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浮気者の彼

彼は、我が営業部のアイドル的存在。

私という存在がありながら、営業部の女子社員にもかなりの人気がある。

私と同じように彼を好きな桃香が、営業部にいるんだけれど、彼と一緒に、しかも二人きりで外出することもあって、そんなときの私は、彼が戻ってくるまで、気が気じゃない。

密室の空間で、変なことされてないかとか。
積極的な桃香なら、まっすぐ帰ってこないで、デート気分で寄り道してるんじゃないかとか。

とにかく、気が気じゃないんだ。

戻りが2時と書かれた、彼と桃香のホワイトボード。

予定時間は、とっくにオーバーした3時。
私は、いてもたってもいられなくて、事務所を飛び出すと、入り口のところでバッタリ桃香と出くわした。

「あれ、七海ちゃん、どこかいくの?」

きっと、彼との会話が盛り上がったんだろう。
やけに明るい表情の桃香。

「別に!」

ぷんぷんしながらも、できるだけ平静を装ってるつもり。

だけど、早く彼の顔が見たくて、小走りで廊下を駆け抜けた。

会社だというのに、早く彼と二人きりになりたくて、彼の顔を見るとすぐにバタンとドアを閉める。

彼のカラダに、微かに残る桃香の香り。
それが悔しくて、私はぎゅっと拳を作った。

「また桃香に誘われたの?」

彼は何も答えない。
でも、そこには桃香と食事をした証拠が残されていた。

こんなに彼のことを好きなのに。
私のときは、いつもお腹はあまり空いてないじゃない。

「イヤだよ。もう私以外の女性と、二人きりにならないで」

こんなことを懇願しても、無理なのは当然わかってる。
だって彼は、営業部の中で人気ナンバーワンなのだ。

しかも、女子社員だけでなく、男性からの人気も相当なもの。

何も言わない彼を、静かに抱きしめる。
いいもん。
彼とは明日、一泊二日で山梨まで出張だ。
ノーリターン。
邪魔者はいない。ずっと彼と一緒だ。

「明日は絶対あなたと行くんだから」

愛しい彼にそっと触れる。
そしてそっと彼の温もりを感じたくて、彼に抱きついた私は、自分の顔を埋めた。

「七海さん、またここにいたんですか? ほら、早くキー貸してください」

何も答える前に、私と彼を繋ぐキーが、あっさりと桃香に奪われる。

「ノーリターン。行ってきます」

桃香は私にそう言うと、みんなの愛する彼にエンジンをかけ、彼と一緒に走り去った。


fin



いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。