見出し画像

Liar kiss*永遠の片想い*(第二話)

第一話はこちら。

2.言えない気持ち

なんとなく一人の部屋で過ごすのが嫌で、膝の傷の手当てと着替えを済ませると、結局やってきてしまった蓮佑さんのお店。

隠れ家のような、大通りからはわかりづらい場所にあるそのバーは、賑やかさには欠けているけど、その分落ち着く。

「いらっしゃい、やっぱり俺に会いたくなって来てくれたんだ?」

カウンターから蓮佑さんに声をかけられると、私はカウンターの一番端っこに、ちょこんと腰を下ろした。

「べ、別に蓮佑さんに会いにきたわけじゃないですから。飲み足りなくて来ただけです」

「もう、照れなくてもいいのに。でも今日も一人で来てくれて、嬉しい」

「今日もって、そんな言い方ないじゃないですか。それを言うなら、金曜日だって言うのに、相変わらず流行っていませんね」

肩をすくめて皮肉を言ってみせると、「悪い、悪い」と言いながら蓮佑さんはグラスにビールを注いでくれる。

「もちろん、俺は大歓迎なんだけどね 。美紀ちゃんが一人でここにきてくれるってことは、今日も美紀ちゃんに彼氏ができなかったって証だから」

いつもそんな風に、私をからかう蓮佑さん。
ぷーっと膨れてみせる。

「……私だって、その気になれば、彼氏の一人ぐらい、」

「いや、美紀ちゃんはその気にならなくていいから、いい加減俺と付き合おうよ?」

「もう! そんなに私をからかわないで下さいよ」

蓮佑さんのいつもの冗談を、私は笑って受け流した。

グラスのビールを半分ほど一気に空ける。
たっちゃんと走って回った酔いも、ここにくるまでにはすっかりさめてしまっていた。

「……よし、今日は閉店だ!」

何を思ったのか、蓮佑さんは突然口を開いた。

「……え? 閉店って、金曜日の夜は、まだこれからじゃないの?」

時間は、十時半を少し過ぎたところ。
これから、二軒めにと飲みにくるお客さんだっていそうだ。
でも、そんな私の言葉なんて聞き入れず、蓮佑さんは本当に閉店の準備を始めた。

私だって、まだ来たばかりで全然飲み足りないのに。
こんなんじゃ中途半端で、部屋に戻っても眠れそうにないよ。
蓮佑さんと話せば、少しは気が楽になると思ったのに。

「今日はこれからデートだ」

「え? デートって、蓮佑さん、彼女なんていたの?」

大学のころから、ここに通い始めて二年。
蓮佑さんに彼女がいるなんてそれこそ初耳だ。

でも、そうだよね。
蓮佑さんほどのルックス。
クールな見た目とはギャップのある、初対面での話しやすさ。
周りの女の子が放っておくはずない。

残り半分のビールも一気に飲み干して、鞄から財布を取り出した。

「彼女なんていないよ。今夜は美紀ちゃんとデートするの」

カウンターから私の使っていたグラスを取り上げると、蓮佑さんは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「で、デートって、私と……?」

