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レモンとイチゴは夏の恋【2:2:0】【青春/ラブストーリー】

『レモンとイチゴは夏の恋』
作・monet

所要時間:約40分

●あらすじ●

一一きっと今思えば、甘酸っぱい青春。

大人になった今だからこそ思い出せる、中学生の頃の青春ラブストーリー。

流井 慈恵/♀/あらい ちかえ。現在は事務職OL。中学時代は吹奏楽部に所属していて、トランペット担当。大人しい性格。中学時代のあだ名は「ちか」「ちー」「ちーちゃん」など。

伊勢 栞那/♀/いせ かんな。慈恵の中学時代の同級生で、同じ吹奏楽部に所属していた。コントラバス担当。明るくて元気、姉御肌な性格だが、少々自分勝手。慈恵のことは「ちか」と呼んでいる。

中津川 隼/♂/なかつがわ じゅん。慈恵の中学時代の同級生で、同じ吹奏楽部に所属していた。バリトンサックス担当。兄貴キャラでちょっとチャラい。口はあまり良くないが優しい性格。栞那とは家が隣の幼馴染。慈恵のことは「ちー」と呼んでいる。慈恵が片想いをしていた存在。

江藤 剣一/♂/えとう けんいち。慈恵の中学時代の同級生で、同じ吹奏楽部に所属していた。ホルン担当。小さくてかわいい系の男の子。けっこう無口で天然マイペース。慈恵のことは「ちーちゃん」と呼んでいる。(セリフ少なめです。)

【本編開始】

 ●現在・仕事終わりの慈恵●

 (最寄り駅のポスターを見ている)

慈恵:(M)「納涼夏祭り」か……。
インドア派の私には、あまり縁のないイベントだったかもしれない。高校時代に彼氏と花火大会デートなんてしたことが無かったし、そもそも人の多い場所は好まない。
そうだな。…………でも。
こんな私にも、一つだけある「夏祭り」の思い出。今思えば甘酸っぱい青春。だけど当時の私は、必死だったんだ。


 《過去回想》

 ●慈恵・中学時代●

 (吹奏楽部・部活終わりの片づけ中)

栞那:今年は地元のお祭り、全制覇するよう!

隼:お、いいなそれ。楽しそう。

栞那:ちか(慈恵のあだ名)も勿論来るよね!?

慈恵:……え、う、うん!行く!

栞那:(※慈恵だけに聞こえるように)隼(じゅん)もいるしね。

慈恵:や、やめてよ!栞那(かんな)ちゃん!

隼:うちの地元のお祭りってなると、明日がちょうどコミセン(※コミュニティーセンター)の盆踊りじゃないか?

栞那:隼、ナイス~!……あとは、そうだな。剣ちゃんあたりも暇だろうし、誘ってみるよ!それじゃ、そろそろ戻らないと先輩に怒られるから。またね!

隼:おう。

 (栞那、退場)

慈恵:……(※隼と二人きりになり、恥ずかしい)

隼:……なあ、ちー(※慈恵)。お前無理してないか?

慈恵:え!?む、無理って……何が?

隼:栞那だよ。あいつ小学生の時からああだからさー。なんつーの?横暴っていうか。

慈恵:それは……全然大丈夫。栞那ちゃんのことは大好きだし、その……尊敬してるから。

隼:はあ?!尊敬?栞那をか?

慈恵:…………うん。

隼:尊敬するとこあるか?あいつ。

慈恵:いつもしっかりしてて、皆を引っ張ってくれて、元気で明るくて。……私は暗いから、栞那ちゃんみたいになれたらなって思う。

隼:ちー……。お前、人のことよく見てんのな。…………ちーはちーのままでいいと思うぞ。(※頭を撫でる)

慈恵:!?……い、今、頭撫でて……。

隼:ちーはそのままで充分かわいいし、俺らの癒しだから。

慈恵:…………かわいい、って……。

隼:よし、俺も先輩のとこ戻るわ!じゃ、また後でな!ちー!

 (隼、退場)

慈恵:……かわいい、って、一体どういう意味で言ったのよ。私の気も知らないで。…………隼ったら、まったく。


 ●部活終わり●

 (私服姿の慈恵と隼と剣一が、栞那の家の前に集まっている)

慈恵:え!?待ってよ栞那ちゃん、自転車で行くの?私も剣ちゃんも、歩きだよ?

