君子蘭と飛行機【1:1:0】【ラブストーリー】
『君子蘭と飛行機』
作・monet
所要時間:約20分
●あらすじ●
一一君みたいないい子には、私は駄目。
インターネットで知り合った年の差遠距離カップルのラブストーリー。
諒真/♂/21歳/岩見沢 諒真(いわみざわ りょうま)。
利恵子/♀/26歳/豊橋 利恵子(とよはし りえこ)。
●ここから本編スタート。●
●通話をしている二人●
●利恵子はPCで何かを検索している●
利恵子:「……『函館(はこだて)市熱帯雨林植物園』。」
諒真:「え……?」
利恵子:「行きたいな。どうかな。」
諒真:「初デートで?」
利恵子:「うん。初デートで。」
諒真:「……植物園?」
利恵子:「駄目?」
諒真:「いや、駄目……では無いけど、いいの?植物園なんかで。」
利恵子:「植物園なんかって何よ。」
諒真:「……ごめん。……あ、でも(※何かを言いかけてやめる)」
利恵子:「(※諒真の言いたいことを察する)……諒真くんのところからも遠いもんね。ごめんね。やっぱりナシにする。」
諒真:「(※被せ気味に)いや、待って!行こうよ、函館植物園!」
利恵子:「え……。」
諒真:「(※少々早口で、独り言気味に)遠いとか、関係無いし。せいぜい飛行機で5時間半くらいだし?利恵子さんと会えるなら、俺それでいいっていうか。あっ、いや、違うな……。利恵子さんの行きたいところなら、俺も行きたいって言うか……~~っ、えっと、その……だからっ」
利恵子:「(※しばし呆気に取られて)……ふふっ。あははっ!」
諒真:「……な、なに。」
利恵子:「やっぱり優しいね、君は。……会えるの、楽しみにしてる。」
(間)
諒真:(M)利恵子さん。東京に住んでいる、5歳年上のお姉さん。
彼女とまだ会ったことは無いけれど……一応、付き合っている。人生で初めての彼女だった。
恋愛経験ゼロ。非モテ童貞の俺を、利恵子さんは好きだと言ってくれた。
インターネット越しではあるけれど……でもそれも、最近ではよくある話だ。
そして遂に俺達は、リアルで会う約束をした。利恵子さんは成田空港から飛行機に乗って、俺の住む北海道まで来てくれる。……なんて嬉しい話なんだ。
まあ、俺も稚内(わっかない)空港から飛行機に乗って、函館空港に行かなくてはならない。つくづく自分の住んでいる土地が嫌になる。……北海道は、どうしてこんなに広いのだ。
(間)
利恵子:(M)きっかけは何だったかな。誕生日に、欲しかったジッポライターを贈ってくれたこと?
孤独で寂しいアラサー女に、同情もせず、同じ目線で会話をしてくれたこと?
嫌なことははっきり「嫌だ」と言ってくれるから、気を遣わない自然体の私で居られたこと?
……過去を詮索せずに、今だけを見てくれたこと?……きっと過去を知られたら、私は彼に嫌われてしまう。だけど彼は「そんなこと関係ない」って言ってくれるんだろうな。
そう。だから……私は彼に、惹かれたんだ。
諒真くんは5歳も年下。ただの若気の至り、って分かっていて、私はそれを利用している。――サイテーな女だ。
●時間経過●
●利恵子は成田空港に来ている●
●諒真と電話をしている利恵子●
利恵子:「諒真くんは空港着いた?」
諒真:「着いたよ。利恵子さんは?」
利恵子:「私も着いたよ。成田なんて滅多に来ないから、迷っちゃった。」
諒真:「迷うだけ広いってことでしょ?いいなあ。稚内空港なんてショボいもんだよ。」
利恵子:「ええ~?そうなの?」
諒真:「……いいなあ。俺も早く東京行きたい。」
利恵子:「じゃあ、次のデートは東京だね。」
諒真:「え!?利恵子さん、次もデートしてくれるの!?」
利恵子:「え、ええ?どうして?私達、付き合ってるよね?遠距離とはいえ、デートくらいするでしょう?」
諒真:「(※声にならない声)おっ、俺、嬉しい!!」
利恵子:「……ふふ。……あ、そろそろ搭乗時間。」
諒真:「あ、俺もだ。」
利恵子:「それじゃあ、また、5~6時間後に、かな?」
諒真:「……長いなあ。」
利恵子:「ふふっ。早く会いたい?」
諒真:「……うん。……勿論。」
利恵子:「かわいいね。」
諒真:「……かわいいって言わないでよ。」
利恵子:「じゃあ、かっこいいね。」
諒真:「……ちぇっ。利恵子さんはズルいなあ。」
(間)
諒真:(M)そこから俺たちは、飛行機に揺られた。
俺は稚内空港から函館空港まで。利恵子さんは、成田空港から函館空港まで。
5~6時間もかかる機内だったけど、俺は緊張でどうしても気が落ち着かなかった。
……いつもよりかなり早起きもしたというのに。
利恵子さんと会うまでには、少しでも寝ておきたいところだ。
(間)
利恵子:(M)東京を離れて、函館行きの機内で揺られる。
昔から飛行機は好きだった。というより、地面に足をつけるのが嫌いだったのかもしれない。
……諒真くん。彼は私に会ったら、どんな顔をするのだろう。そして私は、どんな顔をして彼に会えばいいのだろう。
彼には隠していることが多過ぎる。言えないことが多過ぎる。
……こんなサイテーな私でも、彼に会っていいものなのだろうか。
利恵子:(セリフ)(※独り言)函館植物園……楽しみだなあ。
利恵子:(M)そんなことを考えながら、私はいつの間にか眠ってしまっていた。
(間)
●函館空港●
●対面する利恵子と諒真●
諒真:(※利恵子をじっと見ている)
利恵子:あの、諒真くん……?そんなに見られると、恥ずかしいんだけど。あー……イメージと、違ったかな?
