あなたが居たからこそ。【1:1:0】【シリアス/ラブストーリー】
『あなたが居たからこそ。』
作・monet
所要時間:約50分
◆あらすじ◆
人はきっと、負の因果から抜け出せない。
※当シナリオは陰鬱な要素を多く含みます。ご注意ください。
※直接的ではありませんが性犯罪についての内容も含みます。
※苦手な方、トラウマがある方などは十分ご注意ください。
未希/♀/春日井 未希(かすがい みき)。大手企業に勤めるOL。落ち着いた女性。精神疾患を抱えた妹・琉美(るみ)の面倒を見ている。
アキ/♂/偽名。ひょうひょうとした若い青年。
◆ここから本編◆
未希:(M)“長子は苦労する”とよく言われるけれど、私はその影響をもろに受けて育った人間なのかもしれない。「お姉ちゃんなんだから」。ずっとそう言われて生きてきた。
未希:(M)……妹の琉美(ルミ)を、“羨ましい”と感じなくなったのは、いつからだっただろう。
未希:(台詞)……琉美!!あなたはまた、何をしているの!!
未希:(M)部屋を真っ赤に染め上げ、ぐったりと項垂(うなだ)れる琉美の左腕は、ざっくりと包丁で切られていた。
未希:(M)何かの事件?私が驚いたと思う?……そんなそんな。これはいつもの、本当に“いつものこと”だ。
未希:(台詞)琉美、大丈夫?……良かった。意識はあるみたいね。今回は救急車のお世話にならなくて済みそう。
未希:(M)「ごめんねぇ、お姉ちゃん」と、ふにゃりと笑う琉美。その笑顔は小さい頃と、何一つ変わっていなくて。
……変わってしまったのは、私達を取り巻く環境だけ。それだけだった。
未希:(台詞)……あ、ごめん。包帯、もう無くなっちゃったわね。お姉ちゃん、コンビニで買ってくるから、少しだけ待ってて。……間違っても、変な気は起こしちゃ駄目よ。
未希:(M)私は琉美に処方されている精神安定剤を飲ませると、止血だけ済ませた左腕と共にベッドへ横たえた。外ロックの玄関の鍵を厳重に閉め、部屋の外に出る。
アキ:……お姉さんっ。
未希:え!?(※いきなり話しかけられたことによる驚き)
アキ:大丈夫?……お姉さん、凄くしんどそうだけど。
未希:あ……あら、ごめんなさい。うるさかったかしら。
アキ:……大変そうだね。妹さんのこと。
未希:まさかお隣さん……?筒抜けだったかしら。すみません、本当に。
アキ:いや、僕はお隣さんじゃないよ。
未希:え?
アキ:……泊ってる家が、お隣さん。
未希:あ、ああ……なるほど。それで。
アキ:……包帯。必要なんでしょ?僕、持ってるから、あげるよ。
未希:どうしてそんなこと……。
アキ:筒抜け。
未希:……ごめんなさい。
アキ:はい、どうぞ。僕、いっぱい持ってるから、それごとあげるよ。
未希:あ、ありがとう……。
(間)
アキ:……お姉さん。あんまり無理、しないでね。
未希:…………。
未希:(M)こういうのを、「浮世離れしている」とでもいうのだろうか。確かに彼はそこに居るはずなのに、まるで実体が掴めない。
未希:(M)幻覚も疑ったけれど、私は確かに彼から包帯を手渡しで貰ってしまっている。私はそんな不思議な青年に、不本意ながら数秒ほど見惚れてしまっていた。
◆未希、自室◆
未希:(M)……琉美がこうなったのは、彼女が高校一年生のとき。顔が可愛く、身体も小さくて大人しかった琉美は、当時の不良男子生徒五名から乱暴を受け、心と身体に大きな傷を負った。
未希:(M)入院が長引いた琉美は高校を中退し、精神科病棟へと移された。最初は心配し、同情していた両親も、琉美の病状が一向に回復しないことを知ると、あっさりと彼女を見放し切り捨てた。
未希:(M)……ひどい親だと思う?でもね、精神疾患者を抱えた家族なんて、わりとこんなものなのよ。……簡単じゃないの。狂ってしまった自分たちの娘の面倒を見続けることは、本当に難しい。だから私は両親を恨んでなんかいないし、その分自分にかけられた期待の重圧にも納得ができた。
