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【試し読み】清田隆之(桃山商事)『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』 まえがき

はじめに──男たちの「失敗学」とは何か

 突然ですが、恋人や同僚から「鼻毛が出てるよ」と指摘されたら、みなさんはどう反応するでしょうか?

(1)「いや、出てないから」と強硬な態度で否認する
(2)「あえて出してる」と屁理屈を言って突っ張る
(3)「お前もこないだ出てたし」と謎の反撃を試みる
(4)「マジで?」と指摘を受け入れ、鏡をチェックする


 この4つは、実際に私が遭遇したことのある、男性たちからの代表的なリアクションです。心当たりはありましたでしょうか。それとも、また違った反応を示したりするのでしょうか。いずれにせよ(1)〜(3)みたいな反応はちょっと嫌ですよね(おもしろいときもありますが……)。個人的には(4)のように、たとえ鼻毛が出ていても、相手の話を素直に聞き入れ、自分を省みることのできる人がカッコいいなって思います。

 冒頭から品のない話をしてすみません。私は“恋バナ収集”という、ちょっと変わった活動を行うユニット「桃山商事」の代表を務める清田と申します。桃山商事は私が大学生のときに始まった活動で、これまで約1200人の失恋話や恋愛相談に耳を傾けてきました。そして、そこから見える恋愛とジェンダーの問題をコラムやラジオで発信しています。

 本書は、女性たちから聞いてきた「男に対する不満や疑問」の数々を紹介しながら、我々男性が抱える問題点について考えていくというものです。主に男性読者へ向け、「自分の内面を見つめ、“心の身だしなみチェック”ができるメンズを一緒に目指しませんか?」という視点で書かれていますが、女性読者にも、男性の心理や思考回路を理解するための本として役立ててもらえると思っています。

 桃山商事で話を聞かせてもらうのは、圧倒的に女性が多数です。そしてその話の中には、さまざまな男性たちが登場します。夫や恋人、男友達や同僚、会社の上司、仕事相手、元カレ、セフレに不倫相手、合コンやマッチングアプリで知り合った男性、父親や兄弟まで……女性たちはプライベートや仕事の場面で出くわす男性たちとの関係に困惑し、不満や疑問を募らせています。悩み相談がメインなので、耳にするエピソードがどうしてもネガティブなものに偏りがちという構造はあるにせよ、こういった話を浴びるように聞く内に、私の中には「俺たち男はもっと自分を省みたほうがいいのではないか……」という思いが芽生えるようになりました。

 では、その不満や疑問とは一体どんなものなのか。いくつか事例を紹介します。

結婚式の準備を丸投げしてきた夫にムカついた
職場の男性を褒めたら好意があると勘違いされた
夫に愚痴ったら話も聞かず解決策を提案してきた
会社の先輩がSNSで差別的な発言をしていた
仕事で昇進したら同期の男性たちに嫉妬された
上司は間違いを指摘するとすぐに機嫌を損ねる
備品を戻さない職場の男性たちにイライラする
夫は帰宅時間の連絡をせず、いつも急に帰ってくるから困る
体調が悪くなっても彼氏や父親は病院に行きたがらない
カレーや牛丼など彼氏は同じものばかり食べている


 さて、いかがでしょうか。男性にとっては耳の痛い話ばかりかもしれませんが……これらはすべて、恋愛相談の現場で耳にした女性たちの生の声です。

 私の手元にはこれまで見聞きした事例をアーカイブしたメモがあるのですが、失恋、婚活、職場恋愛、夫婦生活、セックス、片想い、不倫、失言、マッチングアプリなどさまざまなジャンルがある中で、「男に対する不満や疑問」というテーマに絞ったもので約800のエピソードがあります。中にはまったく別の人から聞いたエピソードなのに、内容が驚くほど似通っているものも少なくありません。本書では、そんな“やたら出てくる男たちの姿”を20のテーマに分類し、それぞれの問題点や対策について考えていきます。

