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内緒のアイラブユー(2/2)

第一話

「ね、瑛太なら、今同じ質問を海渡からされたら、なんて答える?」

煙を吐き出しながら、瑛太は顔をしかめた。

「『I LOVE YOU』って、『愛してる』以外にどう訳すの?」

それが海渡の、あの頃の質問だった。

海渡からそんなことを言われるなんて思ってもみなかった瑛太は、当然のことながら普通にしか答えることができなくて。
たかだか小学生の海渡に、追い出されたっけな、瑛太ってば。

「質問に答えない男に、姉ちゃんはやれない」って。

考え込む瑛太の背中越しに、すっかり暗くなってしまった空を見上げる。
洸なら、なんて答えるんだろう?

「……そうだな、今の俺なら、『愛してる』以外に伝えたい言葉があるかな」

そう言った瑛太に、一瞬だけキュンと胸が高まったのは、瑛太には秘密にしておこう。

ただ、私の質問にそれ以上答えようとはしなかった瑛太には、その言葉を伝えたいたった一人の大切な彼女がいるんだろうと思った。


◇◇◇◇◇


帰り道。
結局一度も鳴ることのなかったスマホを握りしめながら、私は自分だったら何て『I LOVE YOU』を訳すだろうかって考えながら歩いていた。

いつの間にか、言わなくなった『愛してる』の言葉。

真っ暗な空に浮かぶ、綺麗すぎる半月は、満たされない私の気持ちのようで、なんだかとても物悲しく感じる。

いつも隣にいることが当たり前で。
その存在に感謝する気持ちすら薄れていたのかもしれない。

私は、私なりの言葉で、洸に『I LOVE YOU』を伝えよう。
もう遅いかもしれないけど、これはお互いをかえりみることを怠った二人への罰。
責任は、二人にある。

家が近くなってきたところで、私は一度立ち止まって深呼吸をした。
大丈夫。
心に強く言い聞かせて、私は一歩を踏み出した。


◇◇◇◇◇


ドアを開けた途端、リビングからバタバタと足音がしてきて、血相を変えた洸が私をギュッと抱きしめた。

「あ、洸?」

込められた力は、容赦ない。

「よかった、戻ってこないかと思った」

安堵のため息とともに、洸の手が私の頬を包み込む。
少し寝癖のついた洸の髪の毛が、なぜかとても愛しく感じた。

「海渡くんから聞いてたから、美羽が海渡くんのマンションにいること。本当は早く迎えに行くべきだったんだけど、どうしても早く仕事片付けたかったから、迎えにいけなくてごめん」

私が一週間も家を出ても、それよりも仕事が大切なんだね。
洸の一言に、悪気がないとわかっていても、ズキンと胸が痛む。
いや、悪気がないのならば、もうジエンドなのかもしれない。

「洸はいつだって仕事が一番なんだね。仕事って言えば、私が何も言わずに許すとでも思った? 私がどうして家を出たか、本当の理由知ってる?」

わかってはもらえない気持ちが、我慢の限界を越えていた。
プツンと切れた糸は、もう戻せない。

「俺が浮気したと思って出ていったんだろ?」

さっきとは打って変わった冷静な口調の洸は、私から手を離すと、ポケットから小さな指輪を取り出した。

「浮気なんてしてねーよ。否定しなかったのは、明日までこの指輪のことを黙っておきたかったからだ。美羽が疑ってる彼女は、後輩の妹で、ジュエリーデザイナー。結婚一年めの記念日には、世界にたった一つしかないものをプレゼントしたかったから。美羽を迎えに行かないで、仕事を優先させたのは、明日の記念日を南の島で一緒に過ごしたかったからだよ」

もう一度抱きしめられて、そのままキスが一つ舞い降りてくる。
思ってもみなかった事実に、私の胸はキュンと音を奏でた。
涙が溢れて、止まらない。
胸がいっぱいになって、苦しくてそれなのに笑顔が出る。

「洸、ありがとう」
「ん? 二人の大切な記念日なんだから、それくらい当たり前だろ?」
「……うん、でもありがとう」

そう言って、私は洸の胸に顔を埋めた。
『愛してる』なんて言葉よりも、『ありがとう』と伝えたい。

それが私なりの、『I LOVE YOU』だ。

「そういえば海渡くんに聞かれたぞ? 義兄さんなら、『I LOVE YOU』を『愛してる』以外になんて訳すか、ってな」

苦笑いする洸に、私も思わず過去の瑛太とのやり取りを思い出して苦笑いを返す。
海渡ってば、相変わらずシスコンだ。

「で、洸はなんて答えたわけ?」

私を此処に追い返したということは、きっと海渡の満足するような答えだったんだろうか?

「いや……答えなかったよ。答えなかったと言うよりは、それは海渡くんにじゃなく、美羽にだけ伝えたいからって言った」

心なしか、洸の頬がいつもより朱く染まっている気がする。
普段は、甘い言葉なんて言ってくれることがなくなったから、余計に聞きたいと思う。

「いつも隣にいてくれて、ありがとう。これからも隣にいてほしいのは、美羽だけだから」

照れた顔を隠すように胸の中に抱きしめられて、私はその温もりの中で、確かに洸の『I LOVE YOU』を感じた。


fin


いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。