(間)
未希:(M)両親には私しか残っていないのだ。……そしてこの子、琉美にも、私しか残っていない。
(間)
未希:(M)友達も作らずサークルにも入らず、ただただ勉学にのみ身を注いだ大学生活。卒業後は大手企業に勤めながら“完璧な娘”“完璧な姉”として、一つのミスも許されないまま生き続けてきた。……壊れてしまった妹、琉美の面倒を見ながら。
未希:(M)……荷が重すぎるって思った?だけどね、人間、どんなことでも慣れてしまえば苦痛なんて感じなくなるものなのよ。尤(もっと)もそれが、正しい人間の生き方なのかどうか、私には分からないのだけれど。
◆隣室にて、アキ◆
アキ:……よいしょっと。お姉さん、さすがにもう寝てるよね?四時十五分か。……まあ、いい時間かなっ。そろそろ日も昇ってくる。その前に、俺はお暇(いとま)しますよーっと。
アキ:(M)でも今回のお姉さんは大当たりだったな。料理も上手いし、もてなしも最高!あんなに美味しいハンバーグ、いつぶりに食べたっけ!しかもチーズ入りって!出来たお姉さん過ぎるでしょ!
(間)
アキ:(M)俺は一人暮らしの女性をナンパして、その晩だけ家に泊めてもらうという、所謂ヒモ生活を続けている。……帰る家は、無い。住所不定。
まあ、言ってしまえばホームレスというやつだ。
アキ:(M)でも幸い、俺の顔は年上のお姉さんにウケがいいらしく、少し甘えればすぐに泊めてもらえる。おかげであったかい布団で寝れる幸せな生活を送っているわけだ!そして俺は必ず、後腐れが無いように、家主の女性が起きる前に家を立ち去る。
アキ:(M)「アキ」と名乗ってはいるが、これも勿論本名じゃないし、スマホも持っていないから連絡先の交換も一切しない。
(間)
アキ:(M)……働かないのか?って?今どき住所不定の人間を雇ってくれる場所なんてほどんど無い。それに俺は、この生き方が自分に合ってる気がしてる。
◆女性宅・玄関先◆
アキ:(M)俺はそっと玄関を閉め、部屋の外に出ると、隣室の女性とばったり鉢合わせをしてしまった。……どーしよ。これは気まずいぞ……。
(間)
アキ:(M)……昨日の深夜に会ったお姉さんだった。妹さんがなんか大変らしくて、持っていた包帯をあげたのは覚えてる。……お姉さんは一人で、真面目そうな見た目にそぐわず、煙草を吸っていた。お姉さんも驚いてこちらを見ている。……まあ、そりゃあ、そうだよな……。
アキ:(M)それにしてもお姉さん、綺麗な人なのに、どこか疲れて見える。目の隈(くま)も酷いし、髪の毛に艶も無い。
アキ:あ、おはようございます。
未希:おはようございます……?
アキ:朝、早いんですね。
未希:……いえ、ちょっと眠れなくて。それに、朝早いのはあなたも。何処(どこ)かへ出掛けるの?
アキ:ああー、まあ、はい!そんなとこです!
未希:(※無意識に呟く)いいなあ。
アキ:へ?
未希:あ、いえ、なんでもないの。ごめんね。
アキ:……お姉さん、何処かに行きたいんですか?
未希:そうかもしれないわね。
アキ:……それじゃあ、俺と一緒に、来ます?
未希:だーめ。……妹がいるの。放っておけないわ。
アキ:僕からしたら、お姉さんのことの方が放っておけないです。
未希:何言ってるの?
アキ:お姉さん、昨日見たときからずっと辛そうで。……疲れてるんでしょう?妹さんのことで。
未希:…………。
アキ:お姉さん、最近、自分の為に時間使ってますか?
未希:使って、ない。
アキ:それじゃあ使いましょうよ!
未希:でも、私には……
アキ:誰かの為だけに生きてて、楽しいですか?
未希:……っっ!!(※取り乱す)
アキ:僕、「アキ」っていいます。お姉さんの名前は?
未希:……未希。
アキ:わあ!アキとミキって、なんだか語感が似てますね!