剣一:かんちゃん……。ちーちゃんの言う通りだよ。

栞那:隼の自転車も使って、二人乗りしていけばいーじゃん?……ほら隼、家すぐ隣なんだから、自転車取ってきて。

隼:……ったく。人使い荒いなあ栞那は。

栞那:早く取ってきて!

隼:へいへーい。

 (隼、退場)

剣一:なんやかんや隼ちゃんって、かんちゃんに頭上がらないよね。(クスクスと笑う)

慈恵:あはは……。

栞那:……ということで、あたしは後ろに軽そうな剣ちゃんを乗せて行くよ!

剣一:え?!かんちゃんちょっと待って一一

栞那:後はお二人さん、追いかけてきて!現地集合で!まったなー!

剣一:っだああ!かんちゃん、速い!速いってばあああ!!

 (栞那、自転車の後ろの剣一を乗せて退場)

 (入れ替わりで隼が自転車を押して戻ってくる)

隼:おーい!!持ってきたぞー!!自転車!!…………って、栞那と剣一は?

慈恵:……な、なんか、現地集合とか言って、先に行っちゃった……。

隼:はあ!?マジかよ!?あいつ本当に自分勝手……

慈恵:……ごめんね。

隼:何でちーが謝るんだよ。

慈恵:私なんかを後ろに乗せるの、嫌だよね……。

隼:……言ったろ。ちーはちーのままでいいって。自信持てよ。かわいーんだから。

慈恵:かわいいってそれ、どういう意味で……

隼:そのままの意味だよ。俺はかわいいちーちゃんを自転車の後ろに乗せられてラッキーって思ってるぜ?

慈恵:……ありがとう。

隼:ほら、早く乗れよ。行くぞ。……どうせ遅れたら、栞那あいつ「遅い!」つって文句垂れるんだろうからさ。

慈恵:ふふっ。それもそうだね。…………では、失礼します。

隼:おう!しっかり掴まっとけよお!

慈恵:(M)隼の運転する自転車が風を切る。コミセンまでの緩やかな登り坂を、もの凄い勢いで駆け上がっていく。私は振り落とされないように、隼に言われたようしっかりと彼にしがみついた。胸の高鳴りが伝わってしまわないか不安だったけど、でも、嬉しくて。楽しくて堪らなかった。

 (場面転換)

 ●コミュニティーセンター●

 (小さな広場の中心には櫓(やぐら)が組まれ、屋台が立ち並んでいる)

栞那:……もう!!二人とも遅い!!

隼:(※慈恵に向かって)ほらな。やっぱり。

慈恵:あ、あはは……。ごめんね、栞那ちゃん。

隼:これでも結構飛ばして来たんだぞ!?

栞那:それでもあたし達は待ったもん。ねー!剣ちゃん!

剣一:かんちゃんかなり飛ばしてたからね……。僕軽く酔ったかもしれない。

隼:災難だったなあオイ。(剣一の肩をたたく)

栞那:(※慈恵に向かって)それで?告白は出来た?

慈恵:こっ……!!こくは……!?…………無理だよ。隼に掴まってるので精一杯だったもん。

栞那:(※慈恵に向かって)へー……。でも、隼に掴まったんだ。

慈恵:(※栞那に向かって)掴まってないと、振り落とされそうだったもん。

栞那:(※慈恵に向かって)……嬉しかった?

慈恵:(※栞那に向かって)そりゃあ……ね。その、ありがとう。……二人きりにしてくれて。

隼:おい!何女子二人でコソコソ話してんだよ。

栞那:うるさい。ガールズトークだよ!ガールズトーク!

隼:ガールズトークって何だ……?なあ、剣一。

剣一:僕に聞かれても……。

栞那:女同士でしか出来ない話もあんの!……さ、四人揃ったことだし、早速屋台巡るよ!!あたし焼きそば食べたい!!あとは~焼き鳥も!!あとは……かき氷もテッパンだよねー!水飴も食べたいし、あっとっは~……

隼:食いモンばっかじゃねーか!

慈恵:あははは……。でも、私も栞那ちゃんに賛成。せっかくお祭り来たんだし、屋台たくさんまわりたい。

隼:女子って食いモン好きだよなー……。

剣一:僕も屋台まわりたいよ?

隼:マジかあ。

栞那:じゃあ、隼と剣ちゃんは焼きそばの屋台並んできて!!あたし達は、水飴の方行ってるから!!

隼:は、はあ!?

