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宙に浮く記憶

初めてのアルバイトは高校1年生の夏休み、
某運送会社の引越し部門の短期アルバイトだった。

父は「どうせいつか働くんだから、高校生でしか出来ないことをした方がいい」とアルバイトをさせない方針だったが、夏休みだけは許してくれた。

自宅から自転車で20~30分ぐらいの営業所に出勤し、引越しする家の規模によってメンバーが割り振られる。
だいたい男性2名と女性のパート・アルバイト1~2名という構成で、男性の1名は必ず社員だった。

女子は重い荷物を運ぶ訳ではなく、基本的におまかせパック的な引越しにしか行かない。細かい荷物をダンボールに詰める又はダンボールから出して配置するという仕事だった。
小さい子供が沢山いる家、年配夫婦の家、お金持ちの広い家などが多かった気がする。

夏休みの短期アルバイトということで、自分と同じ女子高生が数人いた。一緒の現場になると、車での移動時間などで仲良くなった。他の学校の生徒と仲良くなる経験は初めてだった。男性社員も始めは怖い印象の人もいたが、慣れてくると平気になった。始めから面白くて優しい人もいた。
行くたびに知り合いが増え、楽しくなった。
仕事の内容も、知らない誰かの家に行くというのも面白かったし、瞬く間に部屋が空っぽになるのは爽快だった。

仲良くなった女の子たちと、バイト以外の日も電話をしたりするようになった。彼女たちは社員の男性を恋愛対象として見ていた。それはわかる。働く男の人はかっこよく見えた。でも衝撃だったのは、逆も然りということ。1人の女の子は、なんと怖い印象だったあの社員とひと夏の経験もしちゃったのだった。
もう1人の女の子は、芸能人みたいに可愛かった。今でこそギャルは賢くて真意をついている、というイメージが世間でも浸透してるが、当時の彼女もまさにそんな感じだった。
とは言え、私が知らない世界をたっぷり知っていたのも事実。私自身は「私と話して楽しいのかなあ?」と思っていたが、彼女はとても好いてくれていた気がする。良く長電話もした。細かいエピソードは覚えていないが、その頃に読んだTSUGUMIという小説の印象が重なり、私の中で伝説の少女といえば彼女だ。

夏休みが終わり、写真部からバスケ部のマネージャーに転部し、高校生活は一変した。まさしく高校生にしか出来ないことをした。バスケ部の仲間とは今もよく連絡を取り合っている。父の方針にはとても感謝している。

それから20数年、このバイトのことを思い出すことはほぼ無かった。当時仲良くなった女の子たちのその後も知らない。
私も面白くて優しい社員の1人に好意は持っていたが、発展させようという気持ちは生まれなかった。現場が一緒だったらラッキーという感じだった。
,,,ということも今思い出した😂
夏休みが終わった後、1度だけ秋にヘルプを頼まれて行った時にその人が担当で嬉しかった。現場は松島で、小旅行気分だった。
今思えば繁忙期を終え社員たちにも余裕があったのか、帰りに海を見たりした覚えがある。
私の生活が変わっても、変わらずこの仕事を続ける人たちがいるんだなーという気持ちと、このバイトの締めくくりにふさわしいなーと思った気がする。

窓からじりじりと日が入り、冷房の無い老夫婦の家での汗だくの作業。蝉の声。女の子たちの焼けた肌、透ける髪。雷の稲妻を何本も見ながら、延々と続く田んぼ道を自転車で帰った思い出。

今も親しくしている人で、私がそのアルバイトをしていた姿を知る人はいない。
私と同じ景色を見た人はいない。
そこだけ宙に浮いているような記憶。
私しか知らない記憶。
私だけが知っている記憶。

今年の静かな夏は、今まですっかり忘れていたことを思い出すことが多い。

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