見出し画像

「睡眠税 ‐Sleeping Duty‐」第1話【創作大賞2024 漫画原作部門】

あらすじ

 睡眠税が徴収される未来の日本。凋落した日本政府はスマートウォッチにより国民の睡眠税の管理を行っていた。滞納者は睡眠をとるとブザー音が鳴り寝る事が許されない。
 主人公の小堀は、裕福な東南アジア人向けの歓楽街に成り下がった中目黒で働く整体師。 
 ある日、小堀の妻のスミレが事故にあい植物状態になってしまう。妻の睡眠税の免除を期待していた小堀だったが、睡眠税職員から免除を許されない上、妻の分の睡眠税が紐づけされて睡眠税滞納者になってしまう。金融機関から金も借りれず、困り果てた小堀は、自らの顧客であるタイ人のバンクに助けを乞うが、金を貸す代わりにある男を殺してほしいと依頼される。

登場人物表

小堀大樹(25/26/29)  整体師
小堀スミレ(25/26/29) 小堀の妻
七星遊人(26)     小堀の同僚/幼馴染

バンク(8/40)     小堀の客/製造業経営者
小森(39)       バンクの秘書

赤杖修蔵(61)     スティックホールディングス経営者
鴨志田(44)      赤杖の部下/ふれあいセレモニー職員
牧尾(43)       赤杖の部下/ふれあいセレモニー職員

立華綾乃(27)     新聞記者
立華清(75)      元『Shokunin 』整体師/綾乃の祖父
五本木(26)      綾乃の大学の後輩/化学メーカー勤務

花沢博(69)      小堀の同僚
神田(29)       小堀の同僚

酔いつぶれた男
睡眠税職員

小堀淳(38)      会社員/小堀の父親

第1話

1〇西峰病院・スミレの病室・中・夜
明かりが消えた病室で、両腕を組んでベッドで眠る小堀スミレ(26)。
スミレの頭には包帯。
ずぶ濡れの小堀大樹(26)が病室に入ってくる。
ベッド横の備え付けテレビでは『眠れる森の美女』が放送中。テレビ画面では、胸にバラを抱えた姫に王子が近づく。
テレビでは、王子が姫にキスをして姫が目覚める。
病室では、目を閉じたままのスミレ。
小堀のスマートウォッチ画面が赤く点滅。
大きなブザー音が鳴る。
機械の音「今すぐ睡眠税をお支払いください」
力なく床に座り込む小堀。

2〇タイトル・病室のテレビ画面
「睡眠税 ‐Sleeping Duty‐」の文字。

3〇中目黒・目黒川・全景・夕
T『一か月前』
目黒川の両端に木々が生い茂っている。

4〇同・目黒川沿い歩道・夕
大音量のEDM が鳴り響き、歩道は人で賑わっている。
路面にはセクシーな服を着た日本人女性達を連れた外国人男性達や、刺青が入ったガラの悪い外国人達の姿。外国人の多くは東南アジア人。
路面沿いにはマッサージ店やバー、屋台が乱立。
際どい服を着た日本人女性や男性達が外国人に黄色い声をかけて、店に誘導しようとしている。

