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羊の子を見送った日の忘備録

4/7 晴、風が強く肌寒い朝 
小屋に行くと 
羊のこまるが息を引き取っていた 

まだ身体はあたたかかった 
私は明け方のうちに様子を見に行くべきだった 

こまるの瞼を私の指で閉じ 
首の向きを楽にする 
首輪に触れるとゆるゆるになっている 
ごはんを食べられなくなってしばらく経つこまる 
もじゃもじゃに伸びたウールにつつまれていてわかりにくいけど 
肌はごつごつになっていた 

山羊たちはこまるの横で 
いつものようにごはんを待っている 
のでいつものようにごはんをあげる 
大豆の豆殻をパリパリと食べる音を聞きながら 
山羊の角を触る 
山羊の角はいつものようにほかほかと暖かかった 

そして 
私はこまるの冷えていく身体をどうするのか考えなくてはいけない
と気づく

いわゆる行政の文法で状況を読むと
農家の家畜死骸は
産業廃棄物
とされ
埋葬は不法投棄
とされることを
以前調べて、理解はしていた

産業廃棄物
なんという単語だろう

私は
こまるの遺した身体を前にして

1. 可能なら、お肉を頂いて、食べてから弔いたい
それが叶わなければ、毛を刈り手元に残してから
2. 敷地に埋葬
3. 火葬
4. 業者に迎えに来てもらう

の優先順位だな
と考えをまとめた

でも
私は食肉を捌く技術をもたない
そもそも病死の羊を食べて良いのかもわからない
屠殺場に相談すべきなのか
わからない

こまるを診てくれた獣医師に電話で助言を乞うことにした
夫が架電してくれた

結果
1.はできない(死骸の食肉場持ち込みは不可)との返事

そして、死骸は業者が引き取りに来てくれるが、手配依頼するか?との提案

埋葬穴掘りの難しさを考えた
野生動物に荒らされるわけにはゆかないので、粘土層より深く掘らなくてはいけないだろう
身体の大きさを考えると、埋葬場所はやがて陥没の危険もある
うちに重機はない
手で掘れる?
一日でできる?
自信がなくなっていき
結局、手配をお願いした
現実的に考えるとそうなるよねと頭で理解して、言葉として口から発語した

ほどなくトラックが到着するとのことで
私はハサミでこまるの毛刈りをはじめた

と、
毛刈り最中に業者さんが到着してしまう
こんにちは、あ、ありがとうございます!
とまずお礼を言われる
??どうしてだろう

聞くと
処理時に機械に毛が挟まるので、大口農家さんにはやんわり毛刈りをお願いする 無理にお願いはできないが 本音はとても助かる、との旨だった

違うんです、私が羊毛を欲しいんです、あと5分ください、
と笑い、すこし雑談しながら作業を続ける
半身分だけなんとか
きれいに刈れた

身体とお別れだ

こまるを小屋の入り口まで移動する
1人で動かせる重さではないので
夫と子と3にんで、そっと
大きくて繊細な水の盆を引くようにそっと

そのあとは
業者さんが後足にロープをかけ引っ張り
段差のところは私が前足を持ち介助して
小屋の外へ

クレーンで持ち上がったこまるは、トラックの荷台へ運ばれた
荷台のアオリ板が外れたとき、合間から牛の身体がみえた

代金を業者さんに払おうとしたら、把握していたより安く、
ぴったりの現金がない

基本的に現金扱いはしない(契約農家さんとの取引は、月末締めの請求書払い)ので、業者さんはお釣りの持ち合わせがないとのこと
夫が家に戻り、あちこちから半端を集めてくれた
ぴったり額を支払う

業者さん、とても良いかただった

トラックが出た後、刈った毛をきれいで丈夫な袋に集めて
山羊の子たちを撫でて
家に戻り手を洗い
お昼の支度をした

--

その夕方
自分の髪を自分で切ってみた
ずっとやりたいと思いつつ未挑戦だったけど
こまるの毛を刈りながら、この要領で自分の髪でもきれいにできるかも!と思って

最初にバリカンを使ってみたけど
こまるの毛を刈ったようにはうまくできない
はさみでなら、なんとか…という手応え

結果、かなりアシンメトリーな仕上がりに 
4月の授業参観、この髪で行けるだろうか…
遠くから見る分にはまあだいじょうぶでしょう! 
それに何度かやったら上手になるだろう
すこし伸びたらまたやろう

--

私はこれからも動物たちと暮らすから
同じ場面にこれからも立ち会う

業者さん、とても感じがよく
働く横で涙ボタボタの私に対して
冷笑も寄り添いもせず
ただそのまま適当にいてくれて
システムのなかですれ違った他人に対して
それは得難い対応だと私は知っている
冷笑に寄りかからないことの得難さ
本当に有り難かった
きちんとした印象だった

でもやっぱりこれじゃ駄目だった
私個人はちいさなこまるを弔う過程をひとつ踏み外した
損なわれたまま進んでしまった

これが数日たってわかったこと

損なわれてできた穴は私のもの
文章にしておくことで
穴のかたちを書き留めておきます


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