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年金改革法成立-厚生年金保険の「適用拡大」はなぜ必要なのか?

2020年5月29日、年金改革法が成立しました。
今回の改革法の柱の一つは、短時間労働者に対する厚生年金保険の「適用拡大」です。
なぜ厚生年金の「適用拡大」が必要なのか、そして今回の改革法では十分な「適用拡大」が実現するのか。今回はこの二点について考察します。


まず、厚生年金が「適用」されていない基礎年金のみの「第一号被保険者」とは、どのような人たちなのでしょう。「自営業」の方が多いというイメージをお持ちではないでしょうか。しかし、1990年代以降に短時間の非正規労働者が急増した結果、「賃金労働者(被用者)」が第一号被保険者の約四割も占めているのです。

定年がない個人事業主と違い、「賃金労働者」は定年後の収入減で年金中心の生活になる方も多いと思います。しかし「基礎年金のみ」では低年金状態となり、老後の「防貧機能」が弱くなってしまいます。そこで、基礎年金だけの短時間労働者が厚生年金保険に加入できるよう「適用拡大」を行なうことが急務だったのです。

ところで、厚生年金保険の加入割合はどの程度なのでしょう。2018年のデータによると、雇用者全体5,700万人のうち4,440万人、つまり全体の78%が厚生年金保険の加入者となっています(下図の青色部分)。

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※図:資料1のp9より

今回の「適用拡大」は①の範囲(125万人)を新たに強制適用することを目指していました。これは週20時間以上(~30時間未満)の短時間雇用者に規定されている「企業規模要件」について、現行の「501名以上」を完全撤廃することにより実現できるものです。

しかしながら、今回の改正法では2022/10に「101名以上」、2024/10に「51名以上」の引き下げに留まりました。結果「50名以下」法人の短時間勤務者は厚生年金保険に(労使合意がない限り)加入できないという、不十分なものになってしまいました(※注1)。

なぜ強制適用の「企業規模要件」を完全撤廃すべきなのでしょう。
それは、働き方や雇用に「中立で公平な制度」の構築を目指すべきだからです。
つまり、同じような短時間勤務・賃金で働いていても、勤務先法人の「従業員規模の違い」だけで厚生年金保険に加入できない人が出てくるのは、従業員側から見ると明らかに「不公平」だからです。

さらに、個人事業所を含めた、賃金が月5.8万円以上の全ての被用者の適用拡大(緑色破線の③に示す1,050万人の追加)などを行えば、所得代替率が11ポイントも上昇するという試算結果(※資料2 p24)が出ています。なので、目指すべきは「賃金労働者全員」が厚生年金保険に加入することによる老後格差解消でしょう。


一方、中小法人経営者の観点からは、「適用拡大」イコール「社会保険料負担の増加」です。
では、短時間労働者を被保険者にした場合、企業の負担はいくら増えるのでしょう。試算では下図の通り1人あたり年24.5万円の増加となっています。

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※図:資料3のp22より

今回の改革法は「中小企業に配慮をすべき」という政策決定で「51名以上」に落ち着いたものと推察されます。「配慮すべき」という考えは心情的には理解できますが、「一人あたり月2万円」の増加、従業員の将来のことを考えれば企業は負担しても良い額ではないでしょうか。

近年、サービス残業禁止など従業員にとって当然の流れが続いています。今後は厚生年金保険に加入できるかどうかが、就業すべき企業の選択肢の一つとなる可能性もあるでしょう。
将来に向けたベクトルとしては、家族経営であればともかくも「家族以外の雇用者」がいれば社会保険料を負担すべきではないでしょうか。

ただし、労使双方で「年金なんか将来あてにならない」「だから厚生年金保険料を払うのは勿体ない」と思っているのであれば、この問題は前に進みません。

まず厚生年金保険は一生涯受給できる頼れる制度であること、そして定期的にチェックしながら改革を続ける制度でもあること、これらを特に若い世代にもっともっと浸透させなければなりません
毎月の手取額だけでなく、社会保険料負担も含めた金額が重視されるようになることが、今後の年金制度改革にもつながるのではないでしょうか。

参考資料:
※資料1:2019年8月27日 第9回社会保障審議会年金部会 資料1(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000540583.pdf
※資料2:同 資料3-1(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000540587.pdf
※資料3:2019年12月15日 第123回社会保障審議会医療保険部会(厚生労働省)
被用者保険の適用拡大について
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000580752.pdf

※注1:今回の改革法では、適用拡大の①は企業規模要件の完全撤廃が実現しなかったため、対象者は125万人から65万人と約半分に抑えられてしまいました。なお②の325万人は、①に加え「賃金要件(週20時間以上勤務で月8.8万円以上)」も撤廃することにより実現しますが、8.8万円÷80時間で時給1,100円であり、この賃金水準は近い将来多くの方がクリアできるものとして、①が実現すれば②も数年後には自動的に達成するとみなされていました。


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