自宅に眠るポールからkoburiは生まれる ものに想いを込めて届けたい
町工場が挑むB2Cとは、これまでB2B中心だった町工場(中小製造業)が、自社製品を作り、一般消費者に向けて販売すること。様々な理由からB2Cに注目し、製品開発や販売方法、ブランディングなど新たに挑戦している方々を取材しました。これからB2Cに取り組もうとしている製造業の方や、行き詰まり感や課題を感じている方々のヒントになれば幸いです。詳しくは以下の記事をご覧ください。(ものづくり新聞 記者 中野涼奈)
株式会社三共 佐藤久恵さん
埼玉県川口市にある株式会社三共は、鯉のぼり、国旗や社旗、アンテナなどに使われるアルミ製の伸縮ポールとその関連部品を製造・販売しています。グループ会社含め2022年2月時点で13名が所属しています。今回は代表取締役の佐藤久恵(さとう ひさえ)さんにお話を伺いました。佐藤さんの従兄弟で株式会社三共の専務取締役である林万作(はやし ばんさく)さんにも同席いただきました。
工場見学
はじめに工場を見せていただきました。三共はポールの加工だけではなく、鯉のぼりに使う矢車や回転球なども製造しています。矢車とは鯉のぼりの吹き流しの上に付いている風車のことで、回転球とは先端に付いている丸い飾りのことです。
工場には様々な機械が設置されており、矢羽根をプレス型で抜く作業やポールの加工作業などが行われています。工作機械の製造元が既に廃業していることも多く、こまめに機械のメンテナンスを続けながら使用しているとのことです。
プレス加工機で素材を矢羽根の形に加工しています。
こちらが矢車です。
鯉のぼりは家の中で楽しむようになってきた
三共は1961年にアルミ製国旗竿の製造・販売会社として設立され、その後鯉のぼり用のポール製造を始めました。
「約60年前の創業当時、鯉のぼりは丸太を使って揚げていました。しかし重くて揚げるのが大変だという声があり、創業者である私の祖父が旗竿(はたざお)製造の技術を応用し鯉のぼり用のアルミ製伸縮ポールを開発しました。それ以降、自社で製造して販売するようになりました。
なぜ鯉のぼりなのかというところは、祖父はあまり語らない人だったので本当のところはわかりません。埼玉県加須市は鯉のぼりの布地の部分の産地なのでもしかしたら関係しているかもしれません。」
軽くて丈夫で収納しやすいアルミ製の伸縮ポールは瞬く間に普及したそうです。しかし、そのピークは1980年頃だったといいます。
「鯉のぼりの大きさが、庭に設置するような大きなものから、マンションのベランダに飾るような小さなものに変化していきました。その後、プライバシー保護の観点から、鯉のぼりに名前や家紋を入れる人が減り、今では外に飾る家庭も随分減りました。風を受けて矢車が回ると意外に音も大きいですし、家の中に鯉のぼりを飾ってお祝いする家庭も増えています。」
何ができる会社なのかをよく観察した
佐藤さんが代表取締役に就任して2022年で7年目を迎えました。佐藤さんは代表就任までは10年ほど部品の検品や事務を担当されていました。前代表はお父様だったそうですが、子供の頃は家業のことや、何を作っているのかはあまり知らなかったといいます。
「子供の頃は実家が事務所だったのですが、工場ではなかったため製品があるわけではなく、“鯉のぼりの何かを作っている”くらいのイメージでした。前職は全く違う仕事をしていました。父親にやってみないかと誘われ三共に入社した後も、まずはどんなものを作っているのかを知るところからのスタートでした。創業者である祖父の子供たちが継ぎ、今は孫に当たる私たちが継いでいます。」
林さん「私も細かくは知りませんでした。私の父親も三共で働いていましたが、家で仕事の話をすることはなかったので入社するまであまり知りませんでした。今まで仕事の話を一切してこなかった父親から一緒にやってみないかと誘われ、私も真剣に考えて入社しました。」
佐藤さんはまず現場をよく観察したそうです。
「製造業の経験がなかったので、環境にも仕事にも早く慣れないとという気持ちでした。大前提として会社のことを知らなければ何も始まりません。
最初は不安でしたが、長年働いてくれている従業員の皆さんが助けてくれて、“みんながいればやっていける!”と思いました。」
どんなものづくりがしたいか考えた
本格的に自社製品を作ろうと動き出したのは2019年秋頃だったそうですが、それ以前にも社内で自社製品や新製品に関する会議は行われていました。
特に林さんには、入社当時から三共で新しい取り組みを始めるという役割もあったそうです。
林さん「自分たちでオリジナルのものづくりをする際、どんなものがいいのかというアイデアを出す会議を数年続けていました。その当時は会社としてどの方向に進んでいけばいいのかが見えていなかったので、アイデア出しだけで止まっていた期間も長かったです。しかし、三共で働く人たちは、どんなものづくりをしたいと思っているかというのをじっくりヒアリングすることができた期間でもありました。」
どんなものが作りたいかという問いに対して、従業員の皆さんからはこんなこともできるのではないかというアイデアが出たといいます。
B2C向けの商品開発をする際、はじめは従業員の皆さんの理解がなかなか得られなかったという話を耳にすることがありますが、三共の皆さんはどうだったのでしょうか。
林さん「はじめはネガティヴな雰囲気もありました。これまでは、製品をいかに早くミスなく作るかというところを追求していく仕事だったので、そもそも新しいものを自分たちが作れるとは誰も思っていませんでした。アイデアを出してもそもそも実現できるわけがないだろうという空気だったのを覚えています。それを変えるために、数年間かけて話し合う場を設け、みんなでアイデアを出すというところは丁寧にやりました。でもそこからが大変で、形にしないと“結局形にならないじゃないか”とモチベーションが下がってしまうので、会社としてきちんとやっていくという意思決定ができたのが2019年頃ですね。」