剣一:あははー……。

栞那:こういうのは分担するべきでしょー!?ほら、早く行って!!あたし達の分も買ってきてね!!

隼:……へーい。こういう時は何言っても聞かねえからな、栞那。……相変わらず人使い荒え。

栞那:何か言った!?

隼:何でも無いです!!行ってきます!!

 (剣一の手を引く隼)

剣一:うわ!なんだよ隼ちゃん!引っ張るなってば!

 (隼、剣一退場)

 ●水飴の屋台に並んでいる栞那と慈恵●

栞那:……で、いつすんの?告白。

慈恵:今はまだ――

栞那:(※被せて)今はまだ無理とか言わないよね?隼、ああ見えても結構モテるんだから。うかうかしてたら、取られちゃうよ?

慈恵:……でも。

栞那:好きなんでしょ?隼のこと。

慈恵:……うん。好き。

栞那:じゃあ、ちゃんと告白しなきゃ。

慈恵:…………最初は、さ。栞那ちゃんが隼のこと好きなのかと思ってた。

栞那:ええ!?あたしが!?

慈恵:だって、幼馴染だし、すっごく仲良いし……。

栞那:確かに家が隣で幼馴染なのは認めるけど、だからこそ、今更そんな風には思えないかなあ。

慈恵:……そういうもん、なんだね。

栞那:第一タイプじゃないし!あたしのタイプはもっと紳士的で優しくて〜……

 (間)

慈恵:…………剣ちゃん、は?

 (間)

栞那:え……?(※動揺)

 (間)

慈恵:剣ちゃんのことは、どう思ってるの?

 (間)

栞那:……剣ちゃん、は、可愛いし、弟、みたいで……。

慈恵:それだけ?

栞那:…………。それだけ!!それだけだよ!!……ほら、順番来た!ちか、何味にする?

慈恵:栞那ちゃん。

栞那:ほーら!ちか、何味にする?あたしはレモン味!

慈恵:わ、私、イチゴ味……。

栞那:とにかく!後でまた隼と二人きりにしてあげるから!ちゃんと告白するんだよ!

 (場面転換)

 ●隼と剣一と合流した慈恵・栞那●

 (四人で盆踊りを見ながら焼きそばと水飴を食べている)

慈恵:かわいいね。小学生の盆踊り。

剣一:屋台の焼きそば美味しい。(もぐもぐ)

栞那:あたしらにもこんなかわいい時期があったんだよな~!

隼:……まだ数年しか経ってないだろ。

栞那:馬鹿だね隼。小学生と中学生じゃ全然違うんだから。ね?ちか!

慈恵:あはは……。うん、そうかもね。

剣一:かんちゃん、僕水飴も食べたい。

栞那:はいはーい。どうぞ。

 (四人とも少し無言、盆踊りを見ている)

栞那:……あ!あたしちょっとトイレ行ってくる!剣ちゃん、ついてきて!

剣一:かんちゃん??別に、いいけど……。

隼:そこはちーじゃねえのかよ。

栞那:あそこのトイレ暗くて怖いじゃん!男が居た方が安心できるのよ!ほら、剣ちゃん!

剣一:はいはい。

隼:……あんまり剣一をパシリに使うなよー。

栞那:はあ!?剣ちゃんはそんなこと思ってないもん!ねー!?

剣一:あはは……。うん。思ってないよ。

隼:……へーへー。

栞那:じゃ、あたしと剣ちゃん、行ってくるから!この場所から動かないでね!

隼:動くなっつったって、この狭いコミセンだからすぐ見つけられるだろーがよ。

栞那:とにかく!!

隼:わーったよ。じゃあ俺はここで、ちーと二人で待ってる。

栞那:それでよろしい。……行ってくる!

 (栞那と剣一、退場)

 ●二人きりで盆踊りを見ている慈恵と隼●

隼:…………。

慈恵:…………。

隼:……なあ。

慈恵:……な、なに?

隼:ちーってさ、好きな奴とか居んの。

慈恵:……え。

隼:いや、部活の奴ら皆そうじゃん。好きな人~とか、誰と誰が付き合った~の話ばっかでさ。……ちーにも、そういう奴、いるのかなと思って。

 (間)

慈恵:……い、いるよ。

隼:マジで!?え!?……つ、付き合ってんの?

慈恵:付き合ってないよ。私の片想い。

隼:……告白、すんの?

