マリオン 80

非常階段を出た刹那、銃口が向けられた。
「誰だ、お前ら」
 パットはこびへつらうような笑みを浮かべて、
「いや、実はちょっと風邪をひいてしまって。……」
 嘘をつくな、と撃鉄が上がった時、
 ―― 待て。
 という声がかかった。聞き覚えのある、しゃがれた老人の声だった。
「あなたでしたか、テロの、いや、反政府組織の首謀者は」
 フィリップ・モリス元陸軍中佐、とつぶやいた。
「そうだよ。カシムの息子」
「なぜ、このような事を」
「それは、前に言ったはずだよ。それより、なぜここにいる」
「私は、私の事を知りに来ただけです」
 そうか、とフィリップ氏は自ら体をひいて、道を開けてくれた。その先には、ヤコブ・グラハムの研究室がある。
「行って来なさい」
 とだけいった。
 ヤコブの研究室には数人のテロリストたちが占拠していて、ヤコブは手を縛られて座っている。「私」が入口に立った時、またしても銃口を向けられたが、フィリップ氏の名前を出すと、すぐに銃口は下を向いた。
「で、何のようだ」
「そこの人と話がしたい」
「悠長なやつだな」
「ええ、それでも大事な事なのです。暫く出てくれませんか」
 いう事を聞いてやれ、という遠いフィリップ氏の声に従って、テロリストたちは部屋を出た。
「すまないが、自由にしてくれないか」
「それよりも、大事な話をしたいのです。それが終わったら、交渉しましょう」
「……、何を聞きたい」
「なぜ、私とカオリさん、さらにマリオンにAIを埋め込んだのですか」
「……、機械論を知っているか」
「デカルト、ですか」
「いや、メトリーだよ。デカルトよりも彼はさらに踏み込んでいる。私はメトリーの考え方に影響を受けた。いや、影響をうけたなんてもんじゃない。私は、メトリーの考えを実践するべく、手始めにAIを使ったわけだ」
 ヤコブの表情は、まるで恋い焦がれた待ち人に出会ったような恍惚とした表情になっていた。ヤコブにとってメトリーとは、歴史好きの人間が歴史の謎における渦中の人物に焦がれるようなものであろう。
「メトリーの機械論は全く理路整然としている。人間は全て機械に置き換えられるのだよ。足は歩く筋肉であり、脳は考える筋肉だ。実際人間がけがをして、損傷した組織について、

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