マリオン 81

人工物で代替ができる。例えば、人工関節や人工心臓などがそうだ。無論、まだ代替ができない『部品』はある。だが、科学技術がさらに進めば、いずれ人体のすべての組織が人工物に置き換えることも可能になるだろう」
「その一環で、AIを脳に仕込んだわけですか」
「そうだ。マリオンの場合は君たちのような人工物のチップではなく、バイオAIを使う事でさらに技術を飛躍させ、これをすべての国民に仕込めば、生産性はさらに上がる。すべては君が私と一緒になって作った論文が始まりなのだよ」
 ヤコブは、まるで自分は手伝いをしたにすぎない、とでも言いたげにいった。
「もう一つ。彼女の脳にある、もう一つの人格であるカシムというのは、一体なんですか」
「カシムか。……、君は、父であるカシムがあの火事でなくなった、と思っているか。だとすれば、実におめでたい。あの時、カシム・バーンは、自ら命を絶ったのだ」
「なぜ、そういえる」
「あの火事の前、カシム・バーンは私のところに来た。そして、自ら、AI研究に身をささげたい、と言ってきたのだ」
「それと、火事がどうかかわってくるんだ。死んでしまえば、脳組織も死滅するはずだ」
「あの時、我々は彼の遺体をここに運び込み、火事に見せかけたのだ。脳を摘出かつ冷凍保存していたんだよ。だが、データと報告から推測するに、マリオンの中にあるカシムは、厳密には、カシム・バーンとは違っているようだ」
 この期に及んでもなお、ヤコブは研究者としての見解を述べている。
「恐らく、彼女の中の父親像というものがカシムの本来の人格に影響を与えていたのだろう、独自の「カシム」というAI人格になったようだ。だが、これも貴重なデータとなった」
 ヤコブはさらに続けた。
「この国は小さい。砂漠を背負っている様な国だ、欧米やアジアのように資源が豊富にあるわけではない。人口は減り、国は貧困に落ちる。だが、技術は、どの国でも平等だ。科学技術をいち早く発展させれば、それだけ大国と渡り合える。小国が、大国や近隣に飲み込まれぬためには、技術を発展させることが不可欠なのだ。それには、カシムのデータは実に有意義だった」
 ヤコブの言が終わりきらぬうちに、「私」は固めた拳をヤコブの頬骨にぶつけた。なおもヤコブは続ける。
「国の発展は、いうなれば至上命題だ。国の発展なくして、民は豊かにならない。ならば、君はどうすればこの国が豊かになるのか、それを考えた事はあるのか」
「それは、私ではなく中央が考える事だ。それに、どのような理由をつけたところで、あなたがやった事は許されることではない。科学技術の発展という名目の元で行ったことは、神への冒涜に他ならないし、なにより人ではない」
「神か」
 ヤコブは吐き捨てるようにいうと、
「君は何だったのだ。科学技術者なのか、あるいは、哲学者か、はたまた神学者か。一体何だ」
「私は、医者だ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?