5〇Gokuraku 整骨院・外観・夕
真っ白な建物。のぼりが設置されている。

6〇同・施術室・夕
大量の整体ベッドが敷き詰められた店内。
神田(29)に殴られて床に転がる小堀。
神田「てめぇ!俺の客とってんじゃねぇ!」
小堀「...... お客さんが勝手に俺を指名したんですよ」
神田「(小堀の腹を蹴り)うるせぇ!」
腹を押えてうめき声をあげる小堀。
七星遊人(26)、顔をしかめて心配そうな表情。
くたびれた様子であくびをしている整体師達。二人の喧嘩を見て見ぬふり。
花沢博(69)、二人を見て、溜息。整体師達の手首にはスマートウォッチ。
七星が神田と小堀の間に割って入り、
七星「先輩、先輩!石頭のせいで大事な手が怪我しちゃいますよ」
神田「どけ」
花沢「(神田を睨んで)そろそろ店開けるぞ。もうやめとけ」
神田、舌打ちして、小堀に唾をはく。
神田「(花沢を睨み)さっさとくたばれ老いぼれ」
小堀「二人とも、サンキュ」
キャスターの声「次は睡眠税に関する速報です」
整体師達、テレビの方を一斉に向く。
テレビの音量が上がっていく。
キャスター「政府は来年度の睡眠税の税率を引き上げる方針です」
整体師A の声「なんだよそれ、おれらに死ねってか!」
整体師B の声「いつ寝たらいいんだよ」
嘆きと怒号が整骨院に広がる。
神田「くそ!どうしたらいいんだよ...... 」
青ざめた表情でテレビを見る小堀。這いつくばって看板を持ち外に出る。
テレビがCM 画面に変わる。和風の制服を着た眠たそうな男性が東南アジア人に施術をしている姿。
CMの声「24時間起きれますか?」
ドリンクを飲み干した男性の目がかっと開き、ドリンクをカメラに見せて笑顔。『ニコニコドリンク』と書かれている。

7〇中目黒・目黒川沿い歩道・夜
看板を持って外国人をキャッチする小堀。手に『God Hand 』と書かれた看板を持って笑顔で東南アジア人男性に近づく。
小堀「マイハンド、ゴッドハンド。ユーゴー、ゴッドランド」
小堀を興味深そうに見る東南アジア人男性。
小堀「ユーワナゴーヘル?」
逃げる様に去っていく東南アジア人男性。
赤杖修蔵(61)が小堀に近づく。最後列には坊主の鴨志田(44)と不安そうな表情の眼鏡の牧尾(43)。
笑顔で小堀の肩を叩く赤杖。
小堀「あ、社長」
赤杖「馬鹿、言うならヘブンだ、なんだ地獄って」
小堀「あ、はは、恥ずかし」
赤杖「来月またマッサージ頼めるか?」
小堀「よろこんで!」
赤杖「おつむの方もその腕くらい磨いとけよ」
小堀「たぶん無理です!」
立ち去る赤杖に頭を下げ続ける小堀。