「うん、他に誰がいる?」

ニコニコとはしている蓮佑さんだけど、どうも本気で言ってるようには思えない。
いつもそんな感じだ。

「……もう、私をからかわないで下さいよね」

財布からお金を取り出そうとしたとき、その手は蓮佑さんに制止された。

「……からかってなんてないよ? いつも言ってるじゃないか。今日も美紀ちゃんに彼氏ができなくてよかったって」

蓮佑さんが口にする台詞はいつもと同じものなのに、トクントクンと心臓の鼓動が激しさを増していく。

「なーんて、冗談だよ」

なんだ、冗談。だよね。
蓮佑さんが、私なんかに本気になるわけがない。
MAXまでのぼりつめた緊張は、悪戯っ子のような蓮佑さんの笑みと言葉に、パチンと弾けた。

「もう、からかうなんてサイテー」

クスクスと肩を震わせて笑う蓮佑さんに、ビール代を手渡す。

「ごめんごめん。でも……ちょっと付き合ってよ」

「え?」

「お願い」

デートというのは冗談でも、もう閉店してしまうのは本当なのか、蓮佑さんはカウンターの奥に一度消えると、上着を持ってすぐに戻ってきた。

蓮佑さんの店を出ると、私たちはそのまま大通りへと向かった。

まだ終電まで時間があるからか、賑やかなメイン通り。

「……どこに行くんですか?」

「いいところ」

そう言って、自然に繋がれた手。
何となく振り払うのも申し訳なくて、繋いだままにしてると、連れてこられたのは近くの高校だった。
すでに暗くなっている校舎には、もちろん人の気配なんてない。

「……ちょっ、勝手に入ったら怒られるんじゃない?」

蓮佑さんを止めようと繋いでいた手を引っ張ると、そのすぐ先に明かりのついた体育館が見えてきた。

「大丈夫。俺、ここで時々バスケしてんだよ。みんな社会人だから、毎週金曜日にしか集まれないんだけどさ、俺の場合、金曜日だとなかなか休めないだろ?」

蓮佑さんも、バスケやってたんだ。
お店でしか会ったことがなかったから、全然知らなかった。

たっちゃんも、今でもバスケ、続けているのかな?

蓮佑さんと話している間は、すっかり忘れていたたっちゃんのこと。
また、たっちゃんのバスケをしてる姿、見てみたいな。

開放された体育館からドリブルの音が聞こえてくると、またたっちゃんのことを心が占領し始めた。

「……美紀!」

不意に呼ばれた自分の名前。

声のした方へ視線を移すと、そこに立っていたのは、さっきタクシーで別れたばかりのたっちゃんだった。

スーツ姿に大きなスポーツバッグを肩からさげている。
なんで、たっちゃんがここに?

