『ロンド・カプリチオーソ』(竹宮恵子) 中 -おまえが居なければ!-
1、嫉妬
1、1 ニコル
『ロンド・カプリチオーソ』は、萩尾望都への嫉妬を描いた作品だという。
竹宮恵子は、萩尾望都の何を怖れ嫉妬したのか。
秀才の兄アルベルに対して、天才の弟ニコル。練習しなくても、見よう見まねで、いきなり滑ることが出来るニコルの天才性。
それと、萩尾望都の、一度見ただけでそれが描けてしまうという才能を、重ねているのだな。
又、感性でそれまでと違う表現が出来てしまう、萩尾望都の表現力の革新性。
ニコルの才能は、目が見えなくなっても衰えない。
1、2 萩尾望都の目
「萩尾先生は例えば棚とかカップとか、ぱっと覚えてすぐに絵にできるんですよ。」という城章子氏。さらに竹宮恵子の考え
二人とも、萩尾望都は目が良いのだと言っている。ニコルは目が見えないけど、この場合は”頭の中に正確にイメージを作れる”ということ。そして、そのイメージ通りに手を、身体を動かして、表現することが出来る。勉強して身に付けたのではない天性の才能。そういう形でニコルの中に、萩尾望都を投影しているのだな。
それに対して、今までの基本通りのスケートを滑るアルベルに、マンガの「お約束」通りにしか描けない自分を重ねてる。
今まで通りのマンガを描く自分は、革新的なマンガを描く萩尾望都に追いこされる、自分は忘れ去られてしまうと考えて怯える。
『ロンド・カプリチオーソ』では、主人公アルベルの一方的な嫉妬による一人相撲で、周りのキャラクターは、彼が何を考えているかわからないまま、振り回されてる。現実でも、竹宮恵子の嫉妬心や怯えによる一人相撲で、周囲が振り回され、大泉サロンが終わったのだった。
萩尾望都の見る目を怖いと思い、自分を見られたくない気持ちが有った。そう考えると「ニコルの目が見えなくなる」という設定は、その恐れを反映させたものなのかもしれない。
そう言いきる根拠は全くないけど、実際竹宮恵子は”私を見ないで”と萩尾望都に言った。
その結果
萩尾望都は、竹宮恵子の作品を見られなくなった。さらに、
実際に、目が見えなくなりかけた。
『一度きりの大泉の話』を読むと、その後、竹宮恵子に対し「作品を読んでいない」「顔合わすのも拒否」「全く懐かしくない」「当時の思い出話もしたくない」と書いていて、徹底した拒絶。
”だって「私を見るな」って言いましたよね、そう言われたので二度と見ません”という状態を何十年も続けてる。
萩尾望都はもの凄く頑固な人だと思うのだけど、それがすごく出ていると思う。
2、”Yさん”
”竹宮恵子が萩尾望都の「才能」に嫉妬した”というのは、それはそうなんだろう。けれども、ただそれだけだったら、こんなに関係がこじれなかったのでは、と思う。
二人の間に、『別冊少女コミック』他で萩尾望都竹宮恵子達24年組を育てたと言われる、伝説の編集者の”Yさん”山本順也という人が居た。
2、1 二人の父親
そう萩尾望都が書いてるのは、この話か。
竹宮恵子を育てると言った山本順也氏に、その後いろいろ面倒を見て貰って、頼りにしている状況が描かれている。
竹宮恵子は期待の新人だったし、山本順也氏に可愛がられてた。
そこに萩尾望都が現れ、というか竹宮恵子が、萩尾望都と山本順也氏を引き合わせてるのだけど、山本順也氏が、自分より萩尾望都を贔屓するようになったと、竹宮恵子は感じる
『ロンド・カプリチオーソ』で、主人公アルベルがニコルに嫉妬したのは、スケートのコーチである父親が、自分より弟ばかりを贔屓したから。
アルベルとニコルが竹宮恵子と萩尾望都なのだから、二人の父親はつまり山本順也氏のことなのだな。
”萩尾望都が贔屓されてる”と竹宮恵子が感じた例、
”萩尾には自由に描かせる””とにかく毎月、萩尾だけは載せる”と言うのは確かにスゴイ。普通は、雑誌が望む作品を編集者と打ち合わせして描くもの、完成したマンガのレベルが低いとボツになるもの、と思ってたけど、「何でも載せる」というのだから確かに特別扱い。
それだけ、どんな作品でもレベルが一定以上という信頼が有ったのだろう。それと同時に、自由に描かせることで、自分の予想を超えたものが出て来る、という期待も有ったのだと思う。
”―ニコルにはわたしにもわからない「何か」がある”という、コーチである父親のセリフは、その事を描いてる。「想像できない何か」が出て来るかも知れないと期待するから、ニコルには自由に滑らせる。そのことでアルベルは、自分と扱いが違うと嫉妬する。
父親は同時に「わたしはニコルを、もうアマ選手権にだすつもりはない」とも言う。競技会やオリンピックに出るということは、スケートで他人と争うワケで、そういうことをさせるつもりは無い、と言っている。
マンガで考えると、アンケート調査という他のマンガとの競争があって、その順位によって連載とか、原稿の依頼が決まったりすると思うのだけど、萩尾望都の作品だけは「何でも載せる」のだから、他のマンガ家とは違い、競争とは無関係に自由に描かされている。
