マリオン 78

た」
「それが、反政府組織の掃討作戦で重傷を負ったマリオン・K少尉だったわけか」」
 マリオンが重傷者として運ばれたあの時、止血をしながら損傷した部位を手術しているさなかに、それまで手出しをしなかったヤコブ・グラハムが、
 ―― これを、彼女の脳につけてくれ。
 といって、或るものを出してきた、という。
 それは、シャーレの中にあった、バイオAIセルだった。アイラ女医は、はじめそれを断ったのだという。だが、ヤコブ・グラハムは
「私と君はすでに共犯なんだよ」
 とだけいい、促してきたのだ、という。彼女はしたがわざるを得なかった。
「おそらく、博士が長年開発していたのは、人間の細胞にAIを組み込むことで、人間とAIの融合を考えていたのだと思う」
 だがそれは、禁忌である、と彼女は後悔交じりの様子でいった。
「マーカス君、ごめんなさい。もっと早くいうべきだった、言える好機は何度もあったのに、言わなかった」
「いや、過ぎた事をいっていてもどうにもなりません。それより、これからどうするか考えましょう」
 そういったとき、ドアの閉じる音が聞こえた。
「誰かに聞かれたな、こりゃ」
「誰かに、って誰です」
「さあな」
 パットはそういったが、どこかおどけているようで、そういう時には大抵の場合は誰か分かっているか、分かっていなくともある程度の推測は立てている。それを言わないのだから、底意地が悪い。

 すでに夜も更け、この日も新月であった。
 部屋の電灯がやけに機械的で、砂漠の夜のように冷え冷えとするほどであった。
「何かあると思わないか」
「何が」
「こういう夜は決まって何か起こるもんだ。面倒な何かが。嫌な事は必ず新月に起こる」
 パットがぼそり、とつぶやいた。恐らく店の爆発に巻き込まれた事をおもいだしたのであろう。
「当直がいるはずだが、見回りすらない。警備はどうなっているんだ。……」
 パットが徐にドアを開け、周囲を見渡している。だが電灯に映えてもおかしくない人影はなく、それどころか、足音すら聞こえてこない。
「やけに静かすぎると思わないか」
確かに、当直だけになるにはまだ早く、病院には多数の人間がいるはずであるのに、まるでこの部屋の三人以外は全く無人であるように思えるほど、人気がない。
「こういう時は誰もいなくなっているか、何かが起こっているかどっちかだ」
「それを確かめる為には、この部屋を出なきゃいけませんね」

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