海は生きている



非情に荒れ狂い、冷たい風と飛沫を吹きつけた昨夜とは打って変わって、今朝は波止場の岩肌を労わるように優しい呼吸をしている。刻一刻、誰かのこころをうつしながら、そのすべてを飲み込んで、そのすべてを泡沫に帰して、海は生きているのだと思った。



そこには誰もいないが、何もない訳ではなかった。
私の嘆きを、言葉を、願いをただ受け止める巨大な存在感がそこには在った。
私は形のないそれに寄っかかって縋り付いてひた泣いた。
海はその時たしかに相手だった。





形を持たない海の、この町だけの形と表情を体に刻みつけたくて、朝の6時に私は灯台へ走った。
逃げやしないと分かっていても、近づくにつれてはやる足を止められなかった。
海はやっぱり待っていた。



私はたしかに此の海に、逢いに行ったのです。


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