他のマンガとの比較では無く、純粋に作品の中身だけで評価されていると竹宮恵子は思ったのだ。
2、2 おまえには週刊があるじゃないか
それに対して竹宮恵子は、元々、週刊誌連載で人気マンガ家になることが価値だと思っていた。
「週刊誌連載で人気をキープし続ける」ということは、他のマンガと競争して勝つということだし、それを正しいと思っていた。
それとは違う山本順也氏のやり方を見て、自分も萩尾望都のようにやりたいと言ったのだが。
「おまえには週刊があるじゃないか」つまり”おまえは、今まで通りの「他人と競争する」マンガを、描けばいいじゃないか”と山本順也氏に言われる。
その事を描いているだろう、『ロンド・カプリチオーソ』の一コマ。
山本順也氏が、自分より萩尾望都を贔屓していると、思い込んで嫉妬する。
これ読むと萩尾望都は特別扱いされてたとは思う。ただ「萩尾のためにうちの雑誌はある」は、考え過ぎというか、一つの雑誌が一人のマンガ家の為に在るなんてことは無いのでは。
ただ、竹宮恵子はそう思い込んでいた。
結局、山本順也氏が自分より萩尾望都を贔屓しているという、竹宮恵子の思い込み(とも言いきれない気がする)が、その後の確執に繋がったのだと思う。
『少年の名はジルベール』を、今回読み返すと、最初から最後まで、ひたすらずっと”Yさん”山本順也氏の名前が出て来る。
山本順也氏のことしか頭にないと、言いきってる。
2、3 『風と木の詩』は嫌いなんでしょ!
『風と木の詩』が終わりかける頃、
ここでもYさんがいるからと。
山本順也氏の編集する雑誌で、一緒に仕事がしたいと思い詰めている。
”Yさん”山本順也氏が、自分に冷たいと感じる。
『風と木の詩』の連載が終わり、単行本を出版する段階になったとき、そのページ数が多すぎるということで、作者の竹宮恵子と出版社の側の山本順也氏がぶつかる。
竹宮恵子は、山本順也氏に対する長年の不満を爆発させる。
さらに
この部分面白い。さらに、追い詰める竹宮恵子。
”山本順也氏に認められたくてマンガを描いて来た”と告白している。
2,4 面白いと思うよ。だけどな……
山本順也氏が、竹宮恵子作品を好きだったのか、そうじゃないのか、本当のことは分からない。ただ、「面白いと思うよ。だけどな……」「ちょっと…な」という反応は面白い。
竹宮恵子作品は、読めば面白い。けれども、男性にはちょっと受け入れにくいところが有る。特に、『風と木の詩』はジルベール(とオーギュストボウ)のキャラクターが理解できない。それは、自分の中に共感できる部分がない、あるいは自分の身近に見たことがない、だから実際に存在すると思えないと言うこと。
ちょっと前『風と木の詩』を読み返してみて、そう感じた。
女性読者なら、登場する男性キャラクターが理解できなくても、現実離れしていても、美少年ということで、外から”愛でる”鑑賞することが出来るだろう。しかし男の場合、”少年趣味”や”少年愛に興味がある人”を除くと、共感できる部分が見つからない男性キャラクターの物語を、好きになる事が難しい。
なので、『風と木の詩』には、なんのためらいもなく好きと言いきれない部分が、確かにある。
だから山本順也氏の微妙な反応も、一般の男性読者の感想としては普通だと思う。
それは『風と木の詩』が嫌いとか、ツマラナイということじゃ無い、男性と女性の、読み方の違いなのだと思う。
竹宮恵子が、男と女の感覚の違いに自覚的で、女性が少年キャラクターを、外から愛でる視点があることを語っている。
少女の読者に受け入れられるため、彼女たちを喜ばせようとするための表現が多い分、竹宮恵子のマンガは、男にはちょっと受け入れにくい部分がある。
2,5 萩尾望都さえいなければ
竹宮恵子は、男性と女性の、マンガを読むときの感覚の違いは意識しているし、納得はしている。
だから”『風と木の詩』も、本当は嫌いなんでしょ?”と問い詰めた時、その質問が、純粋に作品の好き嫌いを聞きたいだけだったなら、「面白いと思うけど、ちょっと」という山本順也氏の微妙な返答に対して、「男の人には、こういう感覚の作品って、ちょっと分からないのよね」と、余裕をもって考えられたと思う。
それにも関わらず、口ごもる山本順也氏に竹宮恵子がキレたのは、この質問の奥に
「同じようなマンガを描いてる」のに、萩尾望都の作品は好きで、私の作品は好きじゃないんでしょ!という言葉が隠されているから。
そして
”作品の評価”の話はどっかに行っちゃって、”あなたが私に冷たいのは、二人の相性が悪いから”という、個人の関係の話になっちゃってる。
萩尾望都に対する竹宮恵子の嫉妬の根本は、その才能に対する部分も有るけど、何より、自分を「育てる」と言ってくれた、漫画界での父親である”Yさん”山本順也氏を萩尾望都に取られたからという部分が大きかったのだ。
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