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『ロンド・カプリチオーソ』(竹宮恵子) 中  -おまえが居なければ!-

ララァをアムロに取られたから、大佐はこの戦争を始めたんだぞ! 
                       
-ギュネィ・ガスー

『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』

 1、嫉妬

  1、1 ニコル

『扉はひらくいくたびも』


『ロンド・カプリチオーソ』は、萩尾望都への嫉妬を描いた作品だという。
竹宮恵子は、萩尾望都の何を怖れ嫉妬したのか。

秀才の兄アルベルに対して、天才の弟ニコル。練習しなくても、見よう見まねで、いきなり滑ることが出来るニコルの天才性。

萩尾先生は例えば棚とかカップとか、ぱっと覚えてすぐに絵にできるんですよ。特技と言うか、才能ですね。見たらすぐそれをまんがに落とし込んで描ける。

「萩尾望都が萩尾望都であるために」城章子 『一度きりの大泉の話』より

それと、萩尾望都の、一度見ただけでそれが描けてしまうという才能を、重ねているのだな。
又、感性でそれまでと違う表現が出来てしまう、萩尾望都の表現力の革新性。

萩尾さんはすごい才能の持ち主です。私が思いもつかないような描写法を生み出します。例えば、折り重なる木々を、縦の斜線だけで描くことです。普通は葉の輪郭を描きますが、それが一切ない。輪郭の無い葉の集合体が茂みのように見え、さらに茂みの奥に向かうにつれ、輪郭がぼやけていく。遠近感のある絵になっているんです。     

『扉はひらくいくたびも』より

ニコルの才能は、目が見えなくなっても衰えない。

  1、2 萩尾望都の目

「萩尾先生は例えば棚とかカップとか、ぱっと覚えてすぐに絵にできるんですよ。」という城章子氏。さらに竹宮恵子の考え

彼女は多分、映像系の人なのだろうな思うんです。映像をマンガに落とし込んでいく。                   

 同上より

二人とも、萩尾望都は目が良いのだと言っている。ニコルは目が見えないけど、この場合は”頭の中に正確にイメージを作れる”ということ。そして、そのイメージ通りに手を、身体を動かして、表現することが出来る。勉強して身に付けたのではない天性の才能。そういう形でニコルの中に、萩尾望都を投影しているのだな。

それに対して、今までの基本通りのスケートを滑るアルベルに、マンガの「お約束」通りにしか描けない自分を重ねてる。

一方、私はマンガ育ちなんですね。自分の中に浮かんでくる映像をマンガにするのでは無く、マンガという枠の中でしか考えらえない。基本が全然違うんです。
私はいわゆるマンガのラインでしかデッサンもできないし、ストーリーも考えられません。映画の視点でストーリーを考えるようなことはあまりしません。まずキャラクターがいないとダメだし、主人公と脇役と言う形状的な作り方。パターンにはまった作り方をしています。 

 同上より

今まで通りのマンガを描く自分は、革新的なマンガを描く萩尾望都に追いこされる、自分は忘れ去られてしまうと考えて怯える。

全寮制の中高一貫教育の男子校で過ごしている少年を主人公にした「ギムナジウムもの」と呼ばれるテーマを、私も萩尾さんも描こうとしていました。私が後に描く『風と木の詩』や、萩尾さんの『トーマの心臓』などがそうです。その世界が一緒なので、萩尾さんがどういうことを描くのかがとても気になりました。萩尾さんに対して嫉妬や焦り、劣等感を感じて居たのかしれません。いや、私が過剰反応していた、一人相撲をしていたのでしょう。
ひどいストレスのせいで、「ベッドの下にカモの首がいる」という怖い夢を見て、泣き叫んで目を覚ましたこともありました。心理状態がおかしくなっていたのかもしれません。            

  同上より

『ロンド・カプリチオーソ』では、主人公アルベルの一方的な嫉妬による一人相撲で、周りのキャラクターは、彼が何を考えているかわからないまま、振り回されてる。現実でも、竹宮恵子の嫉妬心や怯えによる一人相撲で、周囲が振り回され、大泉サロンが終わったのだった。

萩尾望都の見る目を怖いと思い、自分を見られたくない気持ちが有った。そう考えると「ニコルの目が見えなくなる」という設定は、その恐れを反映させたものなのかもしれない。
そう言いきる根拠は全くないけど、実際竹宮恵子は”私を見ないで”と萩尾望都に言った。