「……あれ、蓮佑さんじゃないですか! 参加できるんですか? 珍しいですね」

「あぁ、久しぶりだな、達矢。……っていうか、お前ら、知り合いなの?」

蓮佑さんが私とたっちゃんを交互に見つめる。
私は思わずたっちゃんと顔を見合わせた。

「あー、俺たち、高校時代の同級生なんですよー」

さりげなく使われた、“同級生”という言葉。
本当のことだけれど、なんとなく胸にちくりと突っ掛かってしまう。
それを越えたあの出来事までも否定された気分。

「そっか、美紀ちゃんと達矢、同級生だったんだ」

「えぇ、美紀は唯の友達で……。で、二人は付き合ってるんですか?」

たっちゃんの視線が、繋がれたままの私と蓮佑さんの手に注がれた。

「ちがっ、」

「美紀ちゃん、そんなにすぐに否定しなくたっていいだろう? 俺は美紀ちゃん一筋なんだから」

「……もう、からかわないで、」

「ふーん、そうなんですか。だったら、小野にはよく言い聞かせなきゃな、美紀?」

「だれだれ? その小野って奴? まさか俺の美紀ちゃんにちょっかい出してるフトドキなヤローか?」

蓮佑さんは、からかうように私を見据える。

「……そんなんじゃないですってば。それより、いい加減この手、離して下さい!」

繋がれた手を無理に離そうとすると、逆に思いきり引っ張られて、蓮佑さんに抱きとめられてしまった。

「仲いいんですね。でも、あまり見せつけないで下さいよ? 俺も独り身だと淋しいんで……」

たっちゃんは淋しそうに笑うと、私たちの横を通り過ぎて先に体育館へと行ってしまった。

「そっか、アイツ、唯ちゃんと別れたんだよなー。そういうこと、あいつ、あまり言わないからさー」

たっちゃんの後ろ姿を見ながら、蓮佑さんがポツリと呟く。

「美紀ちゃん、唯ちゃんと友達なんだろ? なんで別れたか、知ってる?」

「……いえ、私も唯とは最近会ってなくて」

「そっか。まさか美紀ちゃんが原因だったりして」

蓮佑さんの言葉に、心臓が飛び出しそうなほど驚かされる。

蓮佑さんが、私たちのことを知るわけがない。
わかってはいても、うまく笑い飛ばせなかった。

「……もう、蓮佑さん、変なこと言わないでください」

「ごめんごめん、冗談」

「それより、なんでたっちゃんと知り合ったんですか?」

「ん? FacebookとTwitterだよ。美紀ちゃんはやってないの?」

「あ……やってないです」

亜弥さんや凛子には、やろうと誘われてはいたけど、なんとなくそういうのが苦手で、始めることができなかった。

「美紀ちゃん、せっかくのスマホなのに、使いこなせてない感じだもんな。ま、そういうので繋がって、自然にメンバーが集まって、一週間に一度、来れるときに来れるヤツが参加してるって感じかな。だから、年代も結構バラバラだぞ」

「……そうなんだ」

「ま、その辺で適当に見てて。美紀ちゃんに好きになってもらえるように、張りきるからさ」

悪戯っぽく笑った蓮佑さんに背中を押されて、体育館の中に入ると、たっちゃんと一緒にバスケ部にいた人も何人かいた。

唯に付き合わされて、いつも覗いてたバスケ部の練習風景。
あの頃を思い出して、ついたっちゃんのことを目で追ってしまう。

そういえば、飲み会はあのあとすぐに切り上げたのかな。
とてもお酒を飲んでから練習にきているとは思えないたっちゃんの動き。
高校時代と変わらない気がする。

亜弥さんと何となくいい雰囲気だった気がしただけに、少し申し訳ない気持ちになったけれど、それ以上に二人がどうにもならなくてホッとしているのが自分でもよくわかった。

「……あれ、美紀じゃない?」

体育館のステージに座って練習風景を眺めていると、急に掛けられた声。
見上げると、唯が近づいてきた。

「あ……久しぶり、だね」

たっちゃんに誘われてここにきたわけではないとはいえ、自分の中に残るたっちゃんへの気持ちのせいで、ここに自分がいることが後ろめたく感じる。

二人は……別れたんだよね?
なら、どうして唯がここにいるの?
まだ好きなの?

聞きたい気持ちを押し込めて、笑顔を作りあげた。

二人が別れたと聞いてから、何となく唯とも距離を置いていて、お互いが働くようになってからは、唯と会うのも初めてだった。

唯は知ってたんだよね。
私とたっちゃんが同じ会社だったってことも。

「久しぶりだね、今日はまさか、達矢に誘われたの?」

まっすぐに見据えられる。
その言葉は、“達矢と付き合ってるの?”という意味にも聞こえて、私はすぐに首を横に振って否定した。

「……違う! うんとね、誘ってくれたのは……」

ウォーミングアップとばかりに、ひとり体育館の端っこでストレッチをしている蓮佑さんを指差す。
その瞬間、唯の表情がパッと明るくなった。

「へぇ、美紀ってば、蓮佑さんと付き合ってるの?」

「……ううん、付き合ってるわけじゃないんだけど」

「そっか、付き合ってるわけではないのか」

唯の声が、少し残念がっているように感じられた。

「……でも、蓮佑さんのこと、好きなんでしょう?」

まるで私が、蓮佑さんのことを好きだったらいいのに。
そんな風にもとらえられる唯の口ぶり。
蓮佑さんのことは、ずっと、よきお兄さん程度にしか想えなかった。

「……どうかな」

でも、そんな本心を唯にはさらけ出すことができない。
曖昧にはぐらかすと、その答えでは納得できないようで、唯は不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

