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習作

ねえ、今日さ
俯き加減で彼は話す。

俺たちは公園のベンチに座ってる。
秋の始まり、金木犀の香りが揺れている。
街灯の侘しい灯と昼間の熱の残りが金木犀の香りを強くしている。

またドッジボール顔にぶつけられたんだ。

そうか、そりゃ痛かったろ、いつもの奴らか?

うん。いつもの2人組。あいつら絶対わざとだよ。五年生にもなって子供みたいなんだ。

彼はボールが当たったところなのだろうか、おでこ辺りを摩りながら口を尖らせてる。
子供みたいか。思わず笑いそうになりながら俺は彼の頭を撫でる。

ハハッ、そうだな子供みたいだな。痛くないかい?大丈夫?

もう!笑い事じゃないよ。うん。全然痛くないよ。それは大丈夫なんだけどさ。
あいつらボールぶつけた後ふざけた感じで、悪い悪い手が滑ったって爆笑するんだ。まあいつもの事だけど。

そいつは頭にくるな!文句いってやったか!

ううん。僕ヘラヘラ笑っちゃった。

なんか、カッコ悪いなー。いつもそうなんだ。カッコ悪い。
ねー、こういう時は怒った方がいいのかな?
前にね、一度だけ怒ったことあるんだよ。
でも、足が震えて変な声になってさ。あいつらそれ見てまたバカにするんだ。
あーあー、やんなっちゃうよ。女子もいっぱい見ててさ。頑張って泣かなかったけど。
やっぱりカッコ悪いよね。
ねぇ、大人はさ、こういう時はどうするの?
カッコよくできるのかな?

どうだろうな。俺には分からないよ。

大人なのに分からないの?なんだ、がっかりだよ。

悪いなー。きっと俺だってヘラヘラ笑うさ。
どうすればいいのかなんて本当に分からない。でもきっとそれでいいんだよ。
ヘラヘラ笑うのも戦い方の一つさ。
きっと戦い方は一つじゃないよ。

うーん、彼は小さく呻くと地面を睨めながら固まってしまった。
俺は彼の丸まった背中を見ている。
クセの強い髪の毛はまるでダンスしてるみたいだ。
呼吸のたびに少しだけ上下する彼の小さな背中を見て夜の川を思い出した。
俺の中の川はいつも暗い夜の川だ。
川縁は静かで、川面は深く揺れている。さざなみの音はここに居てもいいんだと囁いているようだ。

彼は大きく伸びをして深呼吸ともため息ともつかない息を吐いた。
うん。なんとかやってみるよ。
ありがとう。またね。
そう言うと立ち上がり少しだけの笑顔を見せて闇に消えた。
小学五年生の俺を闇の中に探しながら俺はタバコを1本咥える。
そして闇に向かって呟く。大人になっても分からない事だらけさ。
だから、気にするな。お前も俺も。

なぜか、夢に出てくる俺は小学五年生なのです。
元気かなぁ。

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