Liar kiss*永遠の片想い*(第三話)
第二話はこちら。
3.秘密の関係
「珍しいわね、アポなしで突然美紀がくるなんて」
皮肉を言いながらも、皆実はドアを開けてくれた。
さっきコンビニで買ったばかりの、ワインとデザートを差し出す。
「ごめんね、突然。電話しようかと思ってるうちに、着いちゃった。大丈夫?」
念のため確認をすると、皆実は私からその袋を受け取った。
「……金曜日が大丈夫なことくらい、知ってるでしょう?」
淋しそうに笑う皆実。
部屋の中に入ると、私はいつもの定位置に腰をおろした。
「彼とはまだ、続いてるの?」
「うん……まぁ、ね」
歯切れ悪くごまかしながら、皆実は持ってきたグラスにワインを注ぐ。
かすかに甘い香り。
乾杯をすると口に含んだ。
「……それより、美紀はどうしたの? 何かなきゃ、アポなしでこないでしょう?」
さすが高校時代からの付き合いとだけあって、皆実をごまかせそうにはなかった。
「……会っちゃったんだ」
「それって、もしかして達矢くんに?」
誰に会ったのか、主語を言わなくてもわかってしまうのは、皆実もたっちゃんが私と同じ会社にいることを唯に聞かされていたのかもしれない。
黙って頷くと、皆実も私の隣に座ってソファーに寄り掛かった。
「……そっか、会っちゃったか」
「うん、会っちゃった」
高校を卒業してからも、ずっと心の奥底でたっちゃんへの想いが消えてなくなったことなんてなかったけれど。
最近は、ゆっくりと時間が癒してくれると信じて疑ってなかった。
「……どこで会ったの?」
「あぁ、会社の飲み会とね、それと……駅前の高校の体育館で」
「……体育館ってことは、もしかして唯にも会った?」
「うん、会った」
たっちゃんに再会したことよりも、気が重いのはきっと唯に再会してしまったから。
すべてを知っててくれる皆実が相手だけに、素直に頷けた。
「……唯、まだ好きみたいだよ? 達矢くんのこと」
「うん……そうみたいだね」
嬉しそうにたっちゃんと話す唯を、あれ以上見ていることができなくて、蓮佑さんにも何も言わず、逃げるように帰ってきた私。
体育館を出てから、電源を切りっぱなしのスマホ。
亜弥さんや凛子に説明しなきゃいけないのも面倒だったし。
蓮佑さんにもたっちゃんとのことだけは、踏み込まれたくなかった。
「……もしかして、皆実、知ってた?」
「ん? あぁ、美紀と達矢くんが同じ会社だってこと?」
「……そう」
「うん、知ってた。唯から聞かされてたから……」
「そっか……」
やっぱり、そうだよね。
知らなかったのは私だけか。
私の会社を知ってたからこそ、唯は何も言わなかったんだ。
私が、たっちゃんに誘われたからではなく、蓮佑さんに誘われてきたということを知ったときの唯の顔。
自分が犯してしまった罪が原因で、唯をどれだけ傷つけてしまったのか、わかっているつもりなだけに、複雑な気持ちになる。
「美紀、ごめんね……達矢くんの会社のこと、ずっと黙って」
皆実は、申し訳なさそうに謝った。
「……ううん、いいの。皆実は悪くないよ。私や唯のことを思ってのことだってわかってる。ただ、意外な場所でいきなり二度も会ったから、ちょっとびっくりしちゃったけど」
皆実に心配かけたくなくて、笑顔を取り繕う。
私なんかよりも、いつも私と唯の話を聞かされてきた皆実の方が、本当はずっと苦しいのかもしれない。
私がたっちゃんのことを好きにならなければ。
せめて、あのときに唯を裏切るようなことをしなければ。
過ぎ去った時間を今さら悔やんでもしょうがないけれど、私と唯と、二人の狭間でもう皆実を苦しめたくないと思った。
「……美紀、まだ達矢くんのこと、好き?」
改めて言葉にされて、言いようのない想いが溢れ出す。
例えばもう二度と会えなかったとしても、ずっと好きでいたいと思った。
誰を好きになっても、たっちゃん以上には好きになれないと思った。
「好きだけど……もう誰かを傷つけたくはないよ。唯のことも、」
もしも亜弥さんが本気なら、亜弥さんのことだって。
「……美紀は、それで幸せ? 本当は達矢くんのこと好きなのに、そんなふうに……また諦めるの?」
「諦めないよ。だって幸せだもん。たっちゃんを好きでいられるなら、どんなカタチだって。叶わなくたって、誰からも認めてもらえなくたって、」
「……そっか、そうかもしれないね。好きでいられるだけ、幸せなことなのかもしれない。でもね、美紀。私は認めるよ、美紀のそんな気持ち……」
少しだけ震えた皆実の声。
皆実の方こそ、大丈夫なんだろうか?
