秋もいよいよ深まる頃で

夕方まで布団に閉じこもってほぼミノムシみたいに過ごした後、バイトのためにやっと初めて外に出るなんて日もある。
きっかり17:50にアパートの階段を降りる。コップ1杯の湯ならとうに沸くんじゃないかと思えるほど長い信号待ちをしながら、ビルと空の境を見つめる。最近の17:50の空がほぼ真っ暗であることはよくよく知っているが、それはいつ頃からだっただろうか。1週間前は多分そうだったけど、2週間前はどうだったっけ。わからない。わからないけど、もう少し明るい、藍色くらいの空が好きだった。まだちゃんと青が残ってると言えるくらいの。高層ビルの赤い灯火と黄色い室内灯がザクザク無数に光っている、そのザクザクチカチカしたやつが完全に真っ黒な夜のそれではなくてまだ青を残した空に映えているという景色が私にはいちばん、美しく思える。




レジが空いてきたら売り場の陳列やポップやなんかをぼーーっと眺めている。
手前には惣菜のシマがあって、その上で偽物の紅葉がピラピラしていた。1週間にピラピラしていたのは不敵に笑うカボチャ達のオーナメント。カボチャを大胆に使った惣菜も一緒に姿を消してしまった。
奥には季節の果物が山積みになったシマがある。夏前から気をつけて見ていると、桃のピンク、マスカットの黄緑、梨の茶色、巨峰の紫、とこのシマのメインカラーは頻繁に移り変わっている。視覚的に季節感を強く感じられるから、ここを眺めるのがいちばん好きだった。丸々と実った旬の果物がカゴに入っているのを見るとそれを拾い上げる手つきも自然と優しくなる。奥を見遣ると、シマは林檎の赤と目の覚めるような柿のオレンジに染まり切っていた。




乾いたドラムの音が無性に恋しくなる。聴き慣れたアーティストのディスコグラフィーを遡って初期のアルバムから適当に一曲選ぶ。通学路に散っているプラタナスを踏みしめると、かさついたスネアの音が気持ちよく重なった。
ものの10分も外を歩くだけで露出した手指に乾きを感じるようになったのも、ここ1週間くらいの話だと思う。短く切った爪の横の付け根にツンツンと角が立って、スカートの生地を小さく引っ掻いた。講義が始まってから教室でハンドクリームを塗るのはマナー違反になるんだろうか。




カーテンから漏れる、おだやかな日差しを背中で味わっているうさぎの表情は、半年前となんら変わりないように見えた。
それでも彼の体毛は半年前のものとは違う。たまに与えられる新鮮な果物も、半年前のそれとは違う種類であると彼はちゃんと知っている。窓の外の匂いが半年前のそれとは違うということも、あんまり鼻の効かない私よりもちゃんと感じ取っているかもしれない。




頬をイチョウの葉が掠めた。じっとりと暑い電車を降りて改札を出ると、まさに求めていたような涼しい風が吹いていた。黒いかばん、黒いカーディガン、全体的に物静かな服装の中で、ワインカラーのパンツがしっとりと映えていた。サラダの中のトマトと胡瓜は、この前食べた時よりも心做しか味が薄かった。色だけで暖まってくるようなみかん色の入浴剤を入れた。足指の先に乗せた色は、ちょっと前の17:50の空の色だった。重たい赤ワインが妙に美味しかった。ベッド下の白い床は残酷なまでに冷たかった。大きい布団の重みが体に心地よかった。





ゆるやかに移り変わる近頃が愛おしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?