75年目の広島原爆の日に際して思うこと(一年前に別媒体で書いた文章)

 2021年8月6日で、広島への原子爆弾投下から76年が経ちました。平和祈念式典を今年も聞いており、それについてまた記事を書こうと思います。

 1年前に自分なりに思うことを別の媒体(Telegraph, https://telegra.ph/75%E5%B9%B4%E7%9B%AE%E3%81%AE%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E7%88%86%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%81%AB%E9%9A%9B%E3%81%97%E3%81%A6%E6%80%9D%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8-08-06?fbclid=IwAR20FrRJHwhp5EULPXpid0a4EZRkt_zddJo-AUx9a6BSLyI51expPFmqc78) で文章を書いたのですが、どうやらTelegraphへのリンクが場合によっては「危険なリンク」とされることもあるようで、ここにも残しておきたいという思いから昨年書いた文章をここにも残そうと思います。

以下、昨年の原爆の日に書いた文章です。
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 今日8月6日は、1945年のこの日に広島市に原子爆弾が落とされたことから、「広島原爆の日」とされています。原子爆弾で亡くなられた方々に対し謹んで哀悼の意を表しますとともに、ご病気などで苦しむ方々に対しお見舞い申し上げます。

 原爆ドームにほど近い、平和祈念公園では原爆が投下された8時15分には黙とうが行われ、その前後の時間で平和祈念式典が行われます。今年は世界的流行となっているウイルス感染症のため、参列者に制限が加えられるなどのことがありながらも式典が行われました。式典の模様はラジオやテレビ、近年ではネット配信などで視聴することができます。

 本題に触れるにあたり、まず私の紹介を少ししたいと思います。私は、東京生まれ東京育ちで、現在は京都で大学に通っている学生です。一見広島とは関係がないように見えますが、実は母方の実家が広島県にあります。平和教育が盛んな広島県で生まれ育ち、過ごしてきた母親にとって、原爆の話題は決して他人事ではなかったようです。そんな母の下で育った私にとっても、物心ついたときから広島の原爆の話題、ひいては先の大戦をはじめとする戦争の話題は決して遠い存在ではありませんでした。東京にいても、京都にいても、母親の実家がある広島にいてもほぼ毎年平和祈念式典は欠かさず視聴してきました。今年も朝8時にラジオをつけ、平和祈念式典の模様を聴き、8時15分には黙とうをささげました。以下では、その際に思ったことを書き連ねています。

 なお、私の専攻は政治や国際問題には全く関係ない、地球惑星科学、いわゆる「地学」と呼ばれる学問です。以下で政治や歴史に関する話題も出てきますが、政治学や歴史学などに関しては学問的に全くの素人です。出来る限り事実から離れた論に関しては取り上げるにとどめ、主張を支持するか否かについてはできる限り明言しないようにしています。これは自分の判断を自信もって他人に広めるだけの学がないことや、外に発信する政治的主張に関してはできるだけ中立を保ちたいという自分の個人的な思いがあります。といいつつも知らず知らずのうちに特定の考えに寄っていることもあります。そこの部分をご了承いただければと思います。

 私が物心ついたころには、被爆60年を過ぎたあたりでしたが、時の流れは早いもので今年2020年で被爆から75年が経ちました。15年前から言われてきた「被爆者の高齢化」「次世代への継承」「核廃絶への歩み」などといったキーワードは、現在も課題として挙げられています。キーワードが変わらないということは、姿勢が変わっていないと正の意味としてとることもできますが、少しうがった見方をすれば、あまり前進がないという負の意味でとらえることもできるでしょう。事実、核兵器を取り巻く現状、そして国際社会の現状は15年前とあまり変わらないか、むしろ悪化していると解釈することもできるかもしれません。

 松井広島市長の「平和宣言」で(※1)、「50年前に制定されたNPT(核拡散防止条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に『継続』すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。」と述べられている通り、核廃絶への道は遠いのが現状です。加えて、インドと中国の国境付近で両国軍が衝突したり(※2)、米国とイランが軍事的な衝突をしていたり(※9)と国際的な緊張が高まる出来事が頻発しています。

 平和に対して崇高な理念を持った日本国憲法を掲げる我が国にとってもこのことは決して他人事ではありません。沖縄県にある尖閣諸島周辺では中国による領海侵入がほぼ毎月複数回行われており(※3)、過去には中国漁船と海上保安庁の船が衝突するという事件も発生しました。最近では沖ノ鳥島周辺の排他的経済水域で中国の調査船が日本側の同意なしに調査とみられる活動を続ける(※4)など他国の主権を脅かす海洋進出が行われています。一方、北に目を転じれば北朝鮮が頻繁にミサイル発射や核実験を行うなど、核ミサイル開発を進めており、これは日本の平和・安全に対する重大な脅威となっています。