未希:そう?「キ」が同じなだけじゃない?
アキ:そうです!「キ」がお揃いなんです!
未希:「キ」がお揃いって……そんなの初めて聞いた。(※笑う)
アキ:あっ!未希さんようやく笑った~!
未希:……だってアキくんがおかしなこと言うから。
アキ:おかしなことを言ったつもりはまったくありませんよ?
未希:……ねえ、アキくんてさ、普段どうやって生きてるの。
アキ:あはっ!それ聞いちゃいます?
未希:……だって明らかに浮世離れしているっていうか……不思議な感じがしたから。悪意はないのよ。ごめんなさいね。
アキ:悪意が無いのはなんとなく分かります。興味本位、ってやつですよね。
未希:……ごめんなさい。嫌だったら、話さなくてもいいから。
アキ:僕、ホームレスなんです!だから、一人暮らしのお姉さんナンパしながら、寝るとこだけ貸してもらってふらふら生きてます!
未希:……そう。
アキ:驚かないんですか?
未希:……驚くというか……。……驚く。……うん。驚く、ね。驚くのが正しい反応なのかもしれない。……でも私、ちょっといいなって思っちゃった。
アキ:やっぱり、未希さんは、僕が言った通りだ。
未希:そうよ。……私は、何処かへ行きたがってる。
◆数日後◆
◆未希の住むマンションの近く、コンビニ前◆
アキ:みーきーさんっっ!!
未希:あなたは……アキくん?
アキ:覚えててくれたんですね~!
未希:……言っとくけど、うちには妹が居るから泊めないわよ。それに、食べ物たかろうとしても無駄だから。
アキ:やだなぁ!そんなんじゃないですってば!僕、トラブルを避けるために、基本的には一度泊った女性の家には近づかないようにしてるんです。
未希:……でもうちのマンション前のコンビニまで来た。
アキ:そうです!僕、もう一度、未希さんに会いたくて!
未希:……それならマンション前で待ってた方が効率的だったんじゃない?私がコンビニに寄らない可能性だってあるわけだし。
アキ:やだなぁ~。それじゃあストーカーじゃないですか。
未希:もう充分ストーカーだと思うのは私だけ?
アキ:そうです。未希さんだけです。
未希:……なんか頭痛くなってきた。話すことは無いわ。帰って。
アキ:えー!お話してくださいよー!こないだは、あんなに僕に興味持ってくれてたのに!
未希:……疲れてるの。
アキ:疲れてるのはいつもでしょう?
未希:……うるさい。
アキ:妹さん、具合はどうなんですか?
未希:……相変わらずよ。今、入院の手続きを進めているところなんだけど、本人が嫌がって、なかなか……ね。
アキ:そうですか。それは大変ですね。……あ、包帯要ります?コンビニで買うと高いでしょう?僕、いっぱい持ってるんで。
未希:……思ったんだけど、アキくんはどうしてそんなに包帯を普段から持ち歩いているの?そんなふらふら生活してるんだったら、邪魔にならない?
アキ:ああ……それは……(※左手首を見せる)僕もよくやっちゃうんですよ。リストカット。
未希:……そう、なのね。
アキ:あはは!これ見せて驚かなかったお姉さんは、未希さんが初めてだなあ!
未希:……妹のでさんざん慣れているから、今更、ね。
アキ:そっかあ。……やっぱり、未希さんは面白いや。
未希:そうかしら。私は、自分ほどつまらない人間はいないと思うのだけれど。
アキ:いーや!未希さんは、面白いですよ!
未希:……ところでアキくん。もうだいぶ時間遅いけど、今日は泊る場所決まってるの?
アキ:あ、そういうところは心配してくれるんですね!さすがはお姉さんだ!
未希:いや、そうじゃなくて。決まってるの?
アキ:……決まってません、って言ったら、未希さんはどうしてくれるんですか?
未希:えっ……と……。
アキ:それじゃ、今日は僕はこの辺で!おやすみなさい!未希さん!いい夢が見られますように!
