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Liar kiss*永遠の片想い*(第十話)
第九話はこちら。
10.交わらない二人
「もう、蓮佑さんが美紀ちゃんの彼氏だったなんて、知らなかったわ。美紀ちゃんってば、全然話してくれないからびっくりしちゃった」
楽しそうに、小野さんの運転する助手席から後ろを振り返る亜弥さん。
「いや、この間亜弥ちゃんが達矢と店に来てくれたときは、まだそういう関係じゃなかったんだよな、美紀?」
蓮佑さんが、私の手を握りしめながら、同意を求める。
八人乗りの車内。
二列めのシートの真ん中には蓮佑さん、左に私、右にはたっちゃんが座っていた。
「ちっ、今日は俺の誕生日だっていうのに……」
おもしろくなさそうに、ハンドルを握る小野さんが呟くと、助手席の亜弥さんが元気づけるように小野さんの肩を叩く。
「せっかくみんな小野くんの誕生日お祝いしようと集まってくれたのに、なーに、ぶすっとしてるのよ!」
「ぶすっとしたくもなるだろー? 亜弥ちゃんと達矢も、もう付き合ってんだろ? 俺だけ邪魔者じゃんかー!」
ため息を吐きながら、チラッと亜弥さんを見た小野さん。
……え?
たっちゃんと亜弥さん、付き合ってるの?
「……ち、違うわよ、まだ私たちはそんなんじゃないから。ね、達矢くん?」
“まだ”という言葉が、耳にひっかかる。
亜弥さんに同意を求められたたっちゃんだったけれど、頷いたのかどうか、その横顔まで見ることはできなかった。
「美紀ちゃんでも亜弥ちゃんでも、誰か友達いないの? このまま出かけても、俺ってかわいそうじゃない?」
「あら、小野くん、私と美紀ちゃんだけじゃ、不満なわけ? それに、てっきり美紀ちゃん一筋だと思っていたのに」
からかうように亜弥さんが小突くと、小野さんが頬をプーッと膨らませるのが見えた。
「俺だって、美紀ちゃん一筋だけど……。さっきからずっと、手、繋ぎっぱなしだし。ラブラブな二人の邪魔するほど、悪趣味じゃないって、な? 達矢?」
「……ん、あぁ、そうだな」
興味なさそうに窓の外を眺めていたたっちゃんが相槌を打ったかと思うと、
「美紀、そういえば皆実ちゃんは?」
突然私の方に身を乗りだしてきた。
「え? 皆実?」
「そう、この近くじゃなかったか?」
たっちゃんの言う通り、確かにここから二つ先の信号を越えると皆実のマンションだ。
「それって、美紀ちゃんの友達?」
信号待ちで停まった小野さんが、目を輝かせて私とたっちゃんのことを交互に見つめる。
「うん、高校時代からの親友で……」
「そうなの? 彼氏は?」
古賀さんのことを知っているたっちゃんや蓮佑さんに、真実を言えるわけもない。
「いないと、思うけど……」
「じゃあ、誘ってみれば? 皆実ちゃんって、確か唯ちゃんと一緒に、何度かバスケ見にきていた子だろ? どうせ出かけるなら、大勢の方が楽しいし」
「……うん、わかった」
蓮佑さんと繋いでいた手を離して、バッグの中からスマホを取り出すと、皆実のメモリーを呼び出した。
◇◇◇◇◇
「……ごめんね、嫌だったら断ってくれてもよかったのに」
みんなを小野さんの車の中で待たせて、迎えにきた皆実の部屋。
まさか古賀さんが泊まってただなんて知らなかったから、小声で皆実に囁く。
「別に気にしなくていいのよ。古賀さんだって、もう帰るところだったし」
そう言って、皆実は古賀さんを一瞥した。
「……じゃ、また来るから」
私が二人の関係を知っていたことで、戸惑いを隠せない様子だった古賀さんは、私の方を見ようとはせずに、皆実の部屋を出て行った。
「……本当に、よかったの?」
