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子ども脱被ばく裁判、控訴審のポイント

「子ども脱被ばく裁判」の控訴審が10月22日、仙台高裁で始まりました。
控訴審第1回期日の報告は、子ども脱被ばく裁判のブログ参照)
そこで、第一審でどのような判決が出たのかを振り返りつつ、控訴審のポイントを井戸謙一弁護団長のお話に基づいて、まとめておきたいと思います。

※この記事は「いずみニュースレター」への寄稿を編集して転載しました。

■被ばくのリスクを正面から問う
 今年3月1日に福島地方裁判所(裁判長:遠藤東路)で〝不当判決〟が下った「子ども脱被ばく裁判」は、被ばくのリスクを正面から問う数少ない貴重な裁判です。
 原発事故当時、福島県に居住していた親子158名が「国や福島県の不作為で無用な被ばくをさせられ精神的苦痛を被った」として精神的賠償を求める「国家賠償訴訟」(親子裁判)と、安全な環境で教育を受けることを求める「行政訴訟」(子ども人権裁判)のふたつからなっています。 
 福島第一原発事故後、国や福島県はSPEEDIによる計算結果をすみやかに公表しないばかりか、子どもたちに安定ヨウ素剤を配布せず、そのうえ、民間団体である放射線防護委員会(以下ICRP)の勧告に従って、福島県にだけ通常より20倍も高い「年間被ばく20mSv(ミリシーベルト)」を強要してきました。放射線に対して感受性の高い子どもにまで、これを適用し早々に学校を再開してしまったのです。

■10万人に7000人のがん死を受け入れるのか
 
 学校で子どもたちが安全に過ごすための化学物質の基準値は、文科省の「学校環境衛生基準」によって定められており、この基準は、環境基本法によって国が定めることが義務付けられている「環境基準」におおむね則っています。
 しかし、原発事故が起きることは想定していなかったので、福島第一原発事故前、放射性物質については環境基本法の規制対象外とされ「環境基準」も「学校環境衛生基準」も定められていませんでした。
原発事故後、放射性物質も環境基本法の規制対象に加えられましたが、いまだ国は「環境基準」を定めていません。

 もともと、放射性物質のように〝しきい値〟がない毒物に関しては、生涯その毒物に暴露した場合の健康被害が「10万人に一人」に抑えられるよう環境基準が定められています。ところが、現在福島県に強要されている年間20mSvの環境下で生涯生活した場合、ICRPの計算によっても、なんと10万人に7000人もが、がん死する計算になるのです。

2021.8.21 脱被ばく裁判控訴審学のコピー

(井戸弁護士の資料より)

 原告らは一審で、「放射性物質について学校環境衛生基準が定められていないのはおかしい」「10万人に7000人もががん死する20mSv基準は不当だ」と訴えましたが、判決は、「放射性物質に関する法令がないため、安全基準は教育委員会の裁量に委ねられている」「学校はICRPの勧告に従っているのだから裁量権を逸脱しているとはいえない」と、安全な場所で教育を受けたいという原告らの訴えを退けたのです。

■不溶性放射性セシウムのリスクを過小評価
 もうひとつは、「不溶性放射性セシウム」の問題です。
これまで放射性セシウムは水に溶けやすいので、体内に入っても体液や血液に溶けて大人なら40〜50日の半減期で排出されるとされていました。
 しかし、福島第一原発事故で放出されたセシウムは〝不溶性〟が多いことが足立光司氏(気象庁気象研究所)や宇都宮聡氏(九州大学)などの研究からわかっています。
 この不溶性放射性セシウムを体内に取り込んだ場合、「数十年留まることが予想される」とされています。それだけ長く体内で放射線を発し続ける可能性があるということなのです。
 一審では、原告側の証人として立った河野益近氏(元京都大学技官)が、原告の子どもらが通う学校周辺の道路沿いに堆積している土壌を調査したところ、放射性セシウムの約98%以上が〝不溶性〟だったと証言しました。
  ところが判決では、「今後も健康影響のリスクを十分に解明する必要がある」とは認めたものの、「科学的に解明されているとは言えない」「ICRPはリスクに余裕を持たせて基準を採用している」などとして軽視しました。