(アキ、去っていく)
未希:……いい夢なんて、もう何年も見てないわよ。
未希:(M)琉美はあの事件があってから、「自分は汚い」と思い込むようになった。精神科病棟を脱走してからは、一人暮らしをしていた私の家に転がり込み、しばらくは援助交際で生計を立てていた。
未希:(M)危険だからと、何度も注意しようとしたけれど、「お姉ちゃんはいいよね」と言われると途端に言葉が出てこなくなってしまう。そうだよね。お姉ちゃんは……私は、怖い目にも遭っていないし、普通に高校を卒業して、普通に大学を卒業して、大手企業へ就職した。
未希:(M)傍(はた)から見れば順風満帆で、なんの不自由も無いようなそんな人間だ。
未希:(M)私は「何一つ失っていなくて、全てを持っている人間」なのだと、琉美から言われたことがある。でもね、……違うのよ。違うの。
未希:(M)……私は最初から、何一つ持っていなかっただけなのよ。
◆深夜の公園◆
(ベンチに座っているアキ)
アキ:……っっ。(※手首を切っている)……あ~~っっ。気持ちいい。やっぱり週に一度は、こういう日が無いと駄目だ、俺。
アキ:(M)深夜の公園で、アルコールと安物のドラッグをキメて手首を切る。だらだらと醜く流れる血を、街灯に当てて眺める。……俺はやっぱり汚い。死んだ方がいい。
少年院を出たときから、俺の未来なんて無いも同然だったんだ。
アキ:(台詞)……ふぅ。けっこうキマってきたかも。
アキ:(M)視界がぐるぐるとする。身体がふわりと宙に浮いたかのような錯覚に陥る。……腕の痛みは、もう感じない。
(間)
アキ:(M)高校生の頃の記憶が蘇る。……俺は、どうして、あんなこと。
(間)
アキ:(M)好きな女の子が居たんだ。初恋だった。小柄で可愛くて、小動物みたいで、守ってあげたくなるような、そんな存在。
アキ:(M)「おはよう」を言うのすら恥ずかしくて躊躇(ためら)ってしまうような、そんな甘酸っぱい青春。……そのはずだった。……あんなことが、起こるまでは。
アキ:(台詞)ごめん、ナサイ……。ゴメン、なさい……。ごめ、んな、さい。(※うわごとのように)
(暫くしてから)
未希:……アキくん!!アキくん大丈夫!?(※思いっきりビンタ)
アキ:え……?あれ……俺、、あ、……もう朝……。未希、さん……?なんで、……うっ、おええっ……。
未希:はい、袋。……手首も処置しておいたから。……あと、そんな安物のヤク、BAD入るだけだからやめた方がいいわよ。
アキ:へえ……意外、だな。詳しいん、ですね。未希さん。(※苦しそうに)
未希:妹もそれなりにやってるから。いろいろ調べてるの。……特に精神疾患者が手を出しそうなものに関しては。
アキ:あはは。……かっこいい、お姉さんだ。妹さん、いいなあ。
未希:はい、お水飲んで。……まったく。こんな公共の場でラリり過ぎ。警察が来るか私が来るか、すんでのところだったわね。
アキ:ありがとうございます。……でも、どうして僕なんかに……。
未希:見ていられないから。とても見ていられないから、助けた。……それだけ。ただの偽善よ。
アキ:あはは。未希さんは、やっぱり面白いや。
未希:それと、一人称。無理矢理「僕」にしなくてもいいから。
アキ:あーっ……えっと。
未希:かわい子ぶらなくていいから。
アキ:すみません。
未希:お。珍しく素直。それじゃ、今日はウチ来る?
アキ:は!?え!?どうしてそうなるんですか!?
未希:それとも、警察に通報されたい?……救急車、呼ばれたい?
アキ:あはは。それは、勘弁してください……。
◆未希の家・玄関前◆
アキ:そっか。妹さん、今日からしばらく不在なんですね。……でも、目を離しても大丈夫なんですか?
未希:大丈夫。……だと思うしかないわね。分かんない。不安なのは確かよ。でも、あの子にも息抜きは必要だし、彼氏のところへ行くと言っていたから……信じるしかないわ。
アキ:…………。(※ふーん、というような間)
未希:……恋愛、とかさ。人間って、何かに夢中になっていると違うのかもしれないわね。……さ、入って。
◆未希の部屋◆
アキ:……すごいいい匂いがする。
未希:……あなたでも、そんな普通の男の子みたいなこと言うのね。ふふっ。
アキ:むぅ。悪いですかあ?