慈恵:分かんない。……できたらいいな、とは思ってる。

隼:……マジかよーー。え、どんな奴?

慈恵:……優しくて、かっこいい人だよ。

 (間)

隼:それって、剣一?

 (間)

慈恵:え?

隼:いつも部活の時、個人練で一緒に居るだろ?……剣一と。

慈恵:それは……!私がトランペットで剣ちゃんがホルンだから、一緒だと練習し易いってだけで……。

隼:でも好きなんだろ?剣一のこと。

慈恵:ち、違うよ……!

隼:二人なら上手くいくと思うぜ。俺は。

慈恵:だから違うってば!私の好きな人は――

栞那:(※遮って)たっだいまー!!あー!トイレ空いてて本当良かった!……って、あれ?二人ともどうしたの?

剣一:二人ともなんか顔赤い。熱中症?

隼:な、なんでもねえ!!

慈恵:(※隼の台詞を待たずに)なんでもない!!

慈恵:(M)私は結局、隼に告白できなかった。
次の夏祭りでも、またその次の夏祭りでもそう。栞那ちゃんは協力してくれたのに、私は結局、ただの一度も、隼に「好き」だと伝えられなかった。
そうして夏が終わり、秋に差し掛かった頃。私は隼に彼女ができたことを知った。フルートパートの、長い髪が綺麗な女の子だった。
私はそのまま「好き」の気持ちを封じ込めて、無かったことにしてしまおうと、部活に熱中していた。
……最初の夏祭りのあの日、隼の自転車の後ろに乗ったことも、必死で掴まった背中のぬくもりも。全部、無かったことにしてしまおうと……。

 (場面転換)

 ●部活中・慈恵と剣一が二人で練習をしている●

慈恵:……じゃあ、剣ちゃん。25小節目からもう一回お願い。あとさっき、裏打ちのテンポがずれてたから気を付けて。

剣一:ちょっと待って。メモするから。(楽譜にメモをする)……ありがと、ちーちゃん。

 (栞那が割入ってくる)

栞那:……ちか!!大事な話があるの!!

剣一:かんちゃん??

慈恵:栞那ちゃん……。大事な話って、今、練習中だよ?

栞那:部活終わった後でいいから!とにかく、大事な話。する、って約束して?

慈恵:……分かった、よ。

栞那:じゃあ、あたしも練習戻るから!今日の部活終わり、絶対だよ!

慈恵:う、うん……。

 (栞那、退場)

慈恵:あはは……。何だったんだろうね、剣ちゃん。

剣一:僕もよくわかんないや。

慈恵:……それじゃ、気を取り直して。25小節目からもう一回。

 ●部活終わり・誰も居なくなった、校門前●

栞那:……あたしね、ずっとちかに黙ってたことがあって。

慈恵:黙ってたこと?

栞那:あの夏祭りの……最初に行った夏祭りのあの日!ちか、あたしに剣ちゃんのことどう思ってるか聞いてきたじゃない?

慈恵:う、うん……。聞いたけど、何とも思ってないって――

栞那:(※被せて)あれ嘘なの!!

慈恵:嘘……?ってことは……

栞那:あたし、剣ちゃんのことが好き。あの時はちょっと気になってるくらいだったけど、でも、ちかに言われて気づいたの。
……あたし、剣ちゃんのことが好きだって。

慈恵:……そう、なの?

栞那:告白する。

慈恵:え!?

栞那:あたし、剣ちゃんに告白する。ちゃんと好きだって伝える。だから――

慈恵:それが大事な話?告白できなくて、結局好きだって伝えられなくて失恋した私に、嫌味を言いに来たの?

栞那:違うよ!!そういうことじゃない!!

慈恵:そういうことでしょ……?

栞那:ちかのそういうネガティブなところ、ほんっと好きじゃない!!

慈恵:……そうですか。私も栞那ちゃんの自分勝手なところ、好きじゃないよ。

栞那:っ……。

慈恵:私、もう帰るから。

栞那:待ってよ!!ちか!!ちゃんと話聞いて!!
慈恵:……聞かない。

栞那:自分勝手なのはどっちよ。

慈恵:…………。(※「自分勝手」という言葉に反応して、足を止める)

栞那:私は剣ちゃんに告白する。だから、ちかも隼に告白しよう!!

慈恵:…………は??

