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社交辞令が嫌いだった。

「ねえ、ねえ、今度みんなで飲もうよ」

そこにいた全員が顔を輝かせ、提案者に同意した。
ある者は「最近夜出歩いてないから嬉しい」と自分の近況を絡ませ、ある者は「以前より飲めなくなったけど楽しみ」と自虐しながら同意していた。
そこにいたのは総勢6名。
同意はあっても、誰一人として、日程や場所などを詰めようとするものはいなかった。
それ以前にその会話を深めたくない雰囲気があり、誰かが発した「紫蘇の葉いる?」によって、飲み会の話はもみ消された。

昨日、近所に住む日本人同士のお茶会が催された。
リーダー格の女性が「〇〇さんはどう?」と話をふり、全員が話せる大人の会話が繰り広げられた。帰りはもちろんお決まりの社交辞令で締めくくられた。

「みんなで今度飲もうよ」が、その日の締めだった。

果たす気もないくせに誘い、行く気もないのに「行こう行こう」と盛り上がる。
しかし腹の底は違う。誰一人、その未来を望んではいないのだ。万が一約束が交わされることがあったら、どうやってキャンセルしようかと、各々がその理由を考えているに違いなかった。

今度〇〇しよう、や、今度〇〇行こう!は女性が日常的に乱用する社交辞令の一種だとおもう。
みんなそれを分かっているから、こやってスムーズにスルーしていく。

女性は話すことで、人との関係を深めるらしい。
こんな表面上の付き合いで、どうやって関係を深めるのだろう。
どうせなら、拳と拳をあわせるとか、もっと手っ取り早く仲を深められたら楽なのに。
本能への恨み言を頭の中で言っているうちに、会合は終わりへと近づいていった。

紫蘇の葉を手に、帰ろうと立ち上がった時だった。
ちょっと離れたところでリーダー格の女性と最近グループに加わった料理好きの女性Kが話し込んでいた。
紫蘇の葉レシピの話かな?気になった私は聞いた。

「なんのはなしですか?」

リーダー格の女性が困った顔で言った。
「Kさんが、飲み会いつにするかって」

全員が帰り支度をする動きを止め、Kを見つめた。
なんてことを言うんだこの馬鹿は。
そんな言葉が聞こえてくるような気がした。誰もが言葉を発せずにいると、リーダー格の女が言った。
「また今度ラインでゆっくり決めようか。みんなの予定もあるし」

その時なぜだか、チクリと小さな胸が痛んだ。

行きたくもない飲み会をうやむやにしてくれたリーダーに感謝する場面だったのに。
私は、Kの痛みを感じたのだろうか。
それとも、私も皆と一緒に飲みたかったのだろうか。

そんなことを考えながら外に出ると、男性の連れたラブラドールが私にじゃれついてきた。拒絶されないことを前提に甘えてくる犬。私も無意識に受け入れる。

後ろからKも近づいてきた。

K「可愛いですね、この犬」

可愛い笑顔だった。誘ってみるか、唐突にそう思った。

私「今週いつか暇ありますか?良かったらうちで飲みませんか?泊まりももちろんokですよ!」

Kは一瞬戸惑ったけれど、即答した。
K「今日、夜仕事終わったら暇です!帰りはパートナーに迎えに来てもらいます!」

え、今日かよ。平日やで?明日早起きなんだけど。
そう思ったけれど、その言葉は彼女の笑顔によって腹の中へ押し込まれた。

そして昨日の夜22時近くだっただろうか、仕事を終えた彼女がやってきた。

久しぶりの女子会とアルコール。
私は普段全くお酒を飲まない。
酔うとほふく前進で徘徊、コスプレ、セクハラ、夫に子守唄をなどを要求するなど、家族に迷惑をかけるようになったからだ。
そして最悪なことに、その記憶を留めておける若さがなくなった。

それにプラスして飲んだ翌日の拷問タイムが恐怖だった。

娘「ねえ、ママ。昨日何したか覚えてる?」

覚えてるわけがない。唾を飲み込み、白々しく答える。

私「ただ飲んで寝ただけじゃん?」

嬉しそうに笑う娘が怖い。

娘「やっぱり覚えてないよね〜」

そう言いながら、アイフォンを取り出し録画されたおぞましい自分自身を見せつけられる。
この儀式に恐怖した私は禁酒を開始した。

ただ誰かと飲む場合は話は別だ。まだ人と飲む時は記憶をなくさない自信があった。

しかし、昨日は久しぶりすぎた。飲んだお酒が全身を駆け巡るのはあっと言う間だった。

気が付いたら朝だった。

Kは深夜、予定通りパートナーが迎えに来て帰宅したようだ。私はちゃんと挨拶したのだろうか。
朝起きて娘に問うた。

私「えっと、ママは昨日大丈夫だったかな?」
娘は自分の部屋で夜遅くまで読書をしていた。

娘が言った。

娘「ママ、昨日また柴犬になってたよ。」

やってしまったようだな。

娘「でもちゃんと、迎えにきたパートナーにも挨拶してたし、そんなに酷くなかったと思う。
あ、あと、トイレでKさんと話した時、ママのこと化けの皮を被った吉高由里子みたいなこと言ってたよ。」


化けの皮を被った吉高由里子。
吉高由里子はバケモノのように可愛い。それはあの可愛らしい顔と、天真爛漫な言動がセットだからだ。
吉高由里子に化けの皮をかぶせてしまったら、ただのバケモノじゃないだろうか。

子どもたちを送り帰宅すると、Kからメールが届いた。

「昨日はありがとう❤️刺激的な時間❤️楽しかった❤」


いったい私は何をしたんだろうか。
❤️マークがやたらイヤらしく感じるのはなぜか。そしてタメ語になっているのも気になる。
まさか、一線を越えてしまったんだろうか。
しかも柴犬で?
私はオスだったのだろうか、メスだったのだろうか・・・。
残念だけど記憶がない。

メールを送り返す。
「ごめんね、記憶があんまりないの。」

大笑いしているスタンプとともに送られてきた。
「また飲んでね❤」

語尾につけられた❤️マークから想像すると、一線を超えたのは確かなようだけれど❤がつく程、彼女を満足させられたということだろうか。

それに、また飲みたいと行ってくれたもの。

しかし、それが社交辞令ではないという保証はない。

昨日まであんなに嫌いだった社交辞令だけど、今日私はそれに救われた。
だって「昨日は最悪だったよ、あんた気持ち悪いね、へったくそだし!!今後二度と関わりたくない!!」そう本音を言われたら生きていけるだろうか?

世界から社交辞令が失われたら間違いなく戦争がはじまる。
そのくらい人間関係において大事なものだったのだ。

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