ライオン
深い森の中にそびえ立つ、巨大な樹木がありました。
木にはサルやコアラ、リスなど色んな動物たちが仲よく登っています。
その光景を見て、ライオンも木に登ろうとしました。
しかしライオンは木に登ることが出来ませんでした。
(木に登れない俺はなんてだめな奴なんだ……)
ライオンは心に深い傷を負い、自信を完全に失ってしまいました。
ライオンにはライオンの素晴らしい魅力があるにも関わらず。
これはそんなライオンのような少女のお話です……
──
「じゃあこの方程式の問題を……椎名さん、解いて」
「えっ!? あ、はい!」
黒板には2x^2 +6-12=0と書かれている。簡単な二次方程式の問題だ。
「……分かりません」
「……はぁ。この先二次関数、三角比とレベルアップしていくのよ? こんなところで躓いてどうするの」
「ごめんなさい……」
問題を解けなかった少女、唯は高校1年生の女子だが、この通り勉強が苦手だった。
唯の姉は名門の国立大学に通う秀才で、唯はいつか姉と同じ大学に通うという夢があったが学力は雲泥の差だった。
(私もお姉ちゃん見習ってもっと勉強しないと……)
そしてチャイムが鳴り、放課後になると唯は帰宅する。
「ただいま」
「お帰り、唯。高校は楽しい?」
「あ、お姉ちゃん。勉強急に難しくなって大変だよ! 友達は出来たけど」
姉の伊織は頭も良ければ顔も良く、性格も良いという、唯からすれば憧れるのも無理はない人物だ。
「そう、それならよかった。友達は一生の宝だからね」
「でも、勉強できないと、何も意味がないよ」
「まだそんなこと言ってるの?」
「うん! 私はお姉ちゃんと同じ大学行くんだから」
伊織は浮かない表情を浮かべていた。唯のことを案じているのである。
「……応援はするわ」
しかし伊織はそう口にした。
そして唯は手際よく夕飯のカレーを作り、その後自分の部屋に戻り、勉強に取り組み始めた。
机には人物の似顔絵が可愛らしく描かれた絵が何枚か置いてある。
これは唯が描いたクラスメートの似顔絵で、よく特徴を掴み、デフォルメ化した優しい絵柄だった。
しかし唯はその絵をゴミ箱に捨てると代わりに参考書を取り出し、ノートを広げ、勉強に没頭した。
唯がここまで勉強にこだわるのには理由があった。
唯の姉の伊織は唯が小さいときから、3つ年上だからか何もかもが1枚上手だった。
唯は周囲から散々伊織と比較され、出来ない子のレッテルを貼られ、それがコンプレックスになってしまった。
そして唯は立派な姉に比べて恥ずかしくないようにと勉強をしているのだ。
気が付くと唯は机で寝ていた。時刻はもう7:30だ。突っ伏して寝ていたため痺れる腕で目をこする。
「そうだ、今日はテストだ……頑張らないと……」
そして唯は一足早く学校へ行くと、復習をしてテストに備える。
やがて教師が来ると、テストが始まった。
この日のために何日も勉強をしていた。
しかし……
(この問題は確か……あれ? 思い出せない……あんなに勉強したのに……!)
唯はペンが進まなかった。1問目から難しく、頭が真っ白になってしまった。私の努力はなんだったのか。それでも唯は必死になって空欄を埋めた。
そして返ってきた答案用紙を見て唯は更に絶望することになる。
その点数は57点。赤点ではないが決して誇れる数字ではなかった。
ふと生徒の会話が耳に入る。
「数学何点だった? 78点」
「私の勝ち-! 86点!」
「まあ今回は簡単だったからな」
(嘘でしょ……あんなに難しかったのにみんな良い点取ってるの? それに比べて私はあれほど勉強して57点!?)
この時唯は悟ってしまった。自分には勉強の才能がないことに。──姉のようにはなれないことに。
唯は帰宅すると、涙が溢れ始め、止まることが無かった。姉のようになれないなら私なんて下位互換じゃないか。なんのために生きているのか……なんて惨めなんだろう。生きているのが恥ずかしくて、どうしようもなく嫌になってしまった。
「ただいまー」
その時姉の伊織の声が響く。唯は真っ赤になった目をこすりながら姉を出迎える。しかし伊織はすぐに異変に気付いた。
「唯? どうしたの!?」
「ねえお姉ちゃん。勉強出来ない私ってなんの価値があるのかな?」
「そんなことで落ち込んでたの?」
「そんなことじゃないよ! 私には人生で1番大事なの!」
「……あのね、唯。あなたは確かに勉強は苦手かもしれないけど料理も上手で絵も奇麗に描けて優しい性格をしている。あなたにはあなたの魅力があるのよ」
「でも、私はお姉ちゃんみたいになりたいのに……!」
「唯はその名の通り〝唯一〟の存在よ。私のコピーじゃそれこそ意味が無い。だからあなたらしく生きて」
「私……らしく……?」
「唯が本当にしたいことってなに?」
「私は……」
「私は、絵を描くのが好き。だから勉強より絵を描きたい」
「……そう、それが本当に唯がやりたいことなのね。よし、お姉ちゃんは心から応援するわ! 頑張って絵をたくさん描いて!」
「うん! お姉ちゃん、ありがとう」
姉の言葉で唯の心の曇りは晴れた。
それから唯は学校の勉強を一度脇に置き、絵を描く技術を磨くことに専念し始めた。絵を描くのは好きだ。これで人も喜んでくれるならそれ以上のことはない。
唯の絵はたちまち評判となった。
「唯ちゃん、描いてくれてありがとう!」
「私で良ければいくらでも描くよ」
唯は他校の生徒からも絵を描いて欲しいとの依頼が絶えなかった。
(そうだ、私はお姉ちゃんにはなれないけど、なる必要が無いんだ。だって私は私なんだから)
これが未来のイラストレーター、椎名唯である。
──
あるところに、少女がいました。
少女は勉強が出来る人を羨んでいました。
そして少女はある時気付いたのです、ここは自分の居場所ではないと。
少女は確かにライオンのように、木に登ることは出来ませんでした。
しかし遂に自分の居場所を見つけられ、幸せになれたのでした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?