佐藤さん「普段の仕事を回していくことで精一杯で、新しく製品開発しようというところに踏み切るまでは時間がかかりました。本業の中でお客様からこんなものが欲しいと言われれば対応していましたが、社内でイチから製品を作るのは初めての取り組みでした。」
想いを形にする
アイデア出しをしていく中で、“鯉のぼりの需要はこれ以上伸びない。でも鯉のぼり用のポールを作っているからには、その分野で何か新しい製品を作りたい”という想いがまとまってきたといいます。しかし、想いを形にするのは簡単なことではありませんでした。
「ポールの加工はできますが、自社ではデザインができないため、製品として形にすることがなかなかできませんでした。そこで自分でもデザインを学ぼうとデザイン塾にも通うようになり、そこでデザイナーの方と繋がることができました。デザインの部分で頓挫していたので、デザイナーの方の力を借りれば形にできるかもしれないと思いました。」
デザイナーの方とタッグを組むことを決めた佐藤さん。三共でできることをベースに、デザイナーの力を借りて形にするというスタンスで製品開発が始まりました。
林さん「社内だけで悶々としているより、視点の違う方の言葉も聞いてみたいという思いもありました。実際デザイナーの方と話してみて、私たちが無意識のうちに“こんな製品はできない”と思ってしまっていたことに気付きました。できないではなく、できるようにするにはどうすればいいかと考えるようになりました。」
それだけではなく、考え方にも変化があったといいます。
林さん「デザイナーの方と会ってはじめて他の工場でどんなものづくりが行われているか興味が湧きました。近隣の工場や取引のある会社さんを中心に見学に行き、視野も広がったように思います。こんな加工はあの会社さんが得意だよねという話も自然にできるようになってきました。」
佐藤さん「ものの良さを伝え、届けるためにはストーリーが大事と教えていただき、以降意識するようになりました。それまでは全く意識していなかったのですが、何故その製品が良いのか、どんな思いを込めているのかというところはずっと意識しています。」
そして2021年の春に、室内用鯉のぼりkoburi(こぶり)が誕生しました。
自宅に眠るポールからkoburiは生まれる
現在koburiは自宅に眠っている鯉のぼり用のポールを回収し、加工してお届けするという形を取っています。ポールのサイズは世の中に流通しているポールのほとんどが39ミリと決まっているため、三共はそれに合わせたプレス型を製造しました。ポールの長さにもよりますが、最大で1本のポールから5個までkoburiを作ることができるそうです。
「ポールを切断し、穴を開けたり旋盤で削ったりして作ります。ポールの傷はこれまでの歴史でもあるのであえて残したいという方もいらっしゃいます。そういった細かい依頼にはできるだけお応えしたいと思っています。
最後にkoburiの口のシルバーの部分を削るのですが、バランスが非常に難しいです。」
販売方法に関して現在はまだ迷いがあるといいます。
林さん「回収して加工するだけでなく、koburiを一般販売することも検討しています。販売すること自体はそう難しくはないのですが、お客様は何故koburiを買うのか、誰のためになるのかを明確にしてから一般販売したいと考えています。今はそのための表現を模索中です。」
どう見せたいか、どう届けたいか
今後、koburi以外にも新商品を開発したり、販売方法や表現を工夫しブランドを確立していきたいと考えている中で、現在の課題を伺いました。
「販売に関する課題が多いです。一般の方向けに販売するということはこれまでやってこなかったことなので、価格決めからどんな方法で販売していくか、見せ方の部分まで模索中です。」
林さん「koburiに関しては鯉のぼりと言い切ってしまうと、季節商材になり一年中置いてもらうことは難しくなります。一年中飾って欲しいとなると鯉のぼりと言えなくなり・・・果たしてこれは一体何なんだ、鯉のぼりなのか鯉のぼりじゃないのかという問いにぶち当たっています。笑 どう見せたいか、どういう人に届けたいかをもっとはっきりさせていくと、価格や販売のことも見えてくるのではないかと思っています。」
誰かにとって大切なものを作りたい
最後に、佐藤さんと林さんの目標をお伺いしました。
「派手なことをしたいわけではなく、できることをきちんとやりながら三共を100年継続させていきたいです。私たちを含めここで働いている全員が将来振り返った時に、自分の仕事は金属を加工することだったと思うだけではなく、誰かにとって大切なものを作っていたなと思えるような企業風土を作っていきたいです。」
林さん「何か作ってみたいと言った時に、そんなの無理だよという人がいない会社にしたいです。風土や雰囲気を作るのは時間がかかりますが、それができればそれが三共の基準となり、強みになると思います。」
編集後記
“昔、多くの家庭に鯉のぼりがあったということは、きっと今でもどこかにまだあるはずなんですよね”という言葉が印象的でした。鯉のぼりではないものを作るのではなく、これまでのものづくりを踏まえて新しいものを作るというアイデアが素敵です。
先に販売方法やPR方法を考えてしまいがちですが、三共のお二人はまずはじめにkoburiを手にするお客様のことをよく想像し、どう届けたいかを考えることが大切だとおっしゃっていました。販売方法や価格設定などに迷われた際は、改めてどんな人にどんな風に届けたいかを考えてみるのも良いかもしれません。