091.水のゴンドラ [Pa プロトアクチニウム] [蟹座1度]


私は迷宮のような水路を、ゴンドラに乗って巡っていた。

豪華な装飾が施された小舟は、異国情緒あふれる景色の中をゆっくりと移動していく。見るものすべてが珍しく、私はキョロキョロとあたりを見まわした。


私はその舟で、潰れたケーキ屋を2週間支えていたという男に会った。ケーキ屋には伝統があり、みんなの夢がたくさん詰まっていたそうだ。だが、その美しく格調高い建物は崩壊し、男は瓦礫の下敷きになった。

「なんでそんなものを支えていたんだろう?」と私は思った。崩壊するのは目に見えていたのだから、ケーキ屋なんか捨てて逃げればよかったのに。その点について、男は多くを語らなかった。


豪華客船を買い取った途端、さらに新しい豪華客船が登場してしまった男にも会った。お客はみんな、最新の船に心移りして、古い船は見向きもされなくなったそうだ。売った人間は、おそらくそれを知っていたのだろう。売り抜けたというやつだ。


どんくさい人たちだなあ。タイミングが悪いっていうか。

私はそう思った。




彼らのうちの一人は、私を見るとこう言った。

「君が現れたってことは、私はもう終わりなんだろうな」



どういうことだろう?

ここには鏡がないから、私は自分の姿を見ることができない。彼らの目に、私はどう映っているんだろう。死神やら、悪魔やら、はたまた天使やら。そんな類のものだろうか?


私は彼らの人生について聞かせてもらったお礼に、自分の人生についても語ろうと思ったが、特に語るべきものを何も持ち合わせていないことに気がついた。


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