マリオン 83

 ベイカーの、初めての父親らしい表情を見ることができた。それは、無力な自分への悔しさだったのか、あまりに弱弱しいものであった。
 手術室に直行した「私」はすぐに術着に着替え、当直の医師たちも準備を整えていた。マリオン・Kは手術台に乗せられている。
「これから、マリオン・Kの緊急手術を行います」
 術野をメスで広げ、コッヘル鉗子で術野を確保した。右鎖骨下静脈を貫通している。右鎖骨下静脈は、右心房に直結している上大静脈の側で、これ以上傷をつけてしまえば、輸血が追い付かなくなって失血死になる。といって、逡巡している暇はない。
 血圧を確認しつつ、血管縫合の手術に入った。だが、思ったより出血は酷く、縫合を終わらせた後でも、全く予断を許さぬ
 助かる見込みは低いかもしれない。だが、これ以上やれることは何もない。後は、彼女の生命力次第である。あるいは「神の奇跡」が起こるか。
 彼女は、何度目かのVIP室にいる。当直の看護師たちが容態を見ながら看病しているところへ、漸く治安警察が現れた。すでに日は東から昇りはじめていた。
 明らかになったのは、フィリップ・モリス元陸軍中佐以下、反省組織集団の数は十人にも満たぬ全くの小勢であった。軍属病院には警備用の兵士が詰めていたはずであるが、どういう風に占拠できたのか、その事についてモリス元中佐は答えることはないであろうが、参謀としての手腕を、皮肉にもここで発揮した、という事になるのであろう。
 ベイカー・アンセム大佐よびヤコブ・グラハム博士については、すぐに解放され、カオリ・アンセムも身柄を保護された。そして、カオリは、VIP室外の待合で、マリオンが覚醒するのを待っている。「私」は未だ意識の戻らぬ彼女の容態を見ながら、経過を観察している。
 すると、にわかに彼女の体が、膜で覆われたように俄かに光り始めた。そして、頭に響いてきたのは、カシムの声だった。
「久しぶりだな」
「ああ。マリオンは、どうしている」
「寝ている、というより気を失っている。だから、出られた」
「それまでどうしていたんだ」
「負担にならないようにずっと大人しくしていたさ」
「あの時、何があったんだ」
 カシムがいうのには、マリオンの病室に、突然カオリが飛び込んできたという。そして、自分の頭にAIチップが埋め込まれていて、マリオンの頭にはバイオAIセルが埋め込まれていることを告白した。外で聞いていたのはカオリに間違いない。
 さらにカオリは、マリオンを連れてベイカー・アンセムのところに向かい、事の真相を糺し、ベイカーはそれを認めた。そして、マリオンがカオリにとって異母姉である事、そして二人に起こった事は全て、自分の責任であることも言った。
「銃声が鳴ったのはその直後だった」
 どこから叶った銃声に反応したのはマリオンで、マリオンはベイカーをかばうために撃たれた、という。
「あの、撃った男は軍の関係か」

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