未希:悪いことなんてないわ。かわいいなと思っただけよ。ふふっ。
アキ:でもさっきからそうやって笑ってる!
未希:ふふふっ。ごめんなさいね。……なんだか、楽しくなっちゃって。……こういうの、柄じゃないからよく分からないわ。ふふふっ。
アキ:でも俺は、未希さんが楽しそうならそれで良かったです!……それにしても、お部屋、本当に綺麗にしてるんですね。
未希:毎日のように妹に汚されてばっかりじゃあ、掃除も捗るわ。
アキ:さすがはお姉さんだ。
未希:あら、楽じゃないのよ。
アキ:未希さんの顔、見てれば分かります。
未希:じゃあ、ベッド使ってていいから。適当にシラフに戻るまで寝てて。私は仕事に行ってくるから。
アキ:はーい。分かりました。
未希:……あ、窓も玄関も絶対に内側から開かないようになっているから、変なことしようとしても、無駄よ。
アキ:……徹底してるんだなあ。未希さん、行ってらっしゃい。お仕事頑張ってくださいね。
◆未希の部屋・アキ一人◆
アキ:(M)ほんのりココナッツのような甘い香りが漂う室内。まさに女性の二人暮らし、といった具合の可愛らしい家具。そして化粧品。……そして俺は、お洒落な戸棚に飾ってある一つの写真に気が付いた。
アキ:(台詞)これは……未希さんと、妹さんかな?
アキ:(M)――その瞬間、背筋が凍った。俺の背後には、死神か悪魔か、はたまた悪霊か、そういった類のものが現れたのだろうか。……殺される、殺される、殺される、助けて、助けてくれ……!!
(間)
アキ:(M)……そうだ。思い出した。このココナッツの香りは……
◆数時間後◆
未希:アキくん!!アキくん大丈夫!?!
アキ:あ……おかえりなさい……未希さん……。
未希:アキくん泡吹いて失神してたよ。何かOD(※オーバードーズ)した?違うよね?手首も切ってないし、フラバ(※フラッシュバック)とかかな?
アキ:僕、、俺、、俺、、僕……俺、俺、、……この部屋に、居られないです。
未希:え?どういうこと?
アキ:……だって、未希さんの妹さんは……
未希:あ、その写真……。
アキ:…………。
未希:琉美を、知ってるの?(※何かを察する)
アキ:俺は……
未希:分かった。それ以上言わなくていい。分かった。分かったから。
アキ:俺は……死んで当然の存在です。
未希:死んで当然の存在なら、もうとっくにこの世にはいないと思うのだけれど。
アキ:ごめん、、なさい、、。
未希:だから、今こうしてアキくんが生きてるってことは、きっと何か理由があるのよ。……きっと何か、、きっと、、。
アキ:未希さん
未希:(※遮って)アキくん。……ぎゅってしてあげるから。こっち、おいで?
アキ:未希さん。未希さん。……無理、しないでくださいよ。
未希:何がよ。
アキ:……だってすごく、震えているじゃないですか。未希さん……。
未希:(M)そこから数週間。何も言わず、何も聞かず、琉美が帰ってくるまでの時間を二人で過ごした。不思議と居心地は悪くなかった。アキくんは終始怯えた表情で、時折発作を起こしたが、妹のことで慣れていたのでそんなに苦痛は感じなかった。
(琉美と電話をする未希)
未希:……あ、もしもしルミ?そっちでは大丈夫そう?息抜きはできたかしら?彼氏くんとも久々に会えて嬉しかったんじゃない?……じゃあ、帰り、待ってるからね。
(電話が切れる)
アキ:お世話になりました。未希さん。泊めてもらっただけじゃなくて、……その、いろいろと、他にも。
未希:気にしなくていいのよ。……どういたしまして、とだけ言っておくわ。
アキ:誰かの家にこれだけ長く泊めさせてもらったのは初めてだから、少し寂しいです。
未希:……次の居候先も、早く見つかるといいわね。
アキ:……どうして。
未希:え?
アキ:どうして、未希さんはそんなに優しいんですか。どうしてこんなに俺に尽くしてくれるんですか。……だって、だって俺は、俺は……妹さんの、こと……
未希:何も無い、からかな。
アキ:え?