心配になる。
「……皆実?」
覗き込むと、皆実は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。
「……実はね、古賀(こが)さんとは、達矢くんたちがバスケしている体育館で知り合ったの」
「……え? だって、会社の取引先の人とかって言ってなかった?」
「ごめん……達矢くんたちが金曜日にあそこでバスケしてること、美紀には黙ってた方がいいと思って。だから、本当のこと、言えなかった」
あの場所に、古賀さんがいたんだ。
もちろん古賀さんの話は、皆実から一方的に聞いてるだけだから、顔もわからない。
「……だから、金曜日は会えないの?」
妻子のある古賀さん。
金曜日に会えないのは、てっきり家族のために過ごす夜だからだと思ってた。
「……最初はね、何回か行ってたの。堂々とは話せなくても、一目でも会いたかったから。でも……時々彼の奥さんが見に来るようになって。古賀さんが、もう、体育館には来ないでくれって……」
おもむろにスマホを取り出した皆実は、Twitterのアイコンをクリックすると私に見せてくれた。
「……なに、これ?」
「これ、さっき美紀が見てきた達矢くんたちのバスケチームのメンバーがやってるTwitterなの」
スクロールして下までゆっくりと行くと、今日の練習に参加できるかどうかの書き込みとかもあったりする。
そのうちのひとつを選んだ皆実。
「これ、達矢くんのツイート」
そのアイコンは、たっちゃんが高校時代に飼っていた、愛犬の写真だった。
ツイートそのものは、練習に参加することだったり、たまに近くの公園で自主練習してることだったりと、バスケに関することばかりだった。
本当にバスケが好きなんだな。
今日の同期での飲み会のことも、遅れるけど必ず練習には参加すると書き込みされている。
URLのようなものをクリックすると、満開の桜とバスケットゴールの写真が一枚、写し出された。
「……ここって、」
それは、私たちの通っていた高校の近くにある公園だった。
もともと、母校のすぐ近くに実家のあるたっちゃん。
高校時代から、時々ここで練習してることがあるって、言っていたっけ。
あの夜も、ここで抱きしめられて。
そして私たちは……。
桜なんて咲いてない季節だったけれど、そのたった一枚の写真で一気に引き戻される過去。
思い出して、苦しいくらいに胸がギュッとしめつけられる。
「……美紀、大丈夫?」
「あ、うん、ごめん。大丈夫だから」
「ね、美紀もフォローしてみたら?」
「……え? フォローって?」
「うん、このTwitter、メインで管理してるのは古賀さんなんだけど、フォロワーのほとんどがそこでバスケしてる人たちのファンだったりするのよ」
少しだけ画面が変わると、また違ったツイートが表示される。
その書き込みは女の子からのものが大半っぽかった。
「私、Twitterとかってよくわからなくて。皆実はやってるの?」
「……うん、古賀さんとの連絡手段なの。ダイレクトメッセージっていうのができて、それだと他の人の目にもつかないし、LINEだと奥さんに見つかる可能性もあるし」
練習風景の写真をアップしている人や、特定の人宛っぽいメッセージもある。
たっちゃん宛のもあったりするんだろうか。
メッセージを目で追ってみても、まだイマイチ理解できなかった。
「……これが、古賀さん。で、こっちが多分、達矢くんじゃない?」
アップされている一枚の写真を大きく表示させた皆実。
もちろん顔までははっきりと認識できないけれど、ずっとたっちゃんのバスケ姿を見てきたあたしには、それがたっちゃんだと自信が持てた。
「……たっちゃん、」
「あ、このTwitterは唯も知ってるから」
「……うん、わかった」
ここでたっちゃんと唯がどんなカタチだったとしても繋がっているんだ。
そんな事実が、また胸を苦しくさせる。
同じ会社だったってことだけで、満足しなきゃいけないよね。
もう会えないと思ってた。
それなのに、また逢えたんだから、これ以上何かを望んだらいけないよね。
「だから、達矢くんに連絡取るなら、唯には美紀だと気づかれないようにして」
「……それって、どういうこと?」
Twitter未経験の私には、イマイチよく理解できない。
「たぶん、これも達矢くんなんじゃないかな? アドレスがあれば、複数ID作れるし」
数あるフォロワーの中から、あるIDを選んだ皆実。
唯に内緒で私がたっちゃんにあげた、リストバンドがアイコンになっているものだった。
それには鍵マークがつけられていて、呟かれた内容とかまで見ることができなかったけれど、アイコンだけでたっちゃんだと断言できる自信があった。
トクンと、大きな音を立てて鼓動が脈打つ。
愛犬のアイコンには、“達矢”ときちんと名前が表示されているのに対して、リストバンドのアイコンには、“ギン”と表示されている。
“ギン”というのはたっちゃんの子どもの頃に飼っていた愛犬の名前だった。
「美紀も作ろう」
「……え、でも、私は、よくわからないし、」
「いいから、スマホ出して」
鞄に入れっぱなしのスマホを取り出す。
皆実に言われるがまま、TwitterのIDを作った私は、恐る恐るたっちゃんたちのバスケメンバーと、たっちゃんのIDをフォローしてみた。
皆実が考えてつけてくれた私のハンドルネームは、桜子。
前に本社の近くで撮影した夜桜の写真をアイコンに選んだ。
本名の一部をハンドルネームに使うのは、少し抵抗があったけれど。
私一人では、この中のたっちゃんと“桜子”が繋がっていくなんてあり得ない。
体育館のギャラリーにいたその他大勢の女の子たちと同じ。
たっちゃんにとっては、いてもいなくても変わることのない空気のような存在。
それでもたっちゃんの心の中の一部を聞ければ、十分満足だった。
第四話へ続く。
いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。