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バニラアイスと満月に誘われて #月刊撚り糸 (2021.8.7)

いつもより、大きな満月だった。
穏やかな呼吸を繰り返す蓮は、上半身裸のまま、起きる気配など全くなかった。

程よく焼けた肌。鍛えている腹筋にそっと指を這わす。
ついさっきまで、この腕に抱きしめられていたんだ。思い出すだけで、身体がふたたび熱を思い出す。

「ねぇ、蓮ってば」

耳元で囁いても、蓮はうっすらと目を開けて、またすぐに目を閉じるだけ。
最近の蓮はいつもそうだ。
女の直感がピピピッと働く。
きっと、蓮介にはあの彼女以外に、また彼女ができたに違いない。
決して、私に会いに来てくれる回数が減ったわけでもないし、他のオンナの名前を間違って呼ばれるわけじゃないけれど、こういうときの私の勘はたいていよく当たるんだ。

「ねぇ、蓮ってば、もう一回しようよ」

蓮の唇に、自分の唇を重ねると、蓮は私の腰を抱き寄せた。

「真帆、バニラアイスが食べたい」
「え? 今?」
「うん、今食べたい」

子供のように無邪気な笑顔を向けてくる。
蓮がバニラアイスを食べたいなんて言ってきたのは初めてのことだった。
もちろん、冷凍庫にバニラアイスなんて、入っていない。
私はそろりとベッドから立ち上がると、脱ぎ捨てられていた下着を身につけた。

「真帆、こんな時間にどこ行くの?」
「ちょっとコンビニ行ってくる。バニラアイス食べたいんでしょ?」
「ダメだよ。女の子がこんな時間に外出なんてしたら。そんな色っぽい顔して、誰かを誘惑しに行くの?」

蓮は立ち上がると、そっと私にキスをしてくれる。そして、私をベッドに座らせると、自分が着替え始めた。

「蓮?」
「俺がコンビニ行ってくるから。真帆もバニラアイスでいい?」
「あ、うん」

蓮は、にっこり笑うと、もう一度私にキスをして、部屋を出ていってしまった。

蓮のいなくなった部屋は、急に空気が冷たくなったような気がした。
窓辺に立って、出て行く蓮の姿を見送ると、蓮は私の視線に気づいたのか、一度こちらを振り返った。
そして、大きく手を振ると、暗闇の向こうに歩いて行った。

一緒に行けばよかった。
満月を見ていると、なぜか胸騒ぎがする。

こんな真夜中に、私以外の誰かに会いに行くなんて、いくらなんでも、そんなことはしないだろう。
だけど、どうしてもそのざわざわする心を抑えきれなくて、私は蓮の後を追った。

一番近いコンビニでバニラアイスを買うなら、その角を曲がった先にある。
角を急いで曲がると、ちょうどコンビニの中に入っていく、蓮の後ろ姿をとらえた。

「蓮、」

声をかけたようとしたとき、蓮の後を追うように、コンビニの中に入っていった女性が、蓮の肩を叩きながら名前を呼んだ。
蓮は彼女に向かってなにか言うと、ふたりは仲良く店の奥へと進んでいった。

真夜中のコンビニで待ち合わせ?

これはただの偶然なんだろうか?
蓮は、私の部屋に来てから、一度もスマホには触れていない。起きたのだって、たまたま私が起こしたからだ。
いくらこの近くに住んでいたって、こんな真夜中に、呼び出されてすぐに来れる人もいないだろう。

女性の後ろ姿だけでは、はっきりしたことは言えないけれど、あの女性は私がマスタード色のマニキュアをプレゼントした人とは違うようだった。

だとしたら、誰?
新しくできた彼女なんだろうか?

コンビニに入って、確かめようか?
蓮はどんな顔をするだろう。
言い訳するんだろうか?
それとも開き直るんだろうか?

くるりとコンビニに背を向けた。
どっちの蓮も見たくはない。

きっと蓮は、バニラアイスを私とは食べない。
だけど私はまだ、この恋を終わりにもできない。


このシリーズは連作となっています。よろしければ上記マガジンよりお楽しみください。


2021.8.7

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#ちょっとコンビニ行ってくる #月刊撚り糸


いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。