 これらの脅威と実は隣り合わせの日本では、日々自衛隊の方々や海上保安庁の方々等が日本の国土・国民を守るため任務にあたられています。また、1960年に結ばれた現行の日米安全保障条約は、国際状況の変化がありつつも現在まで続いています。現状では、日本の安全保障に対し米国が一定の役割を果たしているという考え方が一般的となっています。核兵器も、軍も持たない日本が核保有国である中国や北朝鮮などの脅威からなんとか身を守ってきたのは、米軍が駐留するという「抑止力」、そして核を保有する米国の「核の傘」であるというものです。

 しかしながら、このような現状が様々な、そして大きな論争を生んできたことも確かです。在日米軍による事故・事件や基地設置による騒音問題などが実際に発生しており、在日米軍の特権を認める「日米地位協定」、そして全国の米軍基地の7割が沖縄に集中している「沖縄基地問題」などは国民の中に批判もあります。確かに、自分の国の中に他国軍が駐留していていくつかの特権が認められているということ自体、主権を侵害していると解釈することはできるかもしれません。

 このような問題が議論される中で、「自国防衛論」が話題に上ることもあります。しかし、この話は現在現実的と考えるのは難しいようです。日本の現在の防衛費を見ると2020年予算案で5兆円と少し(※5)で、予算案全体の5%前後を占めていますが、中国の国防費は19兆円(※6)となっており日本とは一回り予算規模が異なります。ここでさらに米国の寄与を取り除き、その分を日本が防衛するとなれば日本としては金銭的な負担が大きくなります。非核三原則を持つ日本で、核兵器を持ち経済的にも上回る中国をはじめとする周辺国からの脅威を自らの手のみで守るためには、相当の費用がかかると考えられていることが一つの理由とされます。日本が自前では十分な「抑止力」が用意できない、ということにも解釈できそうです。

 

 私のような素人が外から見る限りですが、現在の安全保障では「抑止力」という言葉がキーワードとなっている気がします。お互いに武器を持ちつつ、相手とにらみ合いを続けることにより相手との争いを防ぐ、そのような目的がある言葉だと私は解釈しています。そして、その「抑止力」に大きい役割を果たすのが「核兵器」であることも否定できない事実かもしれません。核兵器の威力はすさまじいもので、それこそ日本人が終戦間際に身をもって痛感したものです。

 核兵器という、大きな「抑止力」に守られているであろう日本。一方で唯一の被爆国として核兵器の恐ろしさを世界で最も知っているであろう日本。このような複雑な状況は、先に挙げた松井市長の「平和宣言」、そして安倍内閣総理大臣の「あいさつ」にも表れています。松井市長は、平和宣言の中で「日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し『連帯』するよう訴えていただきたい。」と「核兵器禁止条約」に対する日本の姿勢を要求したのに対し、安倍総理大臣はあいさつの中で(※7)「唯一の戦争被爆国として、『核兵器のない世界』の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めることは、我(わ)が国の変わらぬ使命です。」「我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取り組みをリードしてまいります。」など、核兵器禁止条約に対する言及を避けています。このやり取りをここ数年の平和式典で何度も見てきた身としては、「核の傘に守られた」日本が、「核廃絶」を主張することは難しいことのように思います。実際、難しい問題だと自分は実感しています。正直、思考停止に陥り、核兵器を取り巻く状況はいつまでも変わらないのでは…とも思ってしまいます。

 しかし、原子爆弾の引き起こした惨禍を思い出したとき、やはり二度と繰り返してはならない、そのためには核兵器廃絶への道を一歩一歩辿るべきなのではと気持ちを新たにします。有名な漫画「はだしのゲン」では原爆投下直後の広島の惨状が描かれていますが、それは決して漫画の中だけの出来事ではありません。

 高校在学中図書委員だった私はある日、書架整理の作業中に図書室の本棚で原爆投下直後の広島を写した写真集を見つけました。写真は白黒なのですが、その中を見て私は言葉を失いました。既に「はだしのゲン」を読了、原爆資料館の展示を見ていた私ですが、それをはるかに上回る衝撃で、とっさに本を閉じてしまうほどでした。しかし実際に原爆の被害に遭われた方々は、この光景が360度、そしてカラーで自分の周りに実際に広がっていたわけで、本を閉じることで逃げることもできない状況に置かれていたわけです。まさに、「想像を絶する」状態だったのです。

 人が人でなくなる、そのような状態を無差別に引き起こす、核兵器の悲劇は決して繰り返してはなりません。もし愛する人、大切な人の身の上に明日そのようなことが起きたら…と想像してみれば、絶対に繰り返してほしくはないと思うのではないでしょうか。