「書棚の本を読んでほしくない」
「スケッチブックを見てほしくない」
「節度を持って距離を置きたい」                 

『一度きりの大泉の話』より

その結果

…私は竹宮先生の作品を読めなくなりました。(中略)
目を傷めた時から現在に至るまで、私は竹宮先生の作品を全く読んでいないのです。                

同上より

萩尾望都は、竹宮恵子の作品を見られなくなった。さらに、

やがて目が痛くなって来て、痛みは日ごとに増しました。針でずっと刺されているようで、目を開けていると痛さに涙が止まりません。                       

 同上より

実際に、目が見えなくなりかけた
『一度きりの大泉の話』を読むと、その後、竹宮恵子に対し「作品を読んでいない」「顔合わすのも拒否」「全く懐かしくない」「当時の思い出話もしたくない」と書いていて、徹底した拒絶。
”だって「私を見るな」って言いましたよね、そう言われたので二度と見ません”という状態を何十年も続けてる。
萩尾望都はもの凄く頑固な人だと思うのだけど、それがすごく出ていると思う。

 2、”Yさん”

”竹宮恵子が萩尾望都の「才能」に嫉妬した”というのは、それはそうなんだろう。けれども、ただそれだけだったら、こんなに関係がこじれなかったのでは、と思う。
二人の間に、『別冊少女コミック』他で萩尾望都竹宮恵子達24年組を育てたと言われる、伝説の編集者の”Yさん”山本順也という人が居た。

  2、1 二人の父親

本当に、仕方のない新人だな、という顔をして、押し黙った編集者をたちを横に置いたまま、Yさんは私の方をむき直り、「おまえが選ぶんだ」と言った。(中略)
私はメインの仕事をこのまま小学館の『週間少女コミックで』させてもらうことに決め、「本当にすみませんでした」と、皆さんに頭を下げた。
 Yさんも、「じゃあ、まずうちで育ててみますから。いいですか」と一緒に頭を下げてくれた。                

『少年の名はジルベール』より
『少年の名はジルベール』

押しも押されもせぬ巻頭作家で、3社が取り合った有能作家です。

『一度きりの大泉の話』より

そう萩尾望都が書いてるのは、この話か。

竹宮恵子を育てると言った山本順也氏に、その後いろいろ面倒を見て貰って、頼りにしている状況が描かれている。

「Yさんはさ、おけいちゃんが可愛いんだよ。そうじゃなかったらこんなこと言わないよ。素直に行ってあげてよ」

『少年の名はジルベール』より

竹宮恵子は期待の新人だったし、山本順也氏に可愛がられてた。
そこに萩尾望都が現れ、というか竹宮恵子が、萩尾望都と山本順也氏を引き合わせてるのだけど、山本順也氏が、自分より萩尾望都を贔屓するようになったと、竹宮恵子は感じる

「普通ってなんですか?」
「もういいよ。そういうのがおまえだけでよかったよ。萩尾はさあ、やりようがあるんだよ。何を描いてきても。でもおまえはなあ……」
 神経がピクッと動いた。萩尾さんは、新人だというのに、すでにYさんにとっては立派な雑誌の柱候補になっていたのだろう。                       

 同上

『ロンド・カプリチオーソ』で、主人公アルベルがニコルに嫉妬したのは、スケートのコーチである父親が、自分より弟ばかりを贔屓したから。

アルベルとニコルが竹宮恵子と萩尾望都なのだから、二人の父親はつまり山本順也氏のことなのだな。
”萩尾望都が贔屓されてる”と竹宮恵子が感じた例、

 特に、Yさんが直接仕切る『別冊少女コミック』では、「何ページで有ろうと、萩尾には自由に描かせる。ページ数が少なかろうが、多かろうが、とにかく毎月、萩尾だけは載せる」という方針を立てていた。だからこそ、Yさんは、足しげく大泉サロンに通ってきては、萩尾さんのネームを読んだり、あるいは、注文を付けて描き直しをさせたりしていた。                          

  同上より

”萩尾には自由に描かせる””とにかく毎月、萩尾だけは載せる”と言うのは確かにスゴイ。普通は、雑誌が望む作品を編集者と打ち合わせして描くもの、完成したマンガのレベルが低いとボツになるもの、と思ってたけど、「何でも載せる」というのだから確かに特別扱い。
それだけ、どんな作品でもレベルが一定以上という信頼が有ったのだろう。それと同時に、自由に描かせることで、自分の予想を超えたものが出て来る、という期待も有ったのだと思う。

”―ニコルにはわたしにもわからない「何か」がある”という、コーチである父親のセリフは、その事を描いてる。「想像できない何か」が出て来るかも知れないと期待するから、ニコルには自由に滑らせる。そのことでアルベルは、自分と扱いが違うと嫉妬する。