「もう! だから美紀は気にしなくてよかったのよ。彼が帰った後の部屋で、一人過ごさなきゃいけない方がよっぽど苦痛なのよ。それに……」
「ん?」
「……わかってるのよ、傷が大きくならないうちに、ちゃんと古賀さんとは決着をつけなくちゃいけないって」
淋しそうに笑う皆実に、それ以上なんて声をかければいいのかわからなかった。
「ほら、美紀がなんて顔してんのよ、行こう?」
いつも以上に明るく振る舞う皆実に背中を押されて、皆実の部屋を出る。
思わぬ古賀さんの登場で、蓮佑さんとのことを言えないまま、マンションの前で待っていた車に案内すると、我れ先にと、小野さんが運転席から飛び下りてきた。
「はじめまして。小野真一です」
「……川崎(かわさき)皆実です」
「もう、皆実ちゃん、めっちゃ俺好み!」
小野さんは、皆実に抱き着くんじゃないかと思うほど、歓迎の意を込めて、皆実の手を両手で包み込んだ。
小野さんの軽さとテンションに、一瞬戸惑った様子の皆実だったけれど、そのまま小野さんに手を握られ、助手席へと案内される。
「ほら、亜弥ちゃんはさっさと下りて。どうせ達矢の隣がいいんだろ? ここは今から皆実ちゃんの特等席です」
「もう、小野くんってば、乗り換え早すぎなんだから!」
それでも、亜弥さんは嬉しそうに助手席を下りる。
「達矢くん、私たち、一番後ろに行こうよ」
助手席に乗り込んだ皆実は、亜弥さんに誘われて一番後ろに乗ったたっちゃんを見て、一体どうなってるの? と言いたげに、視線で訴えかけてくる。
みんなが車に乗り込むと、最後になった私は蓮佑さんの隣に腰を下ろした。
「……皆実、あのね、こちら、平原(ひらはら)蓮佑さん。何度か、体育館で会ったことあるでしょう?」
「あぁ、あの体育館で、」
「こんにちは、皆実ちゃん。俺と美紀、今付き合ってるんだ」
蓮佑さんは、私の手を取ると、みんなに見せつけるかのように繋いだ手を高くあげる。
「……へぇ、そうなんだ」
皆実は何か言いたげに私を見つめたけれど、結局何も言ってこなかった。
◇◇◇◇◇
休日とだけあって、人出の多い遊園地。
人気のアトラクションは、すでに長蛇の列になっていた。
「まず、何に乗る?」
「……そうだな、」
亜弥さんに話し掛けられたたっちゃんが、ぐるっと周囲を見渡す。
「……どうせ並ぶなら、アレにするか?」
楽しそうに指差す方には、この遊園地で、一番人気のジェットコースターがあった。
「おっ、いいねー。やっぱ、絶叫系だよな」
小野さんも好きなのか、嬉しそうに反応する。
「あれ、達矢くん、ジェットコースターって、ダメじゃなかったの?」
皆実が口を開くと、亜弥さんがチラッとたっちゃんの方を見た。
「いや、あのときまではダメだったけどね。
美紀に鍛えられたから」
「……ちょっ、たっちゃんたら、何言ってんのよ。人聞き悪いじゃない。私は、別に……」
「いや、あれがなかったら、俺いまだにきっと乗れないと思うし」
たっちゃんが笑顔で答えると、横で亜弥さんが複雑そうな顔をしているのがわかる。
過去の話とはいえ、自分の知らないことで盛り上がってしまうのは、話に入ってこれなくて、おもしろいはずがない。
「……じゃ、みんな乗れるんだな? 行こうか?」
そんな様子に気づいたのか、蓮佑さんがそう言うと、まずは小野さんと皆実が、その後をたっちゃんと亜弥さんが続いた。
「……私たちも、行こうか?」
蓮佑さんを見上げると、複雑そうな表情のまま、前を歩くみんなを見ている。
「蓮佑さん?」
「ごめん、ごめん。らしくないよな、俺」
「……え?」
「美紀のこと、アイツを好きなまま、受け止めてやるつもりだったのに」
蓮佑さんは、私の頬にそっと唇を寄せてきた。
「蓮佑さん」
淋しげな表情に、ギュッと心がしめつけられる。