8〇中目黒・橋‐ 横断歩道・深夜
橋にもたれかかる小堀と七星。スミレは二人と向き合う形で立っている。
橋の隅で頬をつねっている酔いつぶれた男。
スミレ「はいはい、今日も生き延びたことに乾杯!」
乾杯する三人。
スミレ「今日もお疲れさまー」
小堀・七星「お疲れー」
ビールを一口飲む小堀。
小堀「(小声で)今日のことはスミレに言うなよ」
七星「(小声で)お前さ、あの後も神田さん大変だったんだぞ」
スミレ「なになにーきこえないー」
スマホを見ながら歩いてくる男がスミレに近づいてくる。スミレの手を引っ張り、橋の方に寄せる小堀。
小堀「七星が今日下痢でさ、大変だったんだよ」
スミレ「げっ、やめてよ」
七星が小堀の足を踏みつけて、痛がる小堀。
10代の少年が折り紙で作ったゾウや鶴を携えて、三人に近寄る。三人の顔を覗き込み、踵を返し、東南アジア人達の方へ歩いていく。
七星「日本人には用はないってか」
小堀「...... 子供の頃、両親とタイ行ったんだけど、現地の人がああやって物売りにきてたんだよな」
スミレ「え?そうなの?」
七星「おれもそれテレビで見たぜ」
小堀「社長さんって片言の日本語で売りつけようとしてくるの」
七星「はは、まじか...... 」
街では外国人達にキャッチする日本人の姿。
小堀「真逆じゃん」
しんみりする小堀と七星。
スミレ「えいっ」
小堀と七星の背中を手で叩くスミレ。
スミレ「大樹、今日は焼肉つくるよー手伝ってね」
小堀「え!焼肉食えるの?」
スミレ「肉は高くて買えなかったけど、豆腐と厚揚げはあるから」
小堀「それは...... 焼肉とは言えないんじゃ...... 」
スミレ「四捨五入したら肉よ、肉風とも言えるよね」
小堀「んな馬鹿な」
七星「(笑いながら)さっそく尻に敷かれてるな」
小堀「尻に敷かれてるだけじゃなくて、毎日スミレの尻マッサー
ジもさせられてんだよ、俺」
スミレ「立ち仕事だからしょうがないでしょ。代わりに大樹の美
容院代ただにしてあげてるじゃん」
小堀「もしもしーこっちは毎日で、そちらは月一ですよー」
スミレ「もしもしーこっちは毎日ご飯つくってますよー」
小堀「うっ」
七星「ふっ、おまえらお似合いだよ」
スミレ「結婚もいいもんだよ、お金浮くし。七星もしたら?」
七星「...... 美容師以外とならな」
笑いあう三人。
大きなブザー音が橋の隅から鳴りだす。
機械の声「睡眠税を滞納しています。睡眠をとる為には至急睡眠税をお支払いください。繰り返します。睡眠税を」
酔いつぶれた男が起き上がり、スマートウォッチをみて恐怖と諦めの表情。
酔いつぶれた男の手元が赤く光る。
七星「おいおい、ブザーマンかよ」
酔いつぶれた男「だれか金くれよ!寝れないんだよ、眠りたいん
だよ!だれか助けてくれよ!」
周りの外国人たちがスマホで動画撮影を開始。
ブザーの音と機械の声が大きく鳴り響く。
酔いつぶれた男がスマートウォッチを無理やりとろうとする。
小堀がスミレの手を引いて歩き出す。
スミレ「ちょっと!あの人助けないと」
小堀「俺らだって生活ぎりぎりだろ」
七星「おい人が集まってきた。行こうぜ」
叫び声をあげてスマートウォッチを橋に叩きつける酔いつぶれた男。
機械の音「今すぐ器物損壊行為はやめてください。繰り返します」
警告を無視する酔いつぶれた男。
機械の音「警告します。電流が流れます」
うめき声をあげて地面に倒れる男。
周りの外国人の好奇心に満ちた眼差しと歓声。
酔いつぶれた男「なんでこうなっちまったんだよ...... 」
なんとか立ち上がり、欄干に足をかける男。
外国人たちの声「jisatsu,jisatsu! 」
外国人達が興奮しながら酔いつぶれた男を撮影す
る。周囲には大勢の人だかり。男が欄干から飛び降りる。
スマホ片手に大声を上げて盛り上がる外国人達。

9〇車・車中・深夜
大音量の音楽が流れる中、男が叫びながら車を運転している。男の目は赤く充血している。
後部座席には衣類や空き缶の山。

10〇中目黒・駅前横断歩道・深夜
信号が青になり、道路を横断する三人。
10代の少年が地面に落ちた折り紙を拾っている。
歩道を渡った小堀と七星。
七星「さっきの男見て思い出したんだけどよ、知ってるかスマートウォッチに関する都市伝説」
小堀「なにそれ」
七星「スマートウォッチを壊れるほど叩くとさ、警察が駆けつけてきて逮捕しにくるんだって」
小堀「...... むりだろそんなの。あれ、スミレは?」
スミレが少年と一緒に折り紙を拾っている。
信号を無視して車が歩道につっこむ。
手で口を押える小堀。衝突音。
小堀「スミレ!」