諒真:(※はっと我に返って)え!?あ、ああ!いや!ごめん!!
えっとその……「植物みたいな人」だなあって。
利恵子:え?植物みたい?
諒真:いや!えっと、悪い意味じゃなくて!植物みたいっていうのはその……えっと!!~~っ
利恵子:嬉しい。
諒真:……え?
利恵子:植物みたい、なんて言われたの初めて。嬉しい。
諒真:ええっ…と。
利恵子:私、植物が好きなの。
諒真:……。ああ!だから、函館植物園に!
利恵子:うん。……私、植物になりたいなーって。
諒真:……え?それってどういう――
利恵子:さ!行こ!諒真くん!見たいところ、いっぱいあるんだから!
(利恵子、諒真の手を引く)
諒真:あっ、う、うん!ちょっと、引っ張らないでよ~~っ!!
●函館植物園にて●
利恵子:ほら。これ、「ブラシノキ」だって。面白いね。本当にブラシみたい。
諒真:……そうだね。オーストラリア原産なんだ。フトモモ科……。
利恵子:見て。花も意外と綺麗。
諒真:うーん。他のと比べるとそんなにパッとしないけど、確かに綺麗だね。
(間)
利恵子:ほらほら!諒真くん!こっち!
諒真:わわ、ちょっと待ってよ……。
利恵子:「エクメア ディスティキャンサ」!
諒真:めちゃくちゃ難しい名前だ……。
利恵子:えくめあ・でぃすてぃきゃんさ、えくめあ・でぃすてぃきゃんさ、えくめあ・でぃすてぃきゃんさ……言ってみて?
諒真:えくめあ・でぃすてぃきゃんさ、えくめあ・でぃすてぃきゃんさ、えくめあ・でぃすてぃきゃんさ……うわあああ!!
早口言葉みたいだな~!これ~~!!
(2人で笑い合う)
利恵子:ふふふっ。それはそうとして、この花の色、めちゃくちゃ綺麗じゃない?
諒真:まあ、確かに。……へええ。パイナップル科なんだなあ。
(間)
利恵子:今度はこっち!「紫蘭(シラン)」!
諒真:あ、これは俺でも知ってるかも。ランの一種でしょ?
利恵子:うん。……綺麗な紫色だよねえ。
諒真:……。……利恵子さんの方が綺麗だよ。
利恵子:(※少し呆気にとられて)ふふっ。馬鹿。何言ってるの?……次、見に行くよ。
諒真:軽く流さないでよ~。頑張ったんだけどなあ……。
(間)
利恵子:見て~!雌(め)しべのハイビスカスだって!私初めて見た!
諒真:俺も初めて見た……。
利恵子:ふむふむ。別名「眠れる森の美女」だって。素敵だね!
諒真:ロマンチックだなあ……。
利恵子:いいなあ。私も死んだら、こういう素敵な別名が欲しい。
諒真:滅多な事言うなよ。
利恵子:……冗談だよ。ごめんね。さ、次行こっか。
諒真:うん。次はどこ行くの?
利恵子:次は~~、こっち!
(間)
利恵子:(※花に見惚れている)
諒真:……?利恵子さん?どうしたの?
