月余り経ち、大坂の夏特有の湿気が大坂城に張り付かんばかりにまとわりついている。
「どうにも、むせるね」
 さしもの勝も、扇子をせわしなく動かして胸腔に風を送っている。
「十兵衛さん、あんた平気そうだが」
「いや、この湿気はどうにも苦手で。汗が止まりません」
「だろうね。早く、冷たい水の中に飛び込みたい気分さ。おいらたちでもこのような有様だ、さぞかし家茂公はお辛いだろうよ」
「勝さんは、将軍様をえらく気になされている様子ですが」
 勝は力なくうなずくと、
「今の将軍様が亡くなることがあれば、もう幕府はお終いさ」
 とだけ言った。
 その家茂が、床にふせったのは七月に入って少し経った頃である。勝は小さな体全身でとぶようにして家茂の御前に座った。枕元には孝明帝の命を受けた、医師の高階経由と福井登が侍っていて、家茂の様子を監視している。他にも、江戸から遣わされた大膳亮弘玄院、多紀養春院、さらに遠田澄庵、高島祐庵、浅田宗伯と当代きっての医療チームが組まれている。その他には一橋慶喜がいた。勝は、慶喜に軽く一礼するだけで、すぐ医師たちに
「家茂公の御様子は」
 と、牙剥くように尋ねた。
「今は、安静にしておられますが、予断は許されませぬ。この三日が峠になるやもしれませぬ」
「今、この方に死なれちゃすべてが終わっちまうんだ。頼むぜ」
 と、目の前の医師を神農と崇める様に、何度も念を押した。その一方で、
(代わりにこの野郎が病にかかればよかったのさ)
 と、慶喜については非常に手厳しい。
「勝、……勝か」
 家茂が少々意識を取りもどした。
「はい。ここにおりまする」
「無念じゃの。……今少し、丈夫な体であればの」
「な、何をおっしゃります。そんなチンケなもんなんぞ、すぐに吹き飛びますよ。今少し、もう少し待てば戦もどうにかなりましょう。それが終われば、ゆっくりできますとも」
 という勝の様子を見て、家茂は振り絞るように口元を少し上げただけである。
「今のうちに言っておくが」
「何でござりましょう」
「余に万一の事あらば、江戸にいる田安亀之助に跡を継がしめよ。まだ幼いが、余よりも体は丈夫だ。……勝、頼む」
「なんですね、そんな事をだしぬけに。……きっとそう致させます」
「そうか。……だが、少し疲れた。もう少しだけ休むぞ」
 といって、また寝入った。勝は暫くその様子をじっと見つめているが、
「医者。上様のご様子がおかしいんじゃねえのか」
 と、声を詰まらせながら怒鳴った。慌てて、医者たちが家茂の様子を観察していると、
「どうでえ」
 急かす勝に、何も言えず、暫く落ち着ける様に何度も深呼吸をすると、
「先ほど、御薨去なされました」
 と、万策尽き果てた無念たる思いを隠そうともせず、言った。言ったのは、高階経由であった。
 勝は涙を流さなかった。そのような事をしているほど余裕があるわけではなかったからである。
「一橋様。上様が御薨去なされた以上、この戦はもはや無意味と存ずる。一刻も早う、撤退なされませ」
 といった。一橋慶喜は、
「それには及ばず。それがしが、大討込をかければ、士気は上がり、統率も取り戻せよう。戦は勝てる」
(何を言ってやがる、このトウヘンボクが)
 勝は予てよりこの慶喜を嫌っている。嫌っているというよりも憎悪している、といったほうが適切かもしれない。
 理由はいろいろある。慶喜は水戸学を中心とした急進的な攘夷派の空気を多分に持っている男で、開国を信条とする勝からすれば相容れぬ存在であり、また将軍継嗣問題においても亡くなった家茂とは対立していた間柄であった。無論、家茂個人とはそれほど大きな軋轢はなかったであろうが、互いの立場がそうさせていたのかもしれない。その点から考えても、勝と慶喜が対立しているは必然であった。
「そのような事をしている場合ではありませぬ。もしこれが長州に知れてしまえば、それこそ長州に付け入れられまするぞ。それでよろしいのか」
「どうという事はあるまい。勝は、家茂公の御遺骸を、江戸に運ぶ手はずを整えてくれ。隠密にな」
 慶喜はそういうと家茂に手をついて深々と頭を下げた。この慶喜の所作に、勝は空々しさを感じていたが、この遺骸は江戸に送り届けなければならない。
「すぐに船を手配し、江戸に向かいまする」
 勝はそう言って足早に部屋をでた。

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