【series and parallel】

  実家に俺宛の小包が届いているとお袋から連絡があった。差出人の名前を聴くと「仁志田 結佑」からだとのことだった。俺は予期しなかった名前に少し面を喰らった。今生で今一度その名前を聴くことになるとは露も思わなかったからだ。
とりあえずとして、うちにその小包を郵送してくれとお袋に頼み電話を切った。
役目を終えた携帯を片手に俺は動かなくなった。
暗い画面に映る自分の顔を知覚しているのにその映像は脳によって処理のプライオリティを下げられている。
今懸命に俺のシナプスが巡らせているのは仁志田結佑のことだった。
結佑と過ごした3年を呼び起こすには僅かな時間さえあれば造作なかった。
それはほんの一瞬、刹那とも呼べる限りなく瞬間に近い知覚の速度だった。
驚いたのはその記憶の鮮明なこと。
まるで昨日の事のようにそれは詳らかに展開された。俺の横に居た結佑の顔や体、声や匂いでさえも鮮明にあり続けていることに俺は吃驚した。
5年経っても、忘れたように思っていても、心の深層に結佑が居続けていることに気づき、俺は不安を覚えた。自分が怖くなった。
その結佑から小包が送られてきたとはどう云うことだろうか。何故今になって俺に届けるものがあるというのか。心持ちの悪いまま、その小包が届くのを数日待つことになった。

  届いた小包は四方、20cmほどのダンボールだった。
結佑の名前と併記された住所の字面も昔を呼び起こさせた。
郷愁で手が止まる前に箱を開封する。
中に入っていたのは嘗て俺の許にあったCDや小説の類だった。積み重ねられたそれらの上に一枚の便箋がふわっと乗っていた。
開くとまた、懐かしさに胸が締め付けられた。
結佑の字だ。嘗ての級友がどんな字を書いていたかは記憶に覚えがなくとも結佑の字は忘れていなかったのだ。そりゃそうだなと鼻で笑えた。
結婚まで考えてたんだ。
 『お久しぶりです。今度引っ越すことになって家整理してたら絢正くんの残滓を掘り起こしちゃったから送りますね。今何処に住んでるか分からないから実家に送っちゃうけど呪いのビデオレターとかじゃないから許してね。本当はもっと前に送るつもりだったんだけど、あまりに懐かしくて本とか読み返しちゃって...。いっぱい想い出あったんだなぁって懐かしくなっちゃいました。絢正くんも郷愁の呪いに中てられるがよい!
ということで、色々貸してくれてありがとう。
元気で生きるんだぞ!! 仁志田 結佑』
文面から感じる結佑の偶像は当時のままだった。
感じることの無い語尾の上がり方とか、身振り手振りが今も目の前に結佑がいるかのように全部を思い起こすことが出来る。
気づいたら顔が緩んでいた。
結佑の手紙通り俺は郷愁に呪われることにした。
ゴールデン・スランバー、桐島、部活やめるってよ、
限りなく透明に近いブルー、ソラニン、
ALXD、I wanna go to Hawaii.,明日、また,AKG TRIBUTE。
そっか色んなの結佑に貸してたんだな。
なくしたか売ってしまったんだと思ってたもので溢れていた。
ソラニンには何回も読み返した跡があった。
斜めに日焼けした天の有り体から結佑の部屋の間取りまで思い出してしまった。
きっと、あそこの本棚に置いてたんだろうな。
机からCDプレイヤーを持ち出す。
サブスクにも入ってるが、ここは趣を意識して敢えての原盤で聴く。
プレイヤーにCDをセットし、ヘッドホンを耳にあてがう。ALXDの一曲目は『ワタリドリ』だ。
[ALEXANDROS]を一躍トップに押し上げた名曲。
未だに代名詞として扱われる曲。
正直俺も結佑もこの曲にそれほど刺さってなかったのを思い出す。もちろん、ライブに行けば最初のまーくんのリフでテンション爆上がりは必至なのだが、普段聴き込むかと云われればそこまでじゃない。
どちらかと云えば、五曲目の『Adventure』が俺らのお気に入りだった。というか一番思い入れの深い曲だ。結佑に勧められて初めて[ALEXANDROS]に触れた曲だったから今でも一、二を争うレベルで聴き込んでいる。

hello,hello,hello つかぬ事を
hello,hello,hello 御伺いしますが
hello,hello,hello 以前どこかで
hello,hello,hello お会いしましたか?
Adventure

 輪廻を信じ来世を夢見るとしたら、きっと結佑のことは人生の枠を越えて消えない記憶として残るだろうと思った。
世代が違うとも、必ずまた出逢うだろう。
気づけばかなり時間が経っていた。
耳元で流れるのは『Leaving Grapefruits』。
ドロスにしては珍しい失恋歌だ。

I wanna to be your favorite drink in starbucks.
Leaving  Grapefruits

そんな風に思えるのは本当に愛することが出来た人だけだろう。

もう一度出逢うなら今度はどんな二人になろうか?
その時はどんな話題で笑おうか?どんなことで泣こうか?
思い出してみても二人は全部全部出し切った
これ以上ない程の感情出して疲れ果てたのかな
Leaving Grapefruits

与えられることのなくなった愛情とかそれを超越した関係性の終末には一種の爽快感と陶酔が訪れる。
そして今世では続きのなくなった関係性に来世への思いを寄せる。結佑にはこの曲どう映っていたのだろうか。気になったが、帰ることのない答えは来世に取っておくことにする。
 そう云えば、俺も結佑から貰ったものがあったことに気づく。そしてそれらが今も部屋にあることに。
いい機会だと思った。
それらを引きずり出した。
結佑がくれた手紙や写真。それらは未だに机の引き出しにあった。
高校生の頃の写真、一緒に住んでた頃の写真。
放課後、一緒に帰ることを約束した時の紙切れ。
こっそりロッカーにチョコを忍ばせた時の添え手紙。毎年誕生日に送ってくれた手紙。
全てがそこにあった。
どれを見返してもその時の映像が頭に流れる。
淡い色彩だが、鮮明な映像だ。
今の俺を構築する重大な記憶の断片だ。
そしてその断片を処理しなければならないことを俺は知っている。
俺の許に帰ってきた想い出達を仕舞い、サブスクの『rooftop』を再生する。

I waking up
君の掌で目覚めた朝
いつの間にかFell asleep
くだらない話の途中
rooftop

何処までも俺の心臓を支えている結佑との想い出達を荼毘に付す。
バケツに火をつけて放り込む。
ベランダで形を変えた想い出達は天に登って行く。
結佑は『Bedroom Joule』を聴いたのだろうか。
『where's my history?』は聴いたのだろうか。
サトヤスが勇退してしまったことを知っているのだろうか。それら全て来世で聞こうと思う。

また会えたら
これ以上ない景色を
また会えたら
僕らは忘れないでいよう
rooftop

名残惜しさも封じ込めた。もう、前を向かなきゃ行けない。いい機会だと思った。結佑のことだからきっと、全てを見透かしてるんだろう。
今も敵わないなと思う。全て分かった上で、優しくけじめを促してくれている。
俺の今も全て知っているんだろう。
また、どっかで会おう。

「ただいま~」
美凪が帰ってくる。
「おかえり」
俺は出迎える。
「今日夕飯外で食べよう。」
「いいけど、どうしたの?」
「ん?そんな気分~」
過去に支えられるのも悪くはないが今を生きなければならない。未来を見なければならい。
人は終わりの数だけ強くなる。
美凪を愛せるのは結佑がいたからで、結佑の記憶は過去である。
ありがとうだけを残して美凪と一緒に部屋を出た。

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