利恵子:ねえ、諒真くん。私、この花が一番好きかも。
諒真:ええっと…(※名前のプレートを見る)「クンシラン」?ヒガンバナ科なんだね。
利恵子:(※うっとりして)……綺麗。
諒真:ふふっ。利恵子さんは、本当に植物が好きなんだね。
(少し節目がちになる利恵子)
利恵子:……うん。
諒真:……利恵子、さん?
(諒真だけに聞こえるように)
利恵子:……しゃがんで。もっとこっち来て。
諒真:(※困惑して)え、あ、うん……。
利恵子:静かに。
(利恵子は植物の陰で諒真にキスをする)
諒真:んんっ!ちょ、っと……りえこ、さ……ん
(利恵子は物憂げな表情を浮かべている)
諒真:利恵子さん?
利恵子:諒真くん。私ね、サイテーな女なの。
諒真:(※何かを言おうとするが、言えない)
利恵子:だから植物になりたいって言ったんだ。そしたら綺麗に咲いて愛でられて、最期は枯れて終わりでしょ?
――私、今日の事すっごく楽しみにしてた。飛行機に乗るのも好きなんだよね。……だって地面に足をつけなくていいんだもの。
諒真:……。俺に会えるのが楽しみだった、とは言ってくれないんだね。
利恵子:楽しみだったよ、勿論。私、諒真くんのこと大好きだもん。
諒真:だったら――!
利恵子:だったら、何?
諒真:……だったらそんな、今から消えるみたいなこと、言わないでよ。
(少し間)
利恵子:……駄目だよ。
諒真:何が駄目なの。
利恵子:諒真くんみたいないい子には、私は駄目。
諒真:だから何が駄目なの?
利恵子:私、諒真くんに言って無い事たくさんある。
諒真:いいよ。そんなの。気にしないし。
利恵子:ほらね。君は優しいからそう言うんだよ。
諒真:優しいからじゃないよ。利恵子さんのことが好きだからだよ。
利恵子:どうして私なんかの事が好きなの?
諒真:……俺の事、好きって言ってくれたからだよ。
利恵子:なに、それ。……嘘かもしれないよ?私サイテーな女だもん。騙されてるかもしれないよ?
諒真:利恵子さんはそんなことで嘘つかないし、騙したりなんかしないでしょ?
利恵子:(※少し取り乱す)っ…。知ったような口、きかないでよ。……何にも知らない癖に。
諒真:俺の事、好きになってくれてありがとう。利恵子さん。
利恵子:ねえ諒真くん人の話聞いてる?
諒真:おかげで俺も、利恵子さんのこと好きになれた。
利恵子:…っ、じゃあっ、私が諒真くんのこと好きになってなかったら、諒真くんは私の事好きになってなかったってことじゃない。
諒真:それはどうかな。もし利恵子さんが俺の事好きになってなかったとしても、きっと俺は利恵子さんのこと好きになってたと思うよ。
利恵子:……意味分かんないよ。だって矛盾してるし。本当に、意味分かんない。(※ため息)……君はさ、若いよね。ほんっと。……憎たらしいくらい。
諒真:嫌いになりました?
利恵子:…………ううん。……好き。
(長めの間)
●時間経過●
諒真:(N)数年後。
●利恵子と諒真は二人で成田行きの飛行機に乗っている●
諒真:楽しみだなあ~~!初めての東京だあ!しかも利恵子と北海道から東京までずっと一緒だなんて!!
利恵子:もう、諒真ったらはしゃぎすぎ。
諒真:だって!夢にまで見た東京だよ!?北海道のド田舎モンだった俺が!遂に東京にッ!
利恵子:ふふ。そこは私にちゃーんと感謝してね。
諒真:もちろんだよ~っ!利恵子!愛してる!
利恵子:はいはい。……あ。もうすぐ離陸する。この時の浮遊感、やっぱりたまらないのよね。
諒真:俺はいつまで経っても慣れないなあ。……あ、東京着いたらまずはさ!
利恵子:「神代(じんだい)植物公園」でしょ?分かってるわよ。
諒真:いやあ、最初は俺、植物園なんてまったく興味無かったんだけどさ、利恵子の影響でどっぷりハマっちゃったよ。
利恵子:ふふふ。いいでしょ。植物園。
(間)
諒真:(M)植物みたいな彼女は、植物になりたかった彼女は、今でも俺の隣で生きてくれている。綺麗に花を咲かせては枯らせ、そしてまた咲かせる。
彼女の足が、例え地面についていなかったとしても、いい。その時は俺も一緒に飛行機に乗ろう。利恵子は、俺の彼女は、今でもそこで笑ってくれているのだから。
(間)
利恵子:(※声だけ)「君子蘭(くんしらん)」の花言葉はね、『情け深い』、『誠実』。
――ほら、君にピッタリの、素敵な植物でしょ?
●END●
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