未希:私には、心ってものが無いのかも。
アキ:何言ってるんですか……?
未希:妹の面倒だって、やれやれで見ているだけ。「可哀想だな」とか「私が守ってあげなくちゃ」とか、ずっと自分に言い聞かせて来てたけど、本当はそんなこと微塵も思ってない。
未希:それなのに「嫌だな」とか「どうして私がこんなことしなきゃいけないの」とかも一度も思ったことが無いの。
未希:仕事だってそう。好きでやってるわけじゃないけれど、別に嫌でもない。世の中の人達が「仕事行きたくない」っていう気持ちが分からない。
未希:「人生の目標」とか?そんなものの必要価値が分からない。趣味だって無いわ。……趣味が無い人、と言ってしまえばこの世にはごまんといるかもしれないけれど、私には「趣味」というものの価値が分からない。
未希:「お前だけでも真っ当に生きてくれ」と両親に言われて、「はい分かりました」と何の感情の起伏も無く言えてしまうようなそんな人間。
(間)
未希:……だから、琉美をレイプした犯罪者にだって、こうやって優しくできるのよぉ……(※泣く)
(間)
アキ:……未希さん、俺を恨んでください。
未希:できない。分かんないの。
アキ:そうやって泣けるなら、未希さんに心はありますよ。んー。そうだなあ。……一発、ぶん殴っておきます?
未希:……できない。
アキ:ほら、前に公園でラリってた俺を起こしてくれたときみたいに、思いっきりビンタしてくださいよ。
未希:…………。
アキ:そして、「この犯罪者!死んでしまえ!」って言うんです。……あははっ。きっとスッキリしますよ。
未希:……できない。もう、早くどこかに消えて。二度と私の前に現れないで。
アキ:…………。はーい。分かりました!それでは未希さん、本当に、お世話になりました。
未希:…………。
アキ:今夜はいい夢、見てくださいね。
(アキ・回想)
アキ:(M)他校の不良グループの先輩達だった。特にタチが悪いと呼ばれるその三人は、俺達が入学した当初から琉美ちゃんに目をつけていたらしい。
アキ:(M)俺も、中学の時からの親友のヒロも、そんなに素行がいい方ではなかった。だから自然と、不良同士の繋がりというのも生まれるわけで。
……その日呼び出されたのも、いつも通りのいつもの感じで、万引きをしたりする程度の、そんなノリだと思っていた。
(間)
アキ:(M)しかし、呼び出された場所へ行ってみると、そこには先輩三人に“既にマワされた”痕のある、小さな身体の琉美ちゃんが居た。
(間)
アキ:(M)俺は頭が真っ白になった。ヒロは、俺の琉美ちゃんへの気持ちを知っていたからか「見るな!」と言い放ち、携帯を取り出して警察に通報しようとした。が、次の瞬間、ヒロは俺の目の前を、携帯ごととんでいった。一瞬何が起きたのか分からなかった。ヒロは殴り飛ばされたのだ。とてつもない勢いで。
アキ:(M)「お前もああなりたくなかったら、変なこと考えるんじゃねえぞ?」先輩はそう言って俺を脅した。俺は先輩からの受圧に足が竦む。
(間)
アキ:(M)俺とヒロが呼び出されたのはどうやら、周囲にバレないようにする為の見張りの役割だったようだ。
アキ:(M)黙って見張りを続けたが、否が応でも琉美ちゃんが泣き叫ぶ声は聞こえてくる。……そして俺はその後、頭がおかしくなってしまったみたいだ。
アキ:(M)気づけば先輩たちに混ざって、憧れだった、好きだった、初恋だった琉美ちゃんのことを、犯していた。
(間)
アキ:(M)少年院に入ってからの俺は問題児だった。というのも暴力沙汰などではなく、自殺未遂を繰り返したからで。
アキ:(M)何人ものカウンセラーと話をしたが、俺の死にたい気持ちは収まらなかった。少年院を出た後は、一年ほど閉鎖病棟へ入院をして、そこから退院。
(間)
アキ:(M)晴れて自由の身?笑わせるなよ?職も無ければ帰る家すら無い。今晩寝る場所も決まらない。まともな食事にありつけるかも分からない。……そんな、そんな生活だった。
