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コーラス部(前編)

高校の時、オレはコーラス部に入部した。

その理由はただ、オレはオレの野望、欲求のために歌が上手くなりたかっただけだ。
小学校6年生の時、オレは伝説のロックバンドと称される「BOφWY」の音に出会った。
ネット社会の到来なんて想像していない31年前、兄貴がいるという理由で情報が早い同級生が鼻歌で歌っていた「marionette」という曲を聴いてBOφWYに興味を持ったオレは、それなりに小遣いをもらえるようになった中一の春、家の近くにあった書店のCDレンタルで借りたアルバム「LASTGIGS」の一曲目、「B・BLUE」を初めて耳にした時、ドラクエで例えるところのギガディンを喰らったような衝撃を受けた。
それから、その冬に発売されたVHS「SINGLES OF BOφWY」をお年玉をはたいて購入、テープにノイズが入るくらいに何百回、いや何千回も再生し、氷室京介のパフォーマンス一挙手一投足をオレの全身に沁み込ませた。
そのVHSで発出した衝動を抑えきれないオレは、放課後にクラスの教壇や正面玄関をステージに見立て、そこら辺にいた帰り支度している生徒をオーディエンスにし、ビデオで勉強したヒムロックの様相をトレースして歌い叫び、一人悦に浸る中学時代を過ごしたのであった。
この初期衝動は受験シーズンになろうが、中学を卒業しようが変わることはなく、オレはBOφWYの自伝小説「大きなビートの木の下で」のストーリーを地で行くように高校時に趣味の合う仲間と出会ってロックバンドを組み、それから富山でナンバー1のバンドとなり、はたしてレコード会社からスカウトされて華々しくデビューする、というサクセス・ストーリーを歩むと信じて疑わなかった。
そんな仲間と運命的に出会うもんだと、そしてそんなロックに傾倒したやつが集まる「軽音楽部」ってのが、高校にあるもんだと思っていた。
近場の高校に進学したオレは、入学一日目の授業終了後、廊下の窓至る所に張り巡らされている各部活動の新入部員募集のビラを一つ一つ確認しながら、お目当ての軽音楽部を探し求めた。

…ない。
オレが求めていた「軽音楽部」のビラが見つからない。
オレの高校にないんかよお…。やっぱ遠くても音楽を売りにしてるK羽高校行けば良かったんかよお…。
失望と不満にまみれた憤懣たる心持ちで教室に戻った際に、ある部活の先輩とそのメンバーが、やけにテンション高くオレのクラスに入って来た。
「キミ、名前なんて言うの?」
オレは自分の苗字を伝える。
「あー、上の名前オレと一緒じゃん!オレは○○。下の名前は?」
「ええっ、と。マサキと言います」
「じゃあ、そのままマサキって呼ぶわ」
その先輩は、初対面なのに親しみを込めてオレの下の名前を声に出す。
「オレらコーラス部なんだけど、今部員勧誘しててさー。そんなにキツイこともないし楽しく過ごせるから入らない?」
あるある。勧誘でよくある。クロージングで使う落としのセリフ。
「辛くない、楽しい」というフレーズ。

コーラス部。
合唱。
中学の時は秋にクラス対抗で校内の合唱コンクールというのが必ずあった。
ラストヤンキー文化が残っていた当時、特に男子は、人前で歌うのが恥ずかしくなる年頃で、盗んだバイクで走りだした挙句に夜の校舎窓ガラス壊して回っても許容される社会構造であったから、練習もマジメに参加せず、パート別の音程も理解せんままコンクールに臨んでいた。
結局全力というのが出せないまま歌い終わり、後から他のクラスの合唱の良さに驚き、同じクラスのヤンキーで頭張ってるヤツとその取り巻きが、あのクラスはマジメだ、クソだ、みたいな良くわからないひがみややっかみを垂れ流してして終わってた。一つも賞も取れないまま、愚痴を言ってすごすごと引き下がるのがオレはダサくてイヤだったんだよな。やるだけやって賞取れないなら燃えるものがあって良いんだけどさ。
とどのつまり、中学三年間の校内合唱コンクールについて、箸にも棒にも掛からぬ結果のまま終わっていたことに、歌を好むオレは、一人では解決できない不満を持っていた。

その不完全燃焼な気持ちと、愚直に氷室京介を目指そうとするオメデタイ思考のオレは、その先輩に聞き返した。
「ボクは生まれ持って声が大きいんです。カラオケは好きだし、人前で歌うのは気持ち良く感じます。なにかそれをもっと発揮したいと思ってて、そのために歌を上手くなりたいし、大観衆の前で披露したい。コーラスに部入ったらその願いが叶いますかね?」

「だーいじょうぶ。顧問はこの高校コーラス部10年以上率いている重鎮なんだよ。部のOBもちょこちょこ顔を出すから、色んな人と付き合えるし楽しいよ」

「はあ…(別に合唱深くないし、よく力ある顧問とか面倒見が良いOBとかどうでもいいんだけどさ)」

「まあ、何よりも今日出会ったオレという同姓の先輩がいるだろ?これも縁だろ。入ろうよ!」
と、口説かれた。
まあ、歌が上手くなりそうだから、別にいいか。軽音楽部はないんだし、まずは歌上手くなけんにゃバンドなんて組めないからなあ。それと、ベクトルが同じ方向の人の合唱に一回まみれてみたいかな。
嫌なら辞めれば良いんだし。
瞬時に考えたオレはそのまま
「じゃあ、入部します」
と、答えた。
その決断によって、それからの貴重な高校生活の三年間と、その後の未来への道が徐々に開かれていき、オレのオレの動力をつかさどるエンジンギアが噛み合い出し、ギシ、ギシ、と、不格好な音を立てながら、ゆっくりと回り始めたのであった。

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