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卵焼き製造/作業意欲向上のうた

夜の営業が始まる前に卵焼きを巻く。
油を引き火加減最大にフライパンを熱している時間。フライパンの、俺にかかって来いやーいの、適温を待つ時間。およそ1分。

.....すこ〜し暇で唄いたくなる。
本日のリクエストは、フラワーカンパニーズの深夜高速。前奏が脳内スピーカーに流れ始める。

ちゃららんららんらら〜ん♫

「〜♪青春ごっこを今も続けながら旅の途中〜
ヘッドライトの光は 手前しか照らさない〜
真暗な道を走る 胸を高ぶらせ走る
目的地はないんだ 帰り道も忘れたよ〜」

卵焼き液を流す、じゅわ〜。口元にはマスクを着用している。

「〜♪壊れたいわけじゃないし
壊したいものもない
だからといって全てに 満足してるわけがない〜」

すぐ菜箸で卵をぐちゃぐちゃにして、火を通し、半熟のまま手前に集める。
手前に集めた卵を、奥に、にゅわっと押して、また卵焼き液を少し流す。

「〜♪年をとったらとるだけ増えていくものは何?
年をとったらとるだけ透き通る場所はどこ?」

★卵を手前に巻く。
巻き終わると、また奥ににゅわっと押して、また卵焼き液を少し流す。じゅわ〜。
(以降繰り返しの作業の為★と省路する)

「〜♪僕が今までやってきた たくさんのひどい事
僕が今まで言ってきた たくさんのひどい言葉
涙なんかじゃ終わらない 忘れられない出来事
ひとつ残らず持ってけどこまでも持ってけよ〜」

(★)脳内スピーカーの音量もテンションも、だんだん大きく、クレッシェンドに上がっていく。

「~♪いこうぜ いこうぜ 全開の胸で
いこうぜいこうぜ震わせていこうぜ」

(★)卵焼きが何重にもまかれていく。

「~♪ もっともっと もっともっと
見たことない場所へ〜
ずっとずっと ずっとずっと種をまいていく〜」

(★)いい歌だなぁ、と思っている。テンションは更に上がり、卵焼きも厚くなっていく。

「〜♪ 全開の胸全開の声 全開の素手で
感じることだけが全て感じたことが全て〜」

(★)卵焼きも、いよいよ、ラストスパートを迎える。脳内スピーカー音量を最大マックスに上げる。記憶はないけれど、卵を目指しておよそ1億個の猛烈な遊泳競争を経て勝ち取った命。ありったけの想いを込めて歌う。

「〜♪生きててよかったー
生きててよかったー 
生きててよかったー
生きててよかったー 
生きててよかったー
生きててよかったー」

火加減と音量を弱にする。
自殺するやつはあほ、という社会で生きたい。人はいろんな境遇に身を置いていて、生きていくのがつらいこともあるかもしれない。でも負の言動は、無生産な同情を振りかざしているような印象を与えるだけだ。考え直した方がいい。そのほうがいい。そんな熱い想いを込めて、厨房の窓越しから見える、スナックひとりぼっち、お隣さんの電飾看板に向かって、最後の歌詞を歌う。

「生きてて...よかった....」

熱唱と余熱と余韻、魂の卵焼きの完成。

深夜高速/フラワーカンパニーズ

....パチ、パチパチ、パチパチと効果音ではない、まばらな拍手が耳にくっきりと聴こえてくる。

拍手?...拍手?くるっと背後へ身体を捻ると、
およそ70代の女性が1人と男性が3人、カウンター越しに横並びに屹立し、優しい微笑みを浮かべていた。

「どうも〜予約していた〇〇です〜
時間より早く着きすぎてしまいまして〜
大きな声ですごく楽しそうに歌ってるから〜
お上手お上手〜」

強火で赤面に染まるわたしの顔をよそに、皆さんはロ々に喋っていく。

「年寄りはね、はよ呑んではよ寝たいんですわ」
「いやしかし、生きててよかった、言うのは、
姉ちゃんまだ若いわー」


…仰る通りですう。いらっしゃいませ。

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