見出し画像

まろやかな店主

外食するとき、僕は、あまり調べずにお店に向かってしまうため、思っていたのと違うとか、そもそも定休日とか、ちょっとしたハプニングがあります。

店名を知っていても、あるいは通りがかりでも、お店の外観や、出入りするお客さんの感じ、外に出ているメニューボードなどを見ながら、最後は食べたいものがあるかで判断して、入り口のドアを開けます。

あまり期待し過ぎずに、そのまま美味しく食べたいから、そんなふうにしてお店を見つけるのです。

値段のことは、地域性もあるし、その時の気持ちもあるから、あまり気にしていません。雰囲気が良さげなお店があっても、ささっと食べて帰れるチェーン店にしようという判断もあるのです。


先日見つけたのは、普段なかなか行かない場所に、新しく開店していたカフェ。カフェとは言え、しっかりしたレストランの風情でした。

その場所は、大きな区画整理が行われていて更地が点在し、たまに訪れるとその変貌ぶりに戸惑うような土地で、ワンルームマンションの1階にありました。

重々しい扉と、鋳物のような店名板の存在感に吸い寄せられ、ランチには少し気合いのいる価格でしたが、明らかに美味しそうだったので、扉を開けました。

店内の客は、ほぼ女性。そもそもひとり客なんて僕くらいでした。

ちょっと澄ました感じだけれど、気さくな雰囲気を出している店員さん(うまく言えないけれど、おしゃれな店の店員さんってこんな感じですよね笑)が、メニューを持ってきてくれて、軽く説明してくれました。

初めてのお店では素直に食べたいものを食べる、ということで、ランチセットにプリンを追加してオーダー。

ランチのサラダが出てきて、写真を撮ろうか、いやその前に許可をもらわねば、などと考えたけれど、なんとなく恥ずかしくなって食べ始めました。

すると作務衣をまとった、”まろやかなおじさん”がやってきました。手には真っ白なティーポット。僕の前に伏せてあったノリタケのカップに、紅茶を注ぎながら、話しかけてくれました。

「こんにちは〜。バラの紅茶で〜す。」

字ではうまく表現できないのですが、口調は完璧なオネェのそれでした。見た目は職人のようだったのですが、その声を聞いて僕の肩の力が抜けました。緊張が解けて、楽しくなってきたのです。

年齢的にも、ほかの店員の距離感からしても、おそらく店主さん。オーナーシェフという人たちを何人も見てきたわけではないけれど、こんなにまろやかなオーナーシェフに初めて会いました。

サラダを食べ終えて、バラの紅茶を飲んでいると、パスタがやってきました。「グランドナポリタン」という名前のマッシュルームたっぷりパスタ。(店員さんに写真撮っていいか尋ねたら、とても嬉しそうにOKしてくれました)

熱々の麺を頬張っていると、店主さんが通りかかって(座席が全てカウンター席で、目の前が店員たちの動線になっている)、新しい紅茶を注いでくれました。

「パスタ、熱々でしょ〜。マッシュルームがプリップリで、キケンですよね〜。紅茶は、アールグレイです〜。」

店員さんのことを話す店主さんもお茶目で面白くて、

「最近の若い子は、なんでも食洗機にかけちゃうんですよ〜。あなたの頭を食洗機に入れようかと思うくらい。ふふふ。」

お店の働き方を「ブラック企業ではない”漆黒の会社”」と言い、ランチはシェフたちがいないとできない、自分はお茶汲みだ、と笑っておられました。

食後のプリン、これもとても美味しかった。カラメルソースが苦くないのに香りが強いなと思って食べていたら、ソースにはブランデーを加えていて・・と教えてくれました。かためのプリンに、超がつくほど濃厚なカラメルソース・・また食べたい。

ひと息ついて、何杯目かの紅茶を飲んでいると、店主さんから「きょうは、お休みですか?」と聞かれ、「このあとも仕事があって」と応えたら「あら、お仕事なんですね〜」となんだか嬉しそうでした。

会計を済ませて、帰り際、店主さんが「お仕事、いってらっしゃーい」と送り出してくれて、ちょっと面白くなって元気が出ました。

たった数十分のランチでしたが、美味しくて楽しい食事ができました。ひとりではなかなかそういう体験ができないので、すごく印象に残るものです。

店を出ると、不思議と肩が軽くなっていて、楽しい時間の効能のようなものを感じた午後でした。


#おいしいお店 #ひとりランチ #内緒にしたい



この記事が参加している募集

おいしいお店

最後まで読んでいただき、ありがとうございました! サポートは、子どもたちのおやつ代に充てます。 これまでの記録などhttps://note.com/monbon/n/nfb1fb73686fd