「どうかなって……蓮佑さんってばめったに練習にはこないけど、すごく人気あるのよ。ほら……あの二階にいる女の子たち、半分以上は蓮佑さん目当てなんだから」

唯は二階のギャラリーを仰いだ。

「……え? そうな、の?」

確かに、メンバーの中の、誰かの彼女って雰囲気ではない一部の女の子たち。

どちらかと言えば体育館の端っこで目立たないように練習を見ていたりしている女の子は、ここにいる誰かの彼女だったりするんだろう。

「……もう、美紀ってばのん気すぎよ。早く蓮佑さんのこと捕まえなきゃ、すぐにできちゃうわよ、彼女、ほら、」

唯が蓮佑さんの方に視線を送ると、蓮佑さんがちょうど一人の女の子と話しているところだった。

まるで、私が蓮佑さんのことを好きだと決めつけるような唯の言い方。
否定したくても、唯の気持ちを思うと、私は出かかった言葉を呑み込むしかなかった。

唯はまだ、たっちゃんのことが好きなんだ。
その気持ちが、イヤというほど伝わってきた。

たっちゃんは……どうなんだろう?
まだ唯のことを想っているの?
それとも、新しい恋を始めるために今夜の飲み会に応じたの?

唯に気づかれないようにたっちゃんの顔を盗み見る。

大好きだったな。
きっと、一番大好きだったのは、たっちゃんのバスケをしている姿だ。
軽やかにボールを操るのも、真剣にゴールを見つめて、シュートを決める瞬間も、目隠しをされても、たっちゃんのドリブルの音ならわかる気さえしてくる。

「……あれ、唯ちゃんもきてたんだ? 達矢に会いに?」

ぼんやりと昔のことを考えながらみんなの練習風景を眺めていると、いつの間にか蓮佑さんが私たちの目の前にきていた。

「お久しぶりですね、蓮佑さん。聞きましたよー、美紀から」

弾むような唯の声。
何を言い出すのかと思えば、思わせぶりに私の顔を見てニヤニヤとするだけ。

「嬉しいな。美紀ちゃんが俺の話をしてくれたの?」

本気なのか冗談なのか、嬉しそうに笑った蓮佑さんは、いきなり私に抱き着いてきた。

その瞬間、二階からは、黄色い悲鳴のような声が浴びせられる。

「もう、蓮佑さんってば、さっき女の子に告白されてたでしょ? 美紀がヤキモチ妬いてましたよー」

さらに、唯が蓮佑さんに誤解されるようなことを口にした。

「ちょっ、蓮佑さんってば、離して下さい!」

胸を押し戻そうとするものの、全然敵わない圧倒的な力の差。
女の子たちの騒ぎ立てる声に驚いたのか、練習していたメンバーもその場に立ち止まって私たちに注目している。

「いいじゃん、少しくらい。美紀ちゃんのケチ」

「……蓮佑さんのファン、減っちゃいますよ」

「いいよ、別に。俺はたくさんのファンより、美紀ちゃんがいてくれればいい」

あまりの注目ぶりに、ペロッと舌を出した蓮佑さん。
本当に、どこまで本気なのか、ただからかってるだけなのか、わからないよ。

私から離れた蓮佑さんは、みんなに合流すると、すぐにたっちゃんに話しかけていた。

何を話しているんだろう。

蓮佑さんが離れると、一瞬こちらを振り返ったたっちゃん。
確かに合った目は、まるで知らない人と合ったかのように冷たくそらされた。

「……ね、美紀、」

「ん?」

「……私、まだ達矢のことが好きなの」

ここで唯に会った瞬間から、わかっていたこととはいえ、胸がギュッと締め付けられる。

「そう、」

私、ちゃんと笑えてるかな?
自分が今、どんな顔をしているのか、自信が持てない。

「……今度は、」

「え……?」

「今度は、応援してくれるよね? 友達でしょ?」

唯はそう言うと、たっちゃんの元へと走っていった。


第三話へ続く。


いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。