(回想終了)
◆未希の家・琉美と未希が話している◆
未希:……琉美。おかえり。どうしたの?けっこうお酒飲んでる?彼氏くんと……何かあったのかしら。
未希:(M)「何も無いよぉ」琉美はそう笑いながら煙草をふかす。琉美の吸っている銘柄は、ブラックデビルの10ミリ。……私じゃとても、重たくて吸えない煙草だ。
(間)
未希:(M)琉美はこちらを見てにこりと笑うと「お姉ちゃん、私がいない間に男連れ込んだでしょ」と聞いてきた。正直ドキッとした。なるべく部屋は綺麗に掃除して消臭スプレーもかけたはずなのだけれど……。
未希:(台詞)……あはは、ごめんね。……バレちゃった。
未希:(M)琉美はとても落ち着いた表情で「そっか、良かった」と呟いた。正直とても意外だった。てっきり激昂(げっこう)して、私を罵(ののし)るものだとばかり思っていたから。
(間)
未希:(M)「お姉ちゃん、私のお世話ばっかで、疲れてるでしょ。ごめんね」。琉美のその言葉で、私の中の何かが決壊した。……アキくんと出会って気づかされた、私の心の境界線。てっきり最初から無いものなのだと、今まで見ないようにしてきた私の心。それが何なのかは、まだ、分からないけれど……。
未希:(台詞)……ごめんね、琉美。駄目なお姉ちゃんで、ごめん。……ごめんね。(※泣く)
◆女性宅・お小遣いを受け取るアキ◆
アキ:……ありがとうお姉さん!このお金で僕、ちゃんと家まで帰れそう!
(女性宅をあとにするアキ)
アキ:チッ(※舌打ち)……五千円かよ~。金持ってそうに見えたのに。やっぱり金持ちってケチなんだよなあ。
アキ:(M)未希さんには「安いヤクはやめろ」って言われたけど、こんな生活してるんだから仕方ないじゃん。俺はいつも通り、煙草の空き箱に入った安物のドラッグを受け取ると、コンビニでアルコールとカッターを買って、人が居なさそうな公園のベンチに腰掛ける。
アキ:(台詞)……今日もクソみたいな一日だった。……俺は一体いつまで生きれば許されるんだよ、まったく。
アキ:(M)……琉美ちゃんにも、家族が居たんだ。未希さんは、あんなに辛そうだった。……俺のせいで。俺のせいで、何人もの人生が犠牲になっている。俺の、せいで……俺の……
アキ:(台詞)……日が暮れてきたな。そろそろ、キメるか……。
未希:……アキくんっっ……!!(※ひどく息切れ)
アキ:あれ?……未希、さん……?
未希:琉美が。ねえ、琉美がいないの。知らない?見てない?
アキ:……未希さん……。
未希:……どうしよう。どうして。玄関の鍵は、内側からは開かないようにしていたはずなのに。ねえ!どうして!!どうして……どうしてよぉ!!
アキ:……未希さん、落ち着いてください。
未希:落ち着いてるわよ!!
アキ:…………。
未希:どうしよう。また、何か事件に巻き込まれてたら。どうしよう。自殺しちゃってたら。どうしよう、怖い。怖いよ、アキくん……。
アキ:あの……未希さん。
未希:何?
アキ:どうして俺のこと、頼るんですか?
未希:(※泣く)
アキ:琉美さんを犯したの、俺なんですよ?
未希:(※泣く)
アキ:琉美さんの、そしてあなたの人生をも奪ったこの俺です。どうして、頼ろうとするんですか?
未希:……どうして、でしょうね。……分からないわ。
アキ:分かろうとしていないだけでしょう?未希さん、あなたは、俺のことを恨んでいいんですよ。
未希:……そうね。そうかもしれないわね。…………この、犯罪者。……絶対に許さないんだから。
アキ:…………。……未希さんはやっぱり優しい人だ。
未希:優しくないわよ。心が無いだけ。
アキ:あるじゃないですか、心。琉美さんのこと、ちゃんと心配できる心。……妹を守る、お姉さんとしての心。それに俺のことだって、あなたはすごく気遣ってくれた。
(間)
アキ:……未希さん。俺、未希さんのこと好きです。
(間)
未希:……は?何、言ってるの?