私は、蓮佑さんにこんな表情(かお)をさせるために、付き合っているんじゃない。
「……行こう、蓮佑さん」
さっきまでは、蓮佑さんに求められるまま、繋いでいた手と手。
今度は私から差し出した。
「美紀、無理しなくても、」
「……無理なんてしてないよ? ほら、早く!」
強引に蓮佑さんの手を取って、みんなの元へ走り出す。
決めたんだ、私は。
もう誰のことも、苦しめたくはない。
先に亜弥さんとたっちゃんのことを抜かすと、すぐに皆実と小野さんのことも抜かして、目的の列の最後尾に並ぶ。
「……美紀、」
抱き寄せられた蓮佑さんの腕の中。
肩越しにたっちゃんの姿が目に留まった。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動がうるさくなっていく。
「……蓮佑さん、みんな見てるから、」
「見せつけたいんだよ。美紀は俺の彼女だって」
すぐに解放してくれた蓮佑さんだったけれど、二人の中には重い空気が流れた。
◇◇◇◇◇
「もう、美紀ちゃんってば、蓮佑さんとラブラブね」
ランチタイム後の化粧室。
軽くメイクを直しながら、亜弥さんがからかってきた。
「……そんなことないってば!」
「私も、そんなことないと思う。今日の美紀、見ていて痛々しい」
口紅を塗り終えた皆実は、呆れたように口を開く。
「……皆実、そんなこともないし。私は蓮佑さんと、」
「また、嘘を吐くつもり?」
冷たい皆実の物言いに、さすがの亜弥さんもオロオロとし始めた。
「……二人とも、落ち着いて?」
「亜弥さんは黙っててくれる? 今は美紀と話してるんだから」
皆実が亜弥さんを睨みつけると、亜弥さんはいたたまれなくなって、先に出て行ってしまった。
そんな亜弥さんの後ろ姿を見ながら、皆実が悲しそうに私を見据える。
「美紀は、また同じことを繰り返すの?」
「え?」
「亜弥さんと達矢くんのこと、応援できるの?」
「……それは、」
「苦しかったのは、美紀だけじゃないはずだよ?唯が、ずっとどんな気持ちでいたのか考えれば……唯が達矢くんのこと、諦められないのは、美紀がはっきりと意思表示しないからだよ?」
皆実の言葉が、ズシンと重くのしかかる。
私だって、何度この気持ちをぶちまけられたらって思っただろう。
「……言えないよ、やっぱり」
唯を裏切った後、はっきりと言われたんだから。
“美紀とはこれからも友達でいたいから。あのことは忘れてくれ”って……。
「……結局美紀は、誰のことも傷つけたくないとか言っちゃって、本当は自分が傷つきたくないだけなのよ」
「そんな……私は、」
「……美紀に、唯の気持ちなんて永遠にわからないよ!」
バッグの中に化粧ポーチを放り込んだ皆実は、私の方を振り向きもせず、先に出て行ってしまった。
その場にヘナヘナと座り込みたい気持ちを抑えて、鏡の前で無理矢理笑顔を作る。
その中の自分が、嫌でたまらなくて、逃げ出すようにみんなの元へと戻った。
私が戻ると、何が起こってたのか知らない男性陣が、次は何に乗ろうか話し出す。
「……観覧車に乗りたい」
蓮佑さんに言うと、すぐ近くにいたたっちゃんの視線を痛いほど感じた。
「いいねー、観覧車! 行こう、皆実ちゃん」
「……あ、うん」
乗り気の小野さんが、嬉しそうに皆実の腕を引っ張って歩き出す。
「私たちも行こう?」
「うん、行こうか」
蓮佑さんの手を取ると、応えるように強く握りしめてくれた。
こんな私でも、いいと言ってくれるのは、きっと世界中を探しても蓮佑さん以外いないかもしれない。
だったら……。
たっちゃんの言う通り、この繋いだ手を大切にしなくちゃいけないんだ。
私たちの後ろから、楽しそうな亜弥さんの声が聞こえてくる。
ねぇ、たっちゃん。
あの時のこと、覚えてる?