父親は同時に「わたしはニコルを、もうアマ選手権にだすつもりはない」とも言う。競技会やオリンピックに出るということは、スケートで他人と争うワケで、そういうことをさせるつもりは無い、と言っている。
マンガで考えると、アンケート調査という他のマンガとの競争があって、その順位によって連載とか、原稿の依頼が決まったりすると思うのだけど、萩尾望都の作品だけは「何でも載せる」のだから、他のマンガ家とは違い、競争とは無関係に自由に描かされている。
他のマンガとの比較では無く、純粋に作品の中身だけで評価されていると竹宮恵子は思ったのだ。

  2、2 おまえには週刊があるじゃないか

それに対して竹宮恵子は、元々、週刊誌連載で人気マンガ家になることが価値だと思っていた。

 それまでの私は、週刊誌連載というものが、マンガ家が目指すべき到達点だと思い込んでいた。あるいは、自分でマンガ家と名乗ってもいいのは、「半年先まで仕事が埋まっている物者だけ」だと思っていた。(中略)
私の仕事への姿勢は、王道といえば王道だ。しかしそれは週刊誌連載で人気をキープし続けるという前提があってのこと。                         

『少年の名はジルベール』より

「週刊誌連載で人気をキープし続ける」ということは、他のマンガと競争して勝つということだし、それを正しいと思っていた。
それとは違う山本順也氏のやり方を見て、自分も萩尾望都のようにやりたいと言ったのだが。

「毎月、萩尾さんを『別冊少女コミック』に載せているでしょ?私も……ああいうこと、してみたい……ですけど?」
「おまえには週刊があるじゃないか」とYさん。                            

 同上より

「おまえには週刊があるじゃないか」つまり”おまえは、今まで通りの「他人と競争する」マンガを、描けばいいじゃないか”と山本順也氏に言われる。

その事を描いているだろう、『ロンド・カプリチオーソ』の一コマ。

山本順也氏が、自分より萩尾望都を贔屓していると、思い込んで嫉妬する。

この作家ならページ数が多くても少なくても必ず載せる。この言葉には心が動く。これは「萩尾のためにうちの雑誌はある」と言ってるのと同じだ。                          

同上より

これ読むと萩尾望都は特別扱いされてたとは思う。ただ「萩尾のためにうちの雑誌はある」は、考え過ぎというか、一つの雑誌が一人のマンガ家の為に在るなんてことは無いのでは。
ただ、竹宮恵子はそう思い込んでいた。

私は大きな才能に置いていかれそうな不安を、これ以上感じていたくなかった。Yさんの期待の下で、天賦の才を思う存分発揮している萩尾さん。                     

 同上より

結局、山本順也氏が自分より萩尾望都を贔屓しているという、竹宮恵子の思い込み(とも言いきれない気がする)が、その後の確執に繋がったのだと思う。

『少年の名はジルベール』を、今回読み返すと、最初から最後まで、ひたすらずっと”Yさん”山本順也氏の名前が出て来る。

 Yさんは『別冊少女コミック』の編集長で、直接の担当ではないのだが、私は勝手にYさんと働いている気分でやっていた。なぜだったのかはよくわからない。徳島から私を東京に呼んでくれた編集者だったから?
 たぶん、この人の印象が強烈すぎて、その他の編集者が印象に残らなかっただけなのかもしれない。                    

   同上より

山本順也氏のことしか頭にないと、言いきってる。

  2、3 『風と木の詩』は嫌いなんでしょ!

『風と木の詩』が終わりかける頃、

『風と木の詩』の連載は、途中で『週間少女コミック』から、創刊したばかりの『プチフラワー』に移籍したが、大きな理由は、物語がこの先大人の話になって行くので、少女マンガ誌向きではないと判断したからだ。
 移籍先を『プチフラワー』に決めたのは、Yさんが創刊編集長として仕切っていたからにほかならない。                       

『少年の名はジルベール』より

ここでもYさんがいるからと。
山本順也氏の編集する雑誌で、一緒に仕事がしたいと思い詰めている。

 Yさんが『プチフラワー』に異動することになって、同時期にそこに移りたいと何度か直訴していた。しかしそのたびにYさんからは、「それは、今はちょっと難しい」とか、「それをやってしまうとなぁ……」とか渋られていて、実はなかなか決まらなかったのである。 (中略)
私は、Yさんが私の作品を自分の雑誌に入れたくないのかも……と思い始めていた。

『少年の名はジルベール』より

”Yさん”山本順也氏が、自分に冷たいと感じる。

『風と木の詩』の連載が終わり、単行本を出版する段階になったとき、そのページ数が多すぎるということで、作者の竹宮恵子と出版社の側の山本順也氏がぶつかる。
竹宮恵子は、山本順也氏に対する長年の不満を爆発させる。

 翌日、あらためて小学館に行った。私は打ち合わせブースでYさんにひとしきり訴え、それをYさんがはね返すということを大声で繰り広げながら、ついに、今まで一番聞きたかったことを思い切って聞いてみた。
「Yさん、Yさんって、私の作品、本当は好きじゃないんでしょう?」と。
「……」と、Yさんは押し黙ってしまった。

