優しい風に想い舞うキス

校庭の片隅にある桜の花びらが、ひらひらと舞っている。
優しい空に、それはまるで美しい雪のようだった。

グラウンドを見下ろすと、ユニフォーム姿の男子が数人目に留まる。
そのうちの1人、健太はすぐに私の視線に気づいたのか、ニカッと真っ白な歯を見せて笑うと、大きく手を振ってきた。

健太は、付き合い始めて1ヶ月の私の彼氏だ。
同じクラスになってすぐの頃から憧れてはいたけれど、健太の存在は恋愛感情というよりは、アイドルに憧れてるような、そんな気持ちの方が大きかった。

そんな健太が、まさか私に告白してくるなんて、一体誰が想像しただろうか。
クラスメートがほとんど残る教室の中で、軽く右手を出されて、「付き合って下さい」なんて言うもんだから、私だけでなくみんな驚いたはずだ。

健太はすごく優しい。
いつも私を気遣ってくれるし、エスコートしてくれる。
憧れの気持ちは、本当にすぐに恋に変わった。
健太のことが、好きで好きでたまらなくなった。
サッカーの試合で会えない日は、寂しくて仕方がなかった。
一瞬一瞬、恋心が募る。

健太に手を振り返すと、健太はみんなの元に小走りで戻り、サッカーの練習を始めた。

女の子は、想うより想われる方が幸せって、誰かが言ってたのを聞いたことある。
健太のことを好きになればなるほど、幸せな気持ち以上に、不安な気持ちが膨らんでいくのも事実だった。

なんで健太は、私のことを好きになったんだろう。
特に目立つわけでも、なにかを頑張ってるわけでもない私。
だから、最初は夢でも見てるんじゃないかと思ったほどだ。

しばらく教室の窓からグラウンドを見ていると、急に空がグレーに変わる。
そしてゴロゴロと不穏な音を立て始めた空からは、すぐに大きな雨粒が落ちてきた。

サッカー部のメンバーは、みんな急いで片付けを始める。
あっという間に強くなった雨。
教室の窓を閉めていると、健太がゴシゴシとタオルで濡れた髪の毛を拭きながら、教室の中に入ってきた。

「お疲れ様。もう今日は終わり?」

「うん、さすがに止みそうもないしな」

本当はもう少し練習したかった。
グラウンドを見つめる健太の表情が、そんな風に言っているように見える。

「ねぇ、健太」

「どうした?」

よく焼けた健太の右腕に触れる。
健太は私の手のひらに、自分の左手を重ねてきた。

「好き、なの」

「え?」

健太が真顔で私を見つめる。
まばたきをするのを忘れたのか、健太は固まったまま、微動だにしなかった。

私たちが付き合い始めて1ヶ月。
私は健太に一度も自分の気持ちを伝えてこなかった。
恥ずかしかったのはもちろんある。
健太がいつも「奈緒が好き」って嬉しそうに言ってくれるから、私からは言い出しにくかった。

「あ、何言ってんだろ、私」

変わらない表情の健太に、私の不安はさらに大きくなる。
もしかして健太の言う「好き」は、恋愛感情とは違うものだったのかもしれない。

無表情の健太から手を離そうとすると、その手は健太がしっかりと握りしめてきた。

「マジで!?」

いつの間か青空が戻ってくる。
そして、いつもより嬉しそうな、健太の笑顔も。
薄紅色の花びらも、グレーの空よりずっと青い空に優しく溶けている。

「俺、奈緒に好きって言ってもらえなくて、スッゲー不安だった。好きなのは俺だけなんじゃないかって。奈緒は無理して付き合ってくれてるんじゃないかって」

不安だったのが自分だけじゃないとわかると、心のモヤモヤが一気に晴れていく。

「奈緒、今日だけは立場逆転」

「え?」

意味がわからなくて、キョトンとしてると、健太は目を閉じ、自分の人差し指で自分の右頬を指差した。

すぐに、頬へのキスを求められているとわかり、一気に自分の体温が上昇していくのがわかる。
いつもは、「好き」の後に軽く頬にキスのプレゼントをくれる健太。
たまには私からのプレゼントがほしいってことなんだろう。

嬉しそうな健太の笑顔を思い出すだけで、胸がキュンとなる。
健太の腕に触れ、少し背伸びをして、そっと健太の耳元に唇を寄せる。

「健太、だーいすき」

そしてそっと健太の右頬に口づけると、健太にぎゅーっと抱きしめられた。

「やっべー。俺、幸せすぎる」

「ちょっ、健太ってば」

今度は私をお姫様抱っこして、クルクルと回り始める。

「ね、もう一回」

甘えるように見つめられて、さらに幸せが上昇する。

「今日だけだよ。特別なんだからね」

私がそう言うと、健太は嬉しそうに大きく頷いた。

「いいよ。いつもは俺がたっぷり奈緒を甘やかしてやる。だから今日だけ」

私はもう一度健太の頬に口づけた。

健太に手を引かれて、校庭まで駆け出す。
優しい風に吹かれた桜の花びらが、まるでフラワーシャワーのように私たちに舞い降りてきた。

fin


Kojiちゃんの名付け親企画に参加しています。

2020.4.5

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いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。