マリオン 73

まらん」
「だからこそ、父は軍の仕事を辞めたんだと思いますよ。でなければ、こんな箱の底に押し込めたりしていないでしょう」
「そりゃそうだ。だが、こんな事を知っているやつは誰がいるんだ。要するに、軍関係を身内に持つか、情報源を持つやつで、マークされずにテロ行動を起こせる人間」
「確証はありません。ですが、一人だけ思い当たる人がいます」
「誰だ、そいつは」
「明日、図書館で待ち合わせませんか。たまにはそういうところでゆっくりするのもいいものだと思うのです」
「わかった、明日だな」
 パットは周囲を警戒しつつ、帰っていった。
 パットが図書館にやってきたのは開館時間すぐの、午前九時であった。長いトレンチコートの下は黒いスラックスとスーツを合わせて、しかも大柄のサングラスをかけている。とても図書館に出入りするような恰好ではないし、明らかに目立つ。
「うるせえな。これが俺のこだわりなの」
 そう嘯いているが、明らかに周囲の、異物を吐き出そうとする体の拒絶反応のような視線に耐えかねて、すぐに表に出ようとした。
「駄目ですよ、一緒に居ないと。それに、図書館の事務室に行くだけですから」
 わかったよ、とパットは云いつつ、大きな襟をあえて立てて目線を遮りながら、急いで事務室に向かった。
 事務室にはカオリ・アンセムのほかに一人いたが、かつてマリオンの荷物を届けてくれた女性職員はいなかった。カオリはすぐに気づき、
「どうされました、今日は」
 といって応接室へと促してきた。
「今日は、以前マリオンさんの荷物を渡していただいたお礼に伺ったのですが」
「荷物、ですか」
「ええ、ここの職員の方から受け取ったので、それで」
「それはわざわざ、ありがとうございます。電話でよろしかったのに」
 カオリはそういうとコーヒーを淹れて、二人の前に差し出した。
「ああ、お気遣いなく」
 といったが、パットは構わず一気に飲み干した。
「こりゃ、アフリカ産の豆でしょう。それも、エチオピア産のやつだ」
「お詳しいのですね。……」
「ああ、申し遅れました、私、パット・モリといいます。いや、エチオピアに取材に行った仲間から土産でもらったことがありましてね、それに味がよく似ているんですよ」
「そうだったのですか。……、これは父から貰ったものなのですが、私は、あまり飲みませんので、それで」
「そうでしたか。……、お父上、というと軍属病院統括のベイカー・アンセム大佐ですか」
 パットが尋ねると、カオリは明らかに表情を曇らせた。
「ええ、まあ」

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