同上より

さらに

「はっきり言ってください。。『風と木の詩』も、本当は嫌いなんでしょ?」
「……いや、そんなことはない、面白い。面白いとは思うよ。だけどな……」                      

 同上より

この部分面白い。さらに、追い詰める竹宮恵子。

「だけど、何ですか?」
「ちょっと……な」と、なおもYさんははっきりしない。
 嫌いなんでしょう!私はそれを知っている。何度もその事を噛みしめた。でも、ずっと諦めずにやってきたんだ!それなのに。                                  

        同上より

”山本順也氏に認められたくてマンガを描いて来た”と告白している。

  2,4 面白いと思うよ。だけどな……


山本順也氏が、竹宮恵子作品を好きだったのか、そうじゃないのか、本当のことは分からない。ただ、「面白いと思うよ。だけどな……」「ちょっと…な」という反応は面白い。
竹宮恵子作品は、読めば面白い。けれども、男性にはちょっと受け入れにくいところが有る。特に、『風と木の詩』はジルベール(とオーギュストボウ)のキャラクターが理解できない。それは、自分の中に共感できる部分がない、あるいは自分の身近に見たことがない、だから実際に存在すると思えないと言うこと。
ちょっと前『風と木の詩』を読み返してみて、そう感じた。

女性読者なら、登場する男性キャラクターが理解できなくても、現実離れしていても、美少年ということで、外から”愛でる”鑑賞することが出来るだろう。しかし男の場合、”少年趣味”や”少年愛に興味がある人”を除くと、共感できる部分が見つからない男性キャラクターの物語を、好きになる事が難しい。
なので、『風と木の詩』には、なんのためらいもなく好きと言いきれない部分が、確かにある。
だから山本順也氏の微妙な反応も、一般の男性読者の感想としては普通だと思う。
それは『風と木の詩』が嫌いとか、ツマラナイということじゃ無い、男性と女性の、読み方の違いなのだと思う。

 気を付けたのは。作品自体の上品さと美しさを保つことです。少女たちの内面を少年の形で表現するのが狙いですが、テーマが過激なので、上品でないと、少女達に受け入れられません。            

『扉はひらくいくたびも』より

「ぼくは、少年ジェットの秘技・ミラクルボイスの練習をしたけど、とらわれの少年ジェットに色気なんか感じなかった」
といった。すると、竹宮恵子は、
「男の子ねぇ—」
と応えた。となると、女の子は、みな、竹宮恵子のように、とらわれの少年ジェットにゾクゾクするものだったのか?

『風と木の詩』文庫版7巻 高取英の解説「囚われの少年ジェット」より

竹宮恵子が、男と女の感覚の違いに自覚的で、女性が少年キャラクターを、外から愛でる視点があることを語っている。
少女の読者に受け入れられるため、彼女たちを喜ばせようとするための表現が多い分、竹宮恵子のマンガは、男にはちょっと受け入れにくい部分がある。

  2,5 萩尾望都さえいなければ

竹宮恵子は、男性と女性の、マンガを読むときの感覚の違いは意識しているし、納得はしている。
だから”『風と木の詩』も、本当は嫌いなんでしょ?”と問い詰めた時、その質問が、純粋に作品の好き嫌いを聞きたいだけだったなら、「面白いと思うけど、ちょっと」という山本順也氏の微妙な返答に対して、「男の人には、こういう感覚の作品って、ちょっと分からないのよね」と、余裕をもって考えられたと思う。
それにも関わらず、口ごもる山本順也氏に竹宮恵子がキレたのは、この質問の奥に
「同じようなマンガを描いてる」のに、萩尾望都の作品は好きで、私の作品は好きじゃないんでしょ!という言葉が隠されているから。
そして

「私、ずっと言おうと思っていたんですけど、Yさんと私とでは、相性がすっごく悪いの知ってました?」
 Yさんは、突然そう言われて、どう返答していいかわからないようだった。
「サソリ座と水瓶座ってね、最悪の相性なんですよ‼」                

『少年の名はジルベール』より 

”作品の評価”の話はどっかに行っちゃって、”あなたが私に冷たいのは、二人の相性が悪いから”という、個人の関係の話になっちゃってる。

萩尾望都に対する竹宮恵子の嫉妬の根本は、その才能に対する部分も有るけど、何より、自分を「育てる」と言ってくれた、漫画界での父親である”Yさん”山本順也氏を萩尾望都に取られたからという部分が大きかったのだ。

萩尾望都さえいなければ。
本当に私さえいなければ、あの幸福な時間は、完成していたのです。

『一度きりの大泉の話』より


終わり

                                     

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