 今日の式典では、広島県の湯崎知事もあいさつを述べました。一部を除いた大部分を以下に引用(※8)します。

 「(前略)なぜ、我々広島・長崎の核兵器廃絶に対する思いはこうも長い間裏切られ続けるのでしょうか。それは、核による抑止力を信じ、依存している人々と国々があるからです。しかしながら、絶対破壊の恐怖が敵攻撃を抑止するという核抑止論は、あくまでも人々が共同で信じている『考え』であって、すなわち『虚構』に過ぎません。万有引力の法則や原子の周期表といった宇宙の真理とは全く異なるものです。それどころか、今や多くの事実がその有効性を否定しています。

一方で、核兵器の破壊力は、アインシュタインの理論どおりまさに宇宙の真理であり、ひとたび爆発すればそのエネルギーから逃れられる存在は何一つありません。したがって、そこから逃れるためには、決して爆発しないよう、つまり、物理的に廃絶するしかないのです。

幸いなことに、核抑止は人間の作った虚構であるが故に、皆が信じなくなれば意味がなくなります。つまり、人間の手で変えることができるのです。

支配者であった武士階級が明治維新で廃止されたように、かつて最も敵対した国同士が今は最も親密であるように、どのようなものでもそれが人々の『考え』である限り転換は可能であり、我々は安全保障の在り方も変えることができるはずです。

いや、我々は、核兵器の破壊力という物理的現実の前にひれ伏し、人類の長期的な存続を保障するため、『考え』を変えなければならないのです。

もちろん、凝り固まった核抑止という信心を変えることは簡単ではありません。新しい安全保障の考え方も構築が必要です。核抑止から人類が脱却するためには、ローマ教皇がこの地で示唆されたように、世界の叡知を集め、すべての国々、すべての人々が行動しなければなりません。(以下略)」

 「核抑止論は虚構」という一言に私は心を打たれました。「核の傘の下」で核廃絶を叫ぶという難しい態度でなく、「核の傘」の存在自体を力強く否定したのです。全く新しい考えを吹き込まれた、そのような衝撃でした。

 対話だけで安全保障ができる、現実はそう簡単ではないでしょう。高い理想を掲げても、日々の安定が守られないようでは元も子もない、それはそうだと思います。人間は何度も争ってきた歴史を持ちます。話し合いだけで物事が解決していたら、おそらくこのような歴史はなかったのではないでしょうか。

 しかしながら、人間は間違えながらもその間違いから多くのことを学び、今日の文明を築き上げてきたのもまた事実です。私は、核兵器に関してもゆくゆくは同じことができるのではないかと思っています。崇高な理念を「理想は高くても…」と切り捨てず保持し続けること、そして核兵器の悲惨さが共有されていくことが必要なのではないでしょうか。

 難しい問題を前に思考停止するのではなく、高い理念を持ちつつ一歩一歩今できることを考え、行動に移していくべきではないでしょうか。愛する、大切な人・場所・ものを守るために。

2020年8月6日 

出典

※1「平和宣言」中国新聞 2020年8月6日 (同日閲覧)

https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=669527&comment_sub_id=0&category_id=1251&utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

※2「インドと中国、国境付近で衝突 インド兵20人以上死亡か」 BBC News Japan 2020年6月17日 (2020年8月6日閲覧)

https://www.bbc.com/japanese/53074215

※3「尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処」 海上保安庁 (2020年8月6日閲覧)

https://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/senkaku/senkaku.html

※4「中国船 沖ノ鳥島の排他的経済水域内で同意無しの活動長期化」 NHK News web 2020年7月14日 (2020年8月6日閲覧)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200714/k10012516071000.html

※5「【図解・行政】2020年度予算案・防衛費の推移(2019年12月)」時事ドットコム 2019年12月 (2020年8月6日閲覧)

https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_pol_yosanzaisei20191220j-07-w390

※6「中国国防費6.6%増19兆円 米に次ぐ規模 「強軍」路線継続 全人代開会」 毎日新聞 2020年5月22日 (2020年8月6日閲覧)

https://mainichi.jp/articles/20200522/k00/00m/030/199000c

※7「安倍首相のあいさつ」 中国新聞 2020年8月6日 (同日閲覧)

https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=669529&comment_sub_id=0&category_id=1251&utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

※8「湯崎広島県知事のあいさつ」 中国新聞 2020年8月6日 (同日閲覧)

https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=669531&comment_sub_id=0&category_id=1251&utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

※9「イラク首都空港に攻撃、イラン革命防衛隊の司令官ら8人死亡」

https://www.afpbb.com/articles/-/3261960

参考文献

「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」 外務省 (2020年8月6日閲覧)

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku.html

「誤解だらけの『日米地位協定』」山本章子 SYNODOS 2020年5月19日 (2020年8月6日閲覧)

https://synodos.jp/international/23260 

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