栞那:「好き」って伝えないと後悔するって、痛いほど分かったでしょ?だから……

慈恵:何言ってるの?隼にはもう彼女がいるんだよ?フルートの博美(ひろみ)ちゃん。吹奏楽部のマドンナ。今更「好き」って伝えたところで、迷惑にしかならないよ……。

栞那:迷惑にしかならなくてもいいじゃん!!迷惑かけたらいいよ、あいつに!!ちかの気持ちを振り回した、サイテーなあいつに、「好き」って伝えて、困らせてやろうよ!!

慈恵:……栞那ちゃん。

栞那:まだ好きなんでしょ!?隼のこと。ずーっともやもやしてるんでしょ!?博美(ひろみ)と一緒に居るところを見る度に、胸が張り裂けそうなくらい痛いんでしょ!?

慈恵:……なんで、そんなこと。

栞那:分かるよ。あたしも、剣ちゃんのこと好きになって初めて気づいた。……「好き」って、こんなに苦しいものなんだって。……たぶんあたしは脈無しだよ。剣ちゃんに振られる。だけど気持ちは伝えたい!だから、ちかもちゃんと伝えようよ……!!

慈恵:……振られるって分かってるのに、告白するの?

栞那:うん。

慈恵:……私と、一緒だね。栞那ちゃん。

栞那:一緒だよ。

慈恵:…………分かった。私も、隼に告白するよ。
「好き」ってちゃんと伝えて、自分の気持ちに整理をつける。

栞那:……ちか……。

慈恵:……振られたら、二人でファミレスのパフェ、食べに行こっか。

栞那:……うん!お互い、頑張ろうね!


 ●次の日・部活の帰り道●

 ●二人きりの栞那と剣一●

 (剣一に気持ちを伝えた栞那)

剣一:……かんちゃん。ありがとう。

栞那:ちょっと今はその言葉キッツいや。(泣きそうなのを堪えてる)

剣一:でも僕はかんちゃんに、「ごめん」なんて言いたくないから。

 (間)

剣一:かんちゃんはね、いつも僕の手を引っ張って、いろんな所に連れて行ってくれるんだ。僕はずっとそれが嬉しくて。引っ込み思案な僕に、かんちゃんはいろんな景色を見せてくれる。

 (間)

剣一:だから、ありがとう。かんちゃんに好きになってもらえて、僕とっても嬉しいんだよ。

栞那:そんなっ、そんな優しい言葉、やめてよ。(涙があふれる)だって、だって剣ちゃんは一一

剣一:うん。僕はね、パーカッションの榊原(さかきばら)先輩が好きなんだ。

栞那:一一知ってた。知ってたよ。知ってたけど、やっぱり剣ちゃんの口から聞くと、つらいなあ。

 (ハンカチを取り出す剣一)

剣一:こっち向いて。かんちゃん。涙拭いてあげる。

栞那:だからそんな優しくしないでよ。あたし、剣ちゃんのこと、諦めきれなくなっちゃうよ?

剣一:それでもいいよ。僕は、かんちゃんの想いも全部背負って生きていく。

栞那:そんなの無理に決まってる。

剣一:無理じゃないよ。恋愛対象として見てあげることは出来ないけど、僕にとってかんちゃんは大切な人だから。

栞那:ひどいこと言う。

剣一:僕は大切なかんちゃんに笑ってて欲しい。だからもう泣かないでよ。かんちゃんは笑顔が一番素敵なんだから。

栞那:……剣ちゃんの、馬鹿。絶対絶対、榊原先輩と上手くいってよね。(軽く笑う)

剣一:うん。僕にできること、やってみるよ。

 (間)

剣一:やっぱりかんちゃんが笑うと、僕も嬉しいなあ。


 ●数日後・誰も居なくなった部室にて●

 ●慈恵の告白を聞いて、驚いている隼●

隼:…………え?

慈恵:……だから、隼のことが好きです。……ずっと、ずっと前から。たまらなく好きで、好きで、仕方なかった。
ちょっと悪そうなのに優しいところも、勝手に「ちー」って呼んでくるところも、さりげなく重いもの持ってくれるところも、音楽に熱心なところも、ずっと……憧れてたの。……優しくて、かっこいい隼に。

隼:じゃあ、あの時言ってた好きな人って――

慈恵:隼のことだよ。あの時だって好きだった。自転車の後ろに乗せて貰ったとき、嬉しくてドキドキした。

隼:…………。

慈恵:…………。

隼:……なーんだ。そうだったのかよ。……そっか。俺あの時、勝手にちーは剣一のことが好きなんだと思って、そうやって決めつけてたな。

慈恵:……そうだよ。

隼:そうやって決めつけて、自分の気持ちを封じ込めて、無かったことにしちしまおうと、してた。

慈恵:…………え?

