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歩色の温もり #幸せをテーマに書いてみよう

土曜日だというのに、いつもと同じ時間に鳴り響く目覚まし時計。

深まった秋。

まだ眠い目をこすりながら、目覚まし時計に手を伸ばして止めると、隣に眠るの翔の頬に、静かに指を這わせた。

そっか、昨日は泊まってくれたんだっけ。

幸せな気持ちに、自然と緩む顔。
久しぶりに触れた翔の温もり。
それは何年経っても、私にだけ居心地の良い優しい温度。

いつもなら、休日の朝くらいゆっくりと眠っていたいところだけれど、もう少しだけ、このまま翔の顔を眺めていたいな。

翔の腕の中に潜り込むと、その優しい匂いを身体全部で感じた。


◇◇◇

翔と出会ったのは、もう十年も前のこと。
高校時代、同じクラスになったのがきっかけだった。
夏休み明けの席替えで、前後の席になって、それから仲良くなったんだっけ。

懐かしい日々だというのに、想い出は全然色褪せることなく、今でも鮮明に覚えてる。

中間テストや期末テストでは、いつも二人放課後の教室に残って勉強してた。
しかも、翔の苦手な英語ばかり。
直訳が変で笑ったことも、懐かしい想い出だ。

赤点を取らずにいられたのは、いつも美那のおかげって、言ってくれたよね。

暗くなりかけた駅までの道のり。
自転車で通ってた翔と、電車で通ってた私が別れるのはいつも駅だった。

駅までの距離が短すぎて、電車なんて来なければいいのにと、何度切なくなっただろう。

駅の西口で、泣きそうになっていた私に、ふと足を止めた翔。
このエスカレーターに乗ったら、お別れは数分後。
明日会えるとわかってはいても、じんわり浮かぶ涙の存在を気づかれたくなくて、先に乗ろうと足を踏み出したら、翔が私の手を握ってくれた。


◇◇◇

「……起きた?お寝坊な美那ちゃん」

からかうような、悪戯っぽい翔の笑顔。
何年経っても、こんな風に寝起きに見せられると、胸がキュンとしてしまう。
いつだって、私の胸を焦がしてくれるのは、翔だからだって思う。

「……お寝坊じゃないもん」

ずっと翔に寝顔を見られていたことが悔しくて、翔に背中を向けて、もう一度布団の中に潜り込む。

「そんなに拗ねるなって。ほら、朝ごはんできてるから、早く起きてこい?」

私の背中を軽く叩いた翔は、ベッドから立ち上がるとキッチンへと行ってしまった。

そんな翔の背中を見送ると、私はそろそろとベッドから起き上がる。
カーテンを開けると、優しい秋の日差しが差し込んできた。
もう、朝と呼ぶにはだいぶ日が高くなっている。
大きく伸びをしてベッドを降りると、私はキッチンへと向かった。

「……やっと起きてきたな?」

色違いのマグカップに入ったコーヒーが、テーブルの上に置かれる。

翔専用のマグカップは薄い緑色。
私のは、同じ柄のオレンジ色。

就職して、お互い一人暮らしを始めたとき、翔が初めてのお給料で買ってくれたものだ。

テーブルの上の茶色い角砂糖を一つ入れると、翔はスプーンでくるくると掻き回す。

相変わらず、甘党の翔。
私は薄めのブラックコーヒーをそっとすすった。

「疲れてるみたいだけど、どこか出かけるか?」

「いいの?」

疲れてるのは翔だって一緒。
最近、大きな仕事を任されたとかで、いつだって午前様っぽいから。

「たまには、な。あまり美那をほっぽっとくと、後で何言われるかわからないし」

意地悪な笑顔を向けてくる。

「そんな酷いこと言ってる?」

ぷーっと膨れてみせると、翔の腕が伸びてきて私の頬に触れた。

「連れて行きたい場所があるんだ」

「どこ?」

「ナイショ」

「じゃ、付き合ってあげないわよ?」

「付き合わなかったら、一生後悔するぞ?」

「何よ、それ」

「いいから、美那は黙って俺について来いって」

まっすぐに見据えられて、素直に頷く。

“俺について来い”

なんだか、プロポーズみたい。

翔が、エスカレーターに乗ろうとしていた私の手を取って、告白してくれたのと同じ台詞だった。

「何にやけてんだ?ほら、早く食べて行くぞ!」

ほのかに、翔の頬が赤くなってるのがわかる。

翔も、あのときの告白を思い出して照れてるのかな?

ありきたりの毎日でも、翔が隣にいてくれるだけで幸せな気持ちでいっぱいになる。
きっと、翔とならずっと。

私、思うんだ。

幸せは、ありきたりすぎる日常の中に眠っていて、どんなに小さくたって、変わらず心を満たしてくれる。

翔がいる毎日が、私の小さな幸せ。
だから、何度生まれ変わっても、翔に巡り逢いたい。
そして、何度でも翔に恋をするんだ。

それが私の、守りたい幸せ。

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fin


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