■山下氏の責任はスルー
 そのほか、事故後に福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーに就任していた山下俊一氏のいわゆる「ニコニコ発言」や「年間100mSvまでは大丈夫」などと虚偽発言をくり返していた問題については、「一部の発言は訂正している」「科学的知見を平易に説明した」などとして山下氏の主張を追認しています。
 さらに看過できないのは、安定ヨウ素剤の投与指標についてです。山下氏は原発事故前、ヨウ素剤検討委員会の座長として、投与指標の変更を検討していました。WHOが18歳までの小児に対しては「甲状腺等価線量100mSv」から「10mSv」に投与指標を下げることがのぞましい、とガイドラインを変更したからです。
 ところが山下氏は、子どもの副作用は報告されていないにもかかわらず、「ポーランドでは大人に副作用が多い」ことを理由にヨウ素剤の投与指標を100mSvのまま据え置いたのです。
 結果的に、福島第一原発事故時に安定ヨウ素剤は配布されず、福島県民健康調査では甲状腺がんの子どもが増加しています。しかし、これらついても一審判決は明確な判断を避けているのです。

■控訴審でのポイント
 控訴審では、こうした数々の問題を追及していくことになります。
8月21日に開かれた「控訴審に向けての学習会」で原告団長の井戸謙一弁護士が示されたポイントをもとに下記にまとめてみます。

〜知る権利を追及〜
福島第一原発事故の際、国や県はSPEEDIの情報を隠蔽するなど、市民が自分や家族を守るための情報を開示しませんでした。しかし、市民が自らの判断で生命を守るためには、必要な情報を正確かつ迅速に知ることが必要で、このいわば「被災者の知る権利」は憲法25条の「生存権」の一内容として保障されていると考えます。災害対策基本法にも「被災者による主体的な取り組みを疎外することのないように」と記されていますので、この点について追及します。

〜いまだ決まらない学校環境衛生基準〜
 前述したように「学校環境衛生基準」では、いまだ放射性物質の基準が決まっていません。放射性物質も他の毒物と同様に「10万人に1人」までリスクが抑えられるようにするためには、生涯に浴びる線量を「0.2mSv」に抑えねばならないことが、弁護団の試算で明らかになっています。これを年間の放射線量に換算すると、「2,85μSv(マイクロシーベルト)」という小ささになります。いつまでも放射性物質だけ特別扱いを続けるわけにはいかない。この点は、控訴審の大きなポイントのひとつとなります。

〜条約を遵守せよ〜
 
 現時点において、国内法で環境中の放射性物質を規制する法律がないなら、「準ずるもの」を参考にして決定すべきです。
そのひとつに「国際人権法」があります。日本は、「社会権規約」や「子どもの権利条約」を批准しています。国内法における効力は、「憲法>条約>法律>政令」ですので、条約に違反する法律や政令は無効です。社会権規約では、「後退的措置」が禁止されていますが、1mSv基準を20mSv基準に引き上げることは後退的措置に当たります。子どもの権利条約は、子どもに「到達可能な最高水準の健康を享受する権利」を保障しています。原発事故後、日本政府は国連人権理事会の審査において、「自主避難者へ支援の提供をせよ」(オーストリア)「年間1 mSv以下に戻すべき」(ドイツ)などと各国から勧告を受け、これを受け入れる旨を表明していながら無視を続けています。
これらの日本政府による国際法違反を追求します。

〜子どもにどれだけの被ばくを強要するのか〜
 こうした点を論ずる前提条件として忘れてはいけないのが、「子どもは大人に比べて放射線に対する感受性が強い」ということ。さらに、その感受性にも「個人差がある」ということです。
ICRPが勧告する「年間20 mSv」基準は、大人の男性を想定して当てはめた数値であり、それをそのまま子どもにまで強要することは、大きな問題なのです。
 さらに、事故後に測定した子どもの甲状腺簡易測定結果について、一審では「甲状腺等価線量が50 mSvを超える者はいなかった」として、事故の影響を過小評価しています。
しかし、そもそも測定人数が、わずか1080人であったこと。その測定方法もバックグラウンドの引き方に不備があり、実際の線量よりかなり過小評価されていることも忘れてはなりません。
 控訴審ではこうした点を中心に争っていくことになります。みなさん、ぜひ注目してください。
 次回の期日は2022年2月14日です。

参考資料:「道しるべ」(第16号)、井戸謙一弁護士講演「控訴審に向けての学習会」(8月21日開催)



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