アキ:俺に、優しくしてくれて、ありがとうございました。……琉美さん探すの手伝います。といっても、俺が直接見つけちゃったらまずいでしょうから、目撃情報とか、そこらへんを。……あ、でも俺スマホ持ってないんで、連絡手段が……
未希:これ、私の電話番号。それとこのお金で、公衆電話から連絡して。
アキ:さっすが未希さん!頭いいや!
未希:真面目にやってくれなかったら、許さないから。
(未希、去る)
アキ:……はーーあ。今日の分の酒と薬は、おあずけだな……。
◆数日後◆
(公衆電話・未希に電話をかけるアキ)
アキ:もしもし?未希さん?あの、琉美さんの目撃情報があったみたいで……
未希:アキくん……(※泣いている)
アキ:未希さん、どうしたんですか?
未希:琉美が、琉美が……
アキ:え?
未希:琉美が……人を殺したって。
アキ:人を……殺した?
未希:警察から連絡があって……私っっ、、私っっ、、!!
アキ:未希さん、今どこですか!?
未希:……警察署。
アキ:俺も、行きます。
未希:アキくん、どうしよう、わたし……
アキ:すぐ行きます。待っててください。
(間)
未希:(M)殺人罪を犯した琉美であったが、重たい精神疾患と、事件当初、心神喪失状態だったこともあり、不起訴処分となった。その後、精神科病棟への長期入院が決定し、琉美は閉鎖病棟の奥深くへと収容された。私は琉美を負の因果から守れなかった。
未希:(M)事件の被害者が加害者になるなんてことはよくある話で、だけど、そうならないために私が居たというのに。それを防ぐことこそが私の役割で、生きる理由だったというのに……。長い長い事情聴取が終わり、私も監督不行き届きを問われた。
(間)
未希:(台詞)どうして。どうして私達だけ、こんなに不幸なの。どうして、何もかも奪われ続けなきゃならないの……。
アキ:未希さん。
未希:あなたのせいよ。あなたの、あなたのせいよ!アキくんは、アキくんが、琉美のことおかしくして、それで……私……
アキ:ごめんなさい。でも、見ればわかると思いますけど、俺ちゃんと今不幸なんで。安心してください。俺、未希さんに「死ね」って言ってもらえたら、ビルから飛び降ります。
未希:アキくんが死んだら、私は誰を恨めばいいのよぉ……!!
アキ:だから、未希さんが生きて地獄を見ろというのなら、俺はそうします。未希さんが恨むべき対象として、俺はこれからも生き続けますよ。
未希:私ね、どこか、琉美とアキくんを重ねて見てたの。二人とも、心に深い傷を負っていて。でも琉美は被害者で、アキくんは加害者だった。アキくんを恨んだ。
未希:でも、心から恨み切れなかった。ごめんなさいと懺悔するアキくんを、死にたいと手首を切るアキくんを、心の底から恨めなかった。自分でも何言ってるのか分からないんだけどね、、
アキ:……未希さん、俺と、一緒に居てくれませんか?一緒に、どこかへ行きませんか?罪を償いきれるなんて思っていません。でも俺、未希さんのことが好きで。笑って欲しくて。
アキ:こんなこと言うの……それこそ烏滸がましいっていうか、何様なんだって感じだと思うんですけど、俺、未希さんのこと、傍で支えたいです。
(間)
未希:……どこかへ行くなら、地獄かしらね。今居るここだって、充分に地獄だけど。……ねえ、アキくんも、そう思うでしょう?
アキ:……そう思いますよ。俺は「あの日」から、悪夢しか見てません。寝てても起きてても、ずっと地獄だ。
未希:加害者のこと、地獄に落ちろってずっと思ってた。だけど私達がいる場所は、既に地獄だった。……アキくんは、私と一緒に、地獄の底まで行ってくれるのかな?
アキ:……はい。一緒に行きますよ。一緒に行かせてください。……俺はずっと、未希さんの傍に居ますから。
(間)
未希:……いつか本当に、地獄の底まで行けたなら。そのときはきっとね、アキくん。あなたに「愛してる」って、伝えるわ。
◆END◆
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