マリオン 85

「私だってそうよ。母と日本に居た時は、母がしてくれてたからね、でも、こちらに来てからはずっと一人だったから、自然と自炊するよ」
「私も一人暮らし、してみようかしら」
「お勧めするわ」
「それで、これからどうするの」
「まあ、互助会からの年金もあるし、暫くはゆっくりするわ。……、大佐は、どうされているのかしら」
「父は、自宅で謹慎しています。恐らく処分が遠からず出るでしょうから、それまでは」
「……、大変ね」
「どのような処分になろうとも覚悟しています。それだけのことを、父はやっていたのですから」
 強いわね、とマリオンは半身を起こしながらいった。カオリが腕を添えて助けている。
「御免ね、呼び出して」
「いえ。……、私は、仕事がありますので。……、もし、気が向いたら、図書館でまた働いてもらえませんか。……、待ってます」
 カオリはそういってVIP室を後にした。
「気分は、どうですか」
「ええ、いい気分」
「それで、カシムはあれから、出てきていますか」
「いえ。その代り、頭痛もないけどね」
「貴女がまだ意識を失っている時、カシムと話をしていました。自分の正体が分かった事に満足しているようでした。そして、「マリオンに返す」とも」
「返す?何を」
「そこまでは。……、ここからは推測ですが、恐らく人格としてのカシムは、その時に眠りについたのかもしれません。恐らく、永久の眠りに」
「死んだってこと?」
「いや、死ぬことはあり得ません。カシムが『死ぬ』時は、貴女が死ぬ時です」
「いつまで寝ていられるのかしらね」
 マリオンの口調は気丈に感じるほど強いものであるが、表情は裏腹のように思えた。
「さびしい?」
「まさか、清々してる」
 「私」は声をあげて笑った。それにつられて、彼女もいつ以来か、彼女らしい朗らかな笑い声をあげてくれた。
「あとは、こちらで検査をして、異常がなければ本当に退院です。そして、全てが終わります」
 翌日、彼女の検査を行った。
 脳波検査を始め、ありとあらゆる検査をしたが、異常な兆候は全く見られず、またカシムの発現とされるような様子もなかった。
 マリオンはその後すぐに退院となり、必然的に「私」の任務も終わる事になった。
 さらに三日後、「私」はパットと共に裁判所の傍聴席にいた。フィリップ・モリスのテロ事件の裁判を傍聴するためである。
 フィリップ氏は、黄色の囚人服を身に着けていたが、それが正規の軍服と思わせるほど堂に入ったもので、背筋も、脇の警備官が貧相に見えるほど張っている。
 フィリップ氏の罪名は、国家騒乱罪及び軍属病院の不法占拠の罪である。検察官の尋問に、フィリップ氏は、
「間違いありません」
 と、簡潔に答えた。続けて検察官が、動機を尋ねた。
 フィリップ氏は、塑像のように鎮座している判事を睥睨しながら決してそらさず、
「AIに傾いていく国や軍の体制に一石を投じる為」
 と話し始めた。
「それは、どういう事ですか」
「軍は、この国の急激な人口減少に対応するため、AIを国の中枢的政策に据え、人的資源の枯渇を阻止することが目的であったが、軍はそれを踏み越えて、軍事兵器のAI化を目指すようになった」
「それは、人的資源を大切にするために仕方のない事ではないのではなかったのですか」
「その事自体が悪い事ではない。だが、軍の研究は、それよりももっと先に、『人間のAI化』を考えていた」
「人間のAI化とは、なんですか」
 フィリップ氏は、人間のAI化とは、人間の生体脳にAI組織を組み込ませ、それによって軍事兵器をネットワーク化させる事が、軍の目的であり、さらにそれを全国民に展開させることで中央や軍が、全国民のすべてを把握することである。という事を論じた。
「これは、神の領域に踏み込む行為であり、あってはならないことである」
 という言葉で締めくくった。
「つまり、被告人は、国家や軍の横暴に対抗するため、暴力的手段に訴えたという事ですか。だとしても、被告人が行った犯罪行為は許されるものではありません」
「そうだ。決して、許されるものではない。だが、この国のメディアは、中央や軍の言いなりだ。そして都合の悪い事は何も知らされない。その最たる例が、治安警察が握りつぶしていた声明文だ。この国の治安を預かり、正義を全うするべき治安警察が、国におもねり、軍と癒着するというのはあってはならい。私は、それを知らしめるために、テロを起こした。だから、私はどのような罪で裁かれるのも厭わない覚悟だ。先の短い老いぼれだ、生きる時間も少ない。だが、これだけは世間に残しておかねばならない。そう考えたのだ」
 何を思ったのか、パットはゆっくり立ち上がると、そのまま法廷を出ようとした。
「これ以上は無駄だ」
 パットは振り返ることなく、法廷の扉を押して出て行った。「私」もそれに続いた。
 裁判所の外は雲一つない晴天で、備え付けのスタンド型の灰皿で、パットは煙草に火をつけている。吐き出した煙はどこか落胆したようにはかなげに見えた。
「あの陸軍参謀にはがっかりしたよ」
「何故」
「軍人ってのは、余計な事は言わないものじゃないのかな。あのフィリップって軍人はし

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