隼:……俺も好きだったよ。ちーのことが。だから、言ってくれてすげー嬉しい。ありがとう。

慈恵:隼……。

隼:でも、今はちーの気持ちに応えられない。

慈恵:……知ってる。

隼:強いんだな。ちーは。……俺なんて、最初から無理だって決めつけて、諦めてた。

慈恵:私も似たようなものだよ。……でも、栞那ちゃんが居てくれたから。

隼:……栞那、あいつ剣一に告白して振られたんだってな。

慈恵:うん。……でも、栞那ちゃんが後押ししてくれたから、私はちゃんと隼に好きだって伝えられた。

隼:俺も、そのお陰でちーの気持ちをちゃんと知れた。……今度あいつに、何か奢ってやるか。

慈恵:ふふっ。ファミレスのパフェがいいってよ。

隼:はははっ。……相変わらずがめついな、あいつ。……てか、立ち直り早くねーか!?

慈恵:あはははっっ!!それが、栞那ちゃんのいいところでしょ?

隼:ま、そうかもしれねーな!

 (慈恵、隼、笑い合う)


 《過去回想終了・現在》

慈恵:(※独り言)……久々に地元、帰ってみようかな……。

慈恵:(M)皆、元気にしているだろうか。私一人地元に帰ったところで、全員に会える訳じゃ無いのは分かってるけど……。でも、懐かしいな。「納涼夏祭り」……か。

 (後ろから肩を叩かれ、振り返る慈恵)

慈恵:……?

隼:これ、ICカード。落としましたよ。

慈恵:あっ!ああっ、すみません!ありがとうございます……!

 (下を向いてICカードをしまう慈恵)

隼:……トランぺッターが下を向いてちゃ、サマにならないだろ?

慈恵:え……?

 (慈恵が顔を上げると、そこにはスーツ姿の大人になった隼が立っている)

慈恵:……っっ!!も、もしかして……隼!?

隼:そーだよ。中津川 隼(なかつがわ じゅん)。久しぶりだな!ちー!

慈恵:ぷっ、あははっ!!隼、スーツ似合わない!

隼:ええ!?ひっでーなあ!!これでも毎日営業マン頑張ってんだぜ!?

慈恵:(※軽く笑いながら)そっか。そうだったんだ。隼、今営業マンなんだ。……全然想像つかない。

隼:そういうちーは、OL姿が良く似合ってんな。

慈恵:毎日事務仕事、頑張ってますから!

隼:そっかあ~!ちーは事務かあ!あの頃のイメージと変わんねえな!

慈恵:ふふっ、何?地味だって言いたいの?ふふっ。

隼:いやあ?「綺麗になりましたね」って。

慈恵:ばーか!

隼:あ、おいコラ!!

慈恵:それにしても……隼も上京してたとはね。……ね、連絡先教えてよ。今度飲みいこ。

隼:え……。あれ?ちーってこんなに積極的だったか?

慈恵:私も大人になったってことですよー。

隼:はあ、俺も歳取ったなあ。

慈恵:まだまだ働き盛りでしょうが!

隼:はは……まさかちーにそんなこと言われるとはな。

慈恵:……ちょうどね、この「納涼夏祭り」のポスター見て思い出してたの。中学の頃のこと。

隼:あー……。なんか小さいお祭りみたいだな。てか、ちー、ここが最寄り?

慈恵:え?そうだよ?……まさか、隼も?

隼:お、う……。俺も、今はここが最寄り。

慈恵:…………。

隼:…………一緒に、行く?

 (慈恵、にっこりと笑って)

慈恵:大賛成!!


 ●一方その頃・地方の夏祭りにて●

剣一:かんちゃん〜。僕、焼きそば食べたい。

栞那:ほんっとに昔から好きだねえ!でもダメ。屋台の焼きそばって高いんだから。

剣一:じゃあ水飴。

栞那:仕ッ方ないなあ〜。ほら、何味?

剣一:ん? レモンとイチゴ。

栞那:この欲張りめ!!
(独り言)でもまあ、懐かしいし、いっか。

剣一:なんか言った?

栞那:ううん!何でもなーい!!


●END●

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