 桃山商事がメディアで取材を受けるとき、「これまで聞いた話の中で一番すごかった相談ってなんですか?」という質問をよくされます。それは驚がくのエピソード、耳を疑うようなエピソードを期待されてのことだと思いますが、我々が見聞きするのは、先に挙げたような極めて日常的で、誰の身にも起きそうな内容の話がほとんどです。

 とはいえ、これらが“取るに足らない”話というわけでは決してありません。恋人でも夫婦でも、あるいは友達でも同僚でも、こういった些細な不満や疑問が少しずつ蓄積していくと、それはやがて絶望へと至ります。「コップの水があふれる」というたとえがありますが、まさにあのような感じで臨界点に達し、別れや離婚、LINEのブロックや心のシャットダウンという形で表面化します。そういった経験をしたことのある男性も多いのではないでしょうか(私もあります……)。たとえ表面化していなくても、「こいつ無理かも」「この人には話が通じないかも」という小さな絶望感を抱かれている可能性だって少なくありません。そう考えると、ちょっと恐ろしいですよね。

 本書で紹介する事例に登場するのは、ごくごく一般的な男性たちです。それはつまり、私やあなたの姿とも言えます。例えば先のエピソードを見て、みなさんにも当てはまる要素はあったでしょうか。私は思い当たる節がありすぎてお腹が痛くなっています。

 もちろん、悪気がない場合も多いだろうし、中にはよかれと思ってやっているケースだってあると思います。また、これらは男性に限ったものではないはずだし、「男をひと括りにするな!」という声も聞こえてきそうです。しかし、女性たちから聞くエピソードの中には、このような男性たちがくり返し登場するのもまた事実です。本書では女性の目に映る男たちの姿を“鏡”と捉え、鼻毛や寝癖のチェックをするように、心の身だしなみチェックを推奨していきます。それが副題に「失敗学」とつけた理由です。

 少し大きな話になりますが、今の時代、我々男性は「ジェンダー観のアップデート」を強く求められているように感じます。女性蔑視の表現が見られるCMは瞬く間に炎上し、セクハラや性暴力によって地位や知名度のある人物が次々とそのポジションを失っています。もちろん、性差別やセクハラをバンバンくり返す前時代的な男性は今どき多数派ではないと思いますが、例えば共働きで、条件的には対等なはずなのに、どこかに「家事育児は女の仕事」という意識が根深くインストールされていて、コミット不足でパートナーを苛立たせている男性は少なくないでしょう。また、何がセクハラに抵触するかわからず、女性とのコミュニケーションに怯えを感じている男性も多いはずです。

 何かと「男女」の二元論で分けすぎるのもどうかと思いますし、男性だけが悪者というわけでもありません。しかし、「男だから」という謎の理由で免責されていることはたくさんあるだろうし、無自覚で鈍感な男性に対し、嘆きや怒り、絶望や諦めを感じている女性たちは確実に増えていると、私には思えて仕方ありません。

 鼻毛が出てるよと指摘されるのは確かに恥ずかしいし、プライドも傷つくでしょう。しかし、事実から目をそらし、否認や屁理屈や反撃をくり出してしまうようだと、その先に待っているのは絶望の道かもしれません。そうならないためにも、勇気を持って鏡をのぞき、見直すべきものがあればそのつどアンインストールしていく──。そんなトレーニングに、ぜひ男性のみなさんと一緒に取り組んでいけたらと思っています。各章の最後には、さまざまな角度から「男らしさ」の研究を進められている先生に教えを乞う対談も収録されていますので、こちらもぜひ参考にしていただけたらうれしいです。

 そして女性のみなさんにとっては、本書が男性たちに抱いている違和感の輪郭を浮き彫りにし、身近な男性とコミュニケーションする際の手助けになればと願ってやみません。

イラスト:死後くん

2019年7月11日に晶文社より発売!
『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』