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内緒のアイラブユー(1/2)

「美羽、久しぶりじゃねーか?」

気分転換に出掛けた街中で、懐かしいハスキーボイスで名前を呼ばれる。
振り向くとそこに、昔と変わらない笑顔をした元カレが立っていた。

「瑛太、元気だった?」

瑛太は、高校時代の同級生で、私の初めてのオトコ。
結婚して地元を離れた私は、昔からの友達に偶然会う機会なんてめったになかったから、久しぶりの再会に心が弾んだ。

「久しぶりだな、元気だったか?」

瑛太はその大きなゴツい手で、昔のように私の頭を撫でると、大好きだった笑顔を見せてくれた。

「元気だよ。瑛太は?」

さっきまで沈んでいた気持ちは、小さな再会が吹っ飛ばしてくれる。

結婚して、一年。
本当ならば、まだイチャイチャしていたい新婚と呼べる時期にこんなにも憂鬱なのは、アイツのせいだ。

「美羽、この後時間あるなら、少し遊ばないか?」
「……本当?」

一瞬だけよぎる夫・洸の顔を打ち消して、私は昔のように、瑛太の腕を取った。

昔の友達と遊ぶだけ。
洸がしたことに比べたら、私のは浮気なんかじゃないんだから。

心の中で言い訳をして、私はポケットの中で指輪を外した。

青春時代の、一番いい時間を一緒に過ごした瑛太とは、話も尽きることはない。
駅前のファミレスで、コーヒーのおかわりをしながら、くだらない思い出話に花を咲かせる。

ファミレスを出たのは、もう夕方も押し迫った時刻。
スマホを確認しても、洸からの連絡はない。
本当にありえないんだから。

浮気まがいのことをして、私は一週間前に弟の海渡のマンションに転がりこんだ。
そして散々海渡に世話になって、今朝その海渡のマンションを追い出されたばかり。

海渡のマンションにいる間も、洸からの連絡は一つもなく、休日に外出をしたがらない洸が、今朝私が戻っても既にいなかった。

浮気相手と一緒なのだろうか?
よからぬことが頭をよぎる。

「美羽、どうした?」

瑛太が私の顔を心配そうに覗きこんだ。

あまりの近さと、いつの間にか大人びたその表情に、不覚にもドキンとさせられる。

洸がそういうつもりなら。

「瑛太、私、まだ帰りたくない」

私は瑛太の手を、ギュッと握りしめた。

「……美羽、意味わかって言ってんのか?」

その言葉の持つ"意味"くらい、私だってわかってる。
瑛太と付き合っていたころみたいに、もうお互いが子供ではない。

「わかってる。でも、今夜は一人になりたくないの」

瑛太の目を見て言うと、瑛太は私の手を引いて、どこかに向かって歩き始めた。

連れてこられたのは、そこからそんなに離れていないホテルだった。

「いいんだろ?」

そう言って、瑛太は私の肩をぐいっと抱き寄せる。
ビクンと肩が震えるのが、自分でもわかったけど、私は覚悟を決めて小さく頷いた。

「先にシャワー浴びてくれば?」

タバコに火をつけた瑛太は、煙を吐きだしながら言った。

瑛太ってば、タバコ吸うんだ。
初めて見るその姿に、いかに私が瑛太のことを知らないのか思い知らされる。

「瑛太、あの……」
「今さらお預けはやめろよな? ガキじゃねーんだし」

口角をあげて、ニヤリと笑う瑛太は、ゆっくりと私に近づいてきた。

狭まる距離と、煩いくらいの鼓動。
瑛太は余裕そうな表情で、私のコートに手をかける。

一つずつボタンを外されて、脱がされたコートがハラリと床の上に落ちた。

ゴクンと息を飲み込む。
いいじゃない。
洸だって、私を裏切ったんだから。
私だって。
見ず知らずの相手じゃない。
そのままベッドに押し倒されて、私は目を閉じた。

すぐそこに瑛太がいるのはわかっているのに、押し倒したまま、瑛太が私にそれ以上触れてくる様子はなかった。

掴まれていた肩も、すぐに解放されて、ギシッと鳴るベッドのスプリング音とともに、瑛太が私から離れベッドから下りたのがわかった。

「……瑛太?」

背を向ける瑛太に、声をかける。
瑛太は振り向くことなく、口を開いた。

「美羽はそんな女にはなるな。好きでもない男に抱かれるほど、悲しいことはない」
「私、瑛太のことは……」
「愛してる、とでも言うつもりか? 他の男を想いながら」

振り向いて、瑛太はベッドまで戻ってくると、私の隣に腰を下ろした。
手が触れ合いそうなくらいのわずかな距離なのに、すごく遠くに思えるのはどうしてだろう?

「結婚してんだろ? もっと自分を大事にしろよ」
「瑛太……」

瑛太の手が、私の肩を抱き寄せた瞬間、我慢していた涙がとめどなく溢れ始めた。

そのまま瑛太は、時折私の背中をポンポンと叩いて、黙って話を聞いてくれた。

結婚して、一年。
最近、セックスレスなことも。
洸が浮気をしているかもしれないことも。

「旦那にはちゃんと確かめたのかよ?」

私はフルフルと首を横に振って、この一週間海渡の部屋に転がりこみ、帰ってないことを話した。

「お前ら姉弟って、相変わらず仲良いんだな」

苦笑いする瑛太に、昔のことを思い出して、思わず笑みが零れる。

私から見ても、シスコンの海渡は、初めて瑛太を家に連れていった時、瑛太にとんでもないことを聞いたっけ。

「まだ小学生のガキに、あんなこと言われるなんて思ってもみなかったな」
「そうだね……」

瑛太は私から離れると、窓際に座ってタバコに火をつけた。

何もかも知っているはずだった私の初めての男は、いつの間にか私の知らない一面を持っていた。


(2/2)へ続く


2021.3.2

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。