マリオン 82

 縄を、鉈で断ち切るようにしていった。
「そろそろいいですか、御両人」
「君は?」
「パット・モリといいます。ヤコブ博士、あなたが仰ったことは全て記録していますが、よろしいですね」
「記録をするのは自由だが、この国のメディアはそのような記事を出すことはない。残念だがね」
「ああ、其れにはお気遣いなく。これね、マイクとスパイカメラを仕込んでいるんですよ。さらに」
 と、ヤコブのPCからウェブサイトにつなぎ、動画投稿サイトにアクセスすると、PCの画面に、この部屋が映っていた。
「この通り、動画サイトに生中継をしているわけですよ。これはこの国だけじゃなく、これを通じて世界中に流れているわけなんですな。ちなみに、あなたの助手だった女医さんの独白も、全て記録しておりますので」
 パットはカメラの前で手を振っている。PCの画面にも映っている。そして動画サイトのコメント欄と閲覧回数が、壊れたカウンターのように無限大に上がっていく。パットはサイトを閉じ、さらにPCの画面の電源を切った。
「この国のメディアが軍や中央に牛耳られている以上、拡散する手段はこれしかありませんからな。まあ、あなたの好き放題もこれまでだ」
 一発の銃声が轟いた。それはパットやヤコブに対してのものではないのは明らかであった。
「上だ」
 ベイカー・アンセムが頭をよぎった。

 最上階は混沌としている。
 次第に女性の泣き声が大きくなっている。声の主はカオリ・アンセムで間違いない。
 執務室には、ベイカー・アンセムとカオリ・アンセム、さらにマリオン・Kとジョン・スミスがいて、ジョンが持っている拳銃から、ほのかに硝煙の、焼き切れた焦げ臭さが揺らいでいた。
 ベイカーとジョンの中ほどに、マリオンは倒れている。床にはマリオンの鮮やかな血がとめどもなく広がっている。
「どけ!!患者を死なせるつもりか、お前ら」
 これまでに使ったことのない口調で責めたてた。ジョンが茫然と立ち尽くしているのを、「私」は肩口からぶつかりつつどかせ、さらに立ち尽くしているテロリストたちにストレッチャーを持ってこさせると、マリオンを静かに乗せた。「私」とパット、ベイカーの服がマリオンの血で埋め尽くされた。
「当直の医師を全員集めてください。医師たちにカルテを見せて、輸血の手配をさせてください」
 ストレッチャーで手術室に向かおうとした時であった。
「娘を、頼む」

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