マリオン 84

「いや、あの男は、治安警察官の男だ」
「治安警察官だと」
 カシムの声色が極端に上がった。意外だったのだろう。テロを取り締まる側の人間が、テロを起こしていたのだから、驚きは当然、というべきであろう。
「何故、治安警察の男がそのような馬鹿なマネをしたんだ」
「さあ。分からない。それはおいおい裁判で明らかになるだろう」
「まあ、それよりも俺がバイオAIの人格だったと聞かされた時は驚いたよ。まあ、他の人間たちとはちょっと違う気がしていたのは薄々と分かっていたが、まさかAIで作られた人工の人格だったとはな」
 思わずふいてしまうような事を、カシムはさらり、といってのけた。
「だが、これですっきりしたよ」
「何がすっきりしたんだ」
「自分の正体が分かったからさ。後は、マリオンに返すことにするよ」
 そういうなり、マリオンを包んでいた光は消え、同時にマリオンが目を覚ました。

 マリオンの容態はみるみるうちに安定し、意識も完全に回復した。彼女は点滴から流動食、さらに固形食と順調に変わって、通常人と同じ職を取るほどに回復した。
 ある日、マリオンは「私」に、カオリと連絡を取りたい、というようなことを言ってきたので、「私」は図書館に居るカオリと連絡を取って、軍属病院にまで来てもらう様伝えた。
 翌日に、カオリはやってきた。
 マリオンのいるVIP室まで案内すると、
「マーカスさんも、居て頂戴」
 と言ってきたので、部屋の端の方にいた。
「カオリ、だっけ。貴女、自分の頭の事や父さんの事恨んでいるんでしょう」
 カオリは無言のまま答えようとしない。
「確かに、聞かされた時は私もちょっとは思ったけど、でも、本当はどこか嬉しかった、というかなんというか」
「嬉しかった?何故」
「私には、父親がいなかったから。そりゃ、ベイカー・アンセムっていう男が父親になるんだろうけど、それはあくまで生物学上なだけであって、あいつが父親だと思ったことは一度もないし、そもそも少尉と大佐じゃ、会う事もないからね。全く実感がわかなかった。でも、カシムは違った。あいつは事あるごとに小言を言ってくるのよ、『女は料理の一つもできないと駄目だ』とか『だらしない生活は怠惰の元だ』だの、あげくには『ミソスープを覚えておけば男はつかめる』なんてね」
 カオリが思わず笑ってしまうほど、マリオンとカシムの会話の挿話は面白い。
「父とはまるで逆ね」
「そう。ベイカー大佐は、そんなこと言わないんだ」
「ええ、父は料理とか火事の事は一切言わずで、私は料理とか不得手で」

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