もう、忘れた?
ちょうどまだ昼時のせいか、観覧車前は混み合っていなくて、二人ずつ乗れそうだった。
一番最初に、皆実と小野さんが乗ると、次の観覧車に蓮佑さんが乗り込む。
続いて乗り込もうとしたとき、何かを予感するかのように切れたネックレスのチェーン。
急いで拾おうとすると、
「早く乗っちゃって下さい!」
係員の声が聞こえてきて、私ではなく、亜弥さんが乗せられてしまった。
「……え、ちょっ、」
すぐに閉じられてしまった観覧車は、無情にも動いていく。
「美紀、乗ろう」
「え……?」
私の手を取ったたっちゃんと、一緒に次の観覧車の中に乗り込んだ。
すぐに閉じられた扉。
急に二人きりになった空間に、ただ緊張が走る。
ゆっくりと上昇を始める観覧車。
たっちゃんの反対側に腰を下ろした。
「……蓮佑さんと、付き合うことにしたんだ?」
「うん……」
ポーカーフェースのたっちゃんが、何を考えてるかわからない。
「……まさか、美紀と蓮佑さんが付き合うとは思わなかったよ」
そのまま窓の外を覗いたたっちゃんに、なんて声をかければいいのかわからなかった。
順調に、上昇を続ける観覧車。
てっぺんまで、もう少し……。
あの時と、同じことが起きるわけないじゃない。
思い浮かんだ光景を、静かに頭から振り払う。
それなのに、突然、ガタンと大きく揺れた観覧車は、あの時と同じように、てっぺんで止まってしまった。
「美紀、大丈夫か?」
気づけば、立ち上がって私の隣まで移動してきてくれたたっちゃんに抱きしめられる。
少し震え出していた身体は、たっちゃんの温もりで落ち着き始めた。
“ただいま、点検作業を実施しております。安全には問題ございませんので、もうしばらく、お待ち下さいませ”
機械的なアナウンスが流れてくる。
ちょうどてっぺんにたどり着いた私たちの箱からは、郊外に広がる綺麗な景色が一望できた。
「……たっちゃん、もう大丈夫だよ。私だって、たっちゃんに鍛えられたんだよ?」
「そうか? 無理してない?」
小さく頷いて、景色を見下ろす。
高校の頃、遠足で同じグループになった私たち。
強引にジェットコースターに乗せた後、たっちゃんの希望で、最後に乗った観覧車。
高所が苦手だなんて言い出せなくて、必死で平静を装っていたけれど、今回のように突然止まってしまって。
ガタガタ震え出した身体を、抱きしめてくれたたっちゃん。
その温もりが、すごく温かくて、安心できたっけ……。
たっちゃんの優しい温度は、今だって変わらない。
その熱に包み込まれれば、ただ愛しい気持ちだけが溢れ出していく。
「……たっちゃん、私、」
「ん? どうかした? 怖いのか?」
優しく見つめられると、それ以上困らせたくなくて、“好き”の一言を呑み込んでしまった。
すぐに動き出した観覧車。
地上に着く直前まで、私の手を黙って握っていてくれたたっちゃんの手。
今離したら、もう二度と繋げないかもしれない。
降り口が近づいてくると、亜弥さんと蓮佑さんが降りるのが見えた。
二人には見つからないように、離された手。
「……たっちゃんが、好きなの」
やっと唇から飛び出した言葉は、扉が開いたのと同時だった。
「早く降りるぞ、美紀」
絶対聞こえていたはずなのに、先に降りたたっちゃんはそう言うと亜弥さんと一緒に歩き出してしまう。
私も急いで降りると、さっきまでたっちゃんと繋いでいた手を、蓮佑さんに取られた。
第十一話に続く。
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。