マリオン 87

よかったのに」
 動画サイトに上げていることを念頭に置いているのか、パットの声はどこか残念がっているように聞こえる。
 パットによれば、あれから未だに動画再生回数は止まることなく上昇し続け、コメント欄も数分に一度は新規に書かれているらしい。そのほとんどが軍や国に対する怨嗟であったり、批判であったりして、最早国も無視できない状況になっている。中にはテロを擁護する意見まで出始めていたり、あるいは映っていたヤコブ・グラハムをの殺害を予告するものまで出ている次第である、という。
「まあ、ああいう動画でも多少は稼げるみたいだな。いままでの記事の原稿料よりよほど儲かる」
 本心でない事は彼の姿を見ればよくわかる。恐らく、このような報道の仕方について、おもうところがあるのだろう。
「恐らく、モリス元中佐は死刑になるだろう。それにしても意外だったのは、あの治安警察官だ。まさか、取り締まる側がテロに加担していたとはな」
「ジョン・スミスとは、あれから」
「一度、監獄でな。どうやら、あの図書館の連絡係の三人のうちの一人だったらしい。つまり、最初から、やつは絡んでいた、というわけさ。だが、あの野郎もモリスに心酔していたようでな、未だに正義がどうだのと、くっちゃべっていたよ」
「くだらない、と」
「くだらないだろう。正義なんてのは、生きてるやつ全員がそれぞれ持ち合わせているもんだ。それを押し付けることも、引くこともできないんだよ。押し付けた時点で正義じゃない。単なるおせっかいだ。……、ところで、マリオンはどうしている」
「ああ、退院をした後までは、さすがにわかりませんよ」
 そう話していた時、携帯電話が鳴った。マリオンからであった。

 翌日、マリオンは国際空港の発着ロビーにいた。「私」はカオリと連絡をつけ、空港に駆け付けた。
 どうやら、日本に向かうらしい。
「母さんが一人暮らしだから、向こうの国籍を取って暮らすつもり。日本はこのところ外国人がたくさん出向いているっていうから」
「まあ、それは結構ですが、日本というところは外国人はずいぶんと冷たい、という話も聞きますよ、ぜひ、気を付けて。……、カシムの方はどうですか、出てきますか」
 いいえ、とマリオンは頭を振った。やはり、眠りについた、と考えるのが正しい見解なのだろう。それで、彼女の体の負担が消えれば、かつてアイラ女医がいった、脳の完全停止には至らないであろう。だが、彼女は死ぬまで、いつ目覚めるか分からないカシムを抱えて、生きていく事になる。それも、望まぬAIを埋め込まれたおかげで。だが、彼女はこれを、
「父親が嫁に出したようなもの」
 といって、微かに微笑んだのである。
 空港の案内が出た。

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