068.芝から聞いた話 [Er エルビウム]
私はおじいさんなので、芝刈りを趣味にしている。
自分の庭の芝はだいぶ刈ってしまったので、最近では人さまの庭にも手を出している。庭のヌシの中には、それはもう、芝を生やしっぱなしにできる者がいるのだ。そういうのに当たると、刈る芝には事欠かない。
私はハサミマニアでもあるので、小型の花用ハサミもあるし、大型の草刈り鎌もあるし、高枝切りバサミもある。それぞれの芝に合ったハサミを取り出し、刈っていくときの気持ちよさといったらない。
芝はいろいろなことを教えてくれるものだ。
もうすぐ下剋上がはじまるらしい。
下剋上とは、ずいぶん物騒な言葉を知っているんだな、と私は微笑みながら芝に話しかけた。芝は真剣な面持ちで言う。
下剋上は下剋上だ、乱世だ。
芝もそれぞれなので、脅してくる芝もいる。私はニコニコしながら、できるだけ芝を刺激しないように対話を続ける。
朝から晩まで、私はそうして芝刈りを続けた。
そのうち、芝の話は聞こえなくなってきた。
しかしどうしたことだろう。
芝が喋らなくなって随分たってから、だんだんと私の立っている地面は、不確かなものになってきた。
さまざまなことに確信が持てなくなってくる。
この話の冒頭で、私はおじいさんだと名乗った。
しかし私はおじいさんだったのか?本当に?
いったいいつどこで、私はおじいさんということになったんだ?
私は草刈り鎌から手を離し、立ち上がった。
あたりを見渡す。延々と芝だらけだ。
ずいぶん長いこと芝を刈ってきたはずなのに、そんな行為はなかったかのように、芝は繁りきっている。
急に、風が渦巻くように吹き付けてきた。
周囲の草木が揺れる。
いったいここはどこなんだ?
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