マリオン 76

あった。そして軍人は、育てるのに時間がかかるのに、失うのは一瞬である。
 この事態を重くみた当時の中央体制は、すぐさま出来うる限りの人的コストの削減と軍事力の維持という、二つの困難な課題を軍に突き付けたのである。
 それが、「私」の父であるカシム・バーンが構想を練っていた「軍の無人化」つまり、兵器のAI化である。
 だが、それは父が遺したノートやメモによって明らかになっているように、相当の困難さを伴ったものであり、技術的限界もあって、カシム・バーンが軍の研究者であった頃には実現が出来なかった。その後、カシム・バーンの研究を受け継いだヤコブ・グラハムは、カシム・バーンの培ってきた技術に改良を加え、一つの小さなチップを作り上げたのだ、とアイラ女医はいう。
「それこそが、そこにいるカオリさんの首筋に埋め込まれているAIチップなのよ」
 当時の技術は当然ながら今ほど精度が高いわけではない。だが、カオリ・アンセムは元々脳疾患を抱えており、小さなころから発作が頻発していた。
「ヤコブはね、彼女の脳髄のところにチップを埋め込んで、脳を補助する役目を与えれば、疾患によって働かない部位の補完になる、と考えたのよ」
「それを埋め込んだのは、まさか。……」
 「私」の問いに、アイラ女医は沈黙でもって答えた。
「こうなるとはしらなかった。言い訳にしかならないけどね」
「ですが、彼女の今の様子を見ていると、施術自体は今のところ成功しているんじゃないのですか。私は何度か彼女に会っていますが、そのような疾患があるとはとても思えない」
「その疾患に完全に対応できたの、あなたの論文よ」
「私の、ですか」
 そう、とアイラ女医は頷く。
「あなたがAI研究をしていた頃の、『人間とAIの融合』の共著の論文は革命的だった。ヤコブも驚いていたわ。それも、カシム・バーンの息子が書いていたとなるとね。……、宿命を感じたわ。まあ、あなたの論文が出る頃には、革新的に脳の研究は進んでいたし、それに伴って遺伝工学やニューロン研究も進んでいたから、脳科学をリンクさせる、という発想は若い世代特有の柔軟さがあった」
「それで、彼女、カオリ・アンセムを実験台にしたわけですか」
「そう。彼女には本当に申し訳なかったと思う。何度も嫌な手術を強制的に受けさせられていたのだから」
 ちょっと待て、とパットが割って入るようにして尋ねた。
「その事は、親父は知ってるのか」
「知ってるも何も、チップを埋めること自体、ベイカー大佐の命令によって行われたものよ」
「なんで、そんなことになったんだ」
「彼女の脳疾患を根治するには根本的な治療が必要だった。脳の疾患の場合、脳機能にある種の電極を埋め込むことで、脳疾患を改善できる場合がある。例えば、難治性てんかんの場合、神経を刺激する電極や脳を冷却する細微装置を埋め込むことで、てんかんを抑制する技術はあるの。ただ、技術的に確立できてないから、完全ではないけどね。ただ、そ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?