雑文 #178 サルスベリ
朝窓を開けると向かいの家のサルスベリが私を励ましてくれる季節がやってきた。
咲き始めたのは一週間か10日前くらい。私はすぐに気がつく。だってこんな見事な枝ぶり。だってこんな鮮やかなピンク色。
サルスベリの花期は長い。夏中ずっと咲いているはずだ。
それにしても晴れない。こんなに長い梅雨ってあったかな。
今年は好きな季節である春を逃した。あのゆるやかな春風やほのかな幸福感。優しい春。
夏は強い。
だから夏の花の色も強いのだろうか。
「元気出してよ」サルスベリが言った。「窓も開けないで。ちゃんとカーテンも窓も開けなよ」
「あなたみたいにいつも元気ではいられない。いまは特にダメ。いろいろあるのよ」
「いろいろって、何」
「ただでさえ気持ちが安定しないのに、周りでもいろんなことが起こる。心配なことがあって、ずっと気掛かりで落ち着かない」
「何それ。毎日暑かったり寒かったり、雨が降ったり晴れたり、風が吹いたり鳥が枝に止まったり、虫が花の蜜を吸ったり葉っぱを食べたり…そういうこと?そんなの当たり前じゃない。生きているんだから」
「…」
「生きているんだから、一年中いつもこのピンクの花が咲いているわけじゃないのよ。これを咲かせるの、そして咲かせ続けるの、けっこう大変なんだから」
「そうだよね、ごめんなさい」
私はぐうの音も出なかった。
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