マリオン 70

る。
 店は女性の店主を取り囲むようにしてあるカウンターだけの席で、十人も入れば席は埋まってしまうほどの店である。店の一番奥から二番目の席に、サングラスを置いて小さなグラスに中ほどまで注がれている、貴重な酒を口にしている。その隣の席、つまり一番奥の開いている席に座った。パットはとくに挨拶もすることなく、
「で、調べてほしい事って」
 と尋ねてきたのへ、フィリップ氏から渡されたメモを見せた。そして、
「この後、うちに来てもらいたいんですが」
 と、周囲に悟られぬよう耳打ちをした。治安警察が見張っている事を警戒しての事だ。パットは小さく、気取られぬよう頷いた。
「一杯奢るよ」
 パットの言葉に甘えて、一杯だけ注文をした。すると、パットは音もなく立ち上がった。黒豹が足音を消しつつ近づくように店を出た。三人ほどの客が慌てて出ていく。恐らく、治安警察官であろう。「私」は顔の下半分をグラスで埋めつつ、は残っている客の人数を数えている。残りは二人。もし、治安警察官だとすれば、この二人は「私」を尾行するための人員に違いない。
 グラスをゆっくりと置いて、わざとらしいほどに細々とした動作をしながら立ち上がると、扉を徐にあけて、外に出た。
 歓楽街の中を、不揃いの端切れ布を縫い合わせるように細い路地を通りつつ、人気の少ない場所に向かっていく。すると、ついてくる人影がだんだんとはっきりしてきた。やはり、あの二人の客は、治安警察官のようである。だとすれば、どこかで撒かなければならない。人気の多い所に少しずつ方向を変え、さらに雑踏の中に身を埋めた。無論、そのような小細工で撒けるほど治安警察官は甘くはない。が、あの人気のない中を撒こうとしても、容易に撒くのは困難であろう。とすれば、人の中を歩いている方が撒ける可能性は高い筈である。そこからさらにビル群の中を通り抜け、その上通り抜けられるビルを探して、ビルの中を抜けた。
「どうしました、マーカス・バーンさん」
 眼前に居たのはあの客にふんした治安警察官の二人であった。
「撒ける、とでも思っていましたか。……、そこの公園で話を伺えませんか」
「治安警察は、思ったより粘着質なんですね」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
 では、と治安警察官の誘導のまま、夜の公園に向かった。
 人気のない公園ほど、薄気味悪いものはない。ましてや治安警察と共にいるのだから、不安さは増大する。治安警察官は努めて丁寧に尋ねてきた。
「パット・モリと会っていましたが、どういうお話を」
「どうもこうも、会うのは駄目なんですか」
「会うのはお互いの有ですから、それはどうこういうつもりはありませんよ。ただ、貴方方二人は何度も我々の邪魔をしている。本の件に、爆破テロの件だ」
「本の件は確かに我々が邪魔をしたと言えるでしょう。ですが、其れだって我々はあずかり知らない事だし、ましてや爆破テロの件はしっかり情報を渡したじゃありませんか」

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