11〇中目黒・目黒川・全景・夜
ライトアップされた目黒川の桜並木。

12〇西峰病院・三階・スミレの病室・中・夜
酸素マスクと点滴を着けられたスミレを見守る小堀。スミレの頭には包帯。
小堀の目の下にはひどいクマ、無精ひげ姿。
机には花が飾られている。床には宅配サービスのバッグとヘルメットが置かれている。
小堀が本を読みながら、
小堀「『思い出や好きな匂いが回復の糸口になります』、か」
スマホをとりだし動画を再生する小堀。スマホをスミレの目の前に持ってくる。
動画には蛍の映像と二人の息遣いが聞こえる。

13〇(回想)・苗場公園・夜
手を繋いではしゃぎながら走る小堀とスミレ。
二人の目の前には坂道。坂道から漏れる蛍の光。
坂道を駆け上がる二人。
川を挟んだ道が広がり、眼前には蛍が飛び交い光の軌跡が広がる。
スミレ「私死んでもこの光景は忘れない」
光に照らされたスミレの横顔を愛おしそうに見つめる小堀。

14〇西峰病院・三階・スミレの病室・中・夜
動画が止まり、小堀がスミレの顔を見る。
無反応のスミレ。
小堀「はやく起きてさ、またここ行こう。な?」
ベッドに顔をうずめて声を押し殺して泣く小堀。

15〇Gokuraku 整骨院・外観・夜
柄の悪そうなタイ人たちが整骨院の玄関に座り込み、あたりの様子を伺っている。

16〇同・施術室・夜
整体ベッドごとにカーテンで仕切られている。
小堀がバンク(43)の背中を必死に押す。
バンクの手には金のロレックス。手元のスマートウォッチと見比べて溜息をつく小堀。
バンクの目の前に、小森(40)の姿。きっちりとしたスーツ姿。
天井に張り付けられたテレビの映像に、背広を着たニュースキャスタ― が映る。
キャスター「本日の特集は急増する自殺問題です。自殺者の増加が、ちょうど六年前から施行された睡眠税と同時に上昇していることがわかります」
疲れ切った表情の小堀、テレビを見ていない。
部屋の隅から小堀を心配そうに見つめる七星。
バンク「痛い痛い、クーカム痛いよ」
小堀「あ、ごめん、バンクさん」
キャスターの声「なお現在、国の借金が2000 兆円を超え、先日
ついに1ドル212 円まで」
バンク「日本は本当にファシズムですね。なんで日本人はデモを
起こさないのですか?」
小堀「...... 日本人は真面目ですからね」
バンク、小堀の方を真顔で見て、
バンク「本当にそう思いますか?」
小堀「...... 真面目だと思うけど」
バンク「(ほくそ笑んで)あんなに昔、タイ人を買ってたのに?」
硬直した表情の小堀。
バンク「はは、冗談ですよ。クーカム、また来週マッサージお願
いできますか?」
小堀「...... もちろんです」
バンク「それでこそクーカムだ」
神田の声「おい!小堀?俺の客がまたてめぇを指名してるぞ!」
黙り込む小堀。
神田の声「どこだ?いねぇのか?」
小堀、目をぎゅっとつむる。
無表情で小堀を観察するバンク。

17〇同・休憩室・夜
机の上にはニコニコドリンク。
眠たそうに目をこする花沢。腕のスマートウォッチを見て溜息。ニコニコドリンクを飲み干し、
花沢「おっしゃーやるぞ」
二つ離れた席に、虚ろな表情の小堀、手元にはニコニコドリンク。
七星が小堀の隣に座り、缶コーヒーを二つ置く。
七星「(わざとおどけて)おつかれクーカム」
小堀「...... やめろよ」
七星「なんだよクーカムって」
小堀「...... タイで有名な映画の主人公の名前が俺と同じ小堀なんだって。その映画のタイトルがクーカム」
七星「はは、変な人だよな。あのタイ人」
生返事をする小堀。
七星「(心配そうに小堀を見て)入院費用大丈夫か?どうせ国は負担してくれないんだろ?」
小堀「...... ああ、スミレが、国は信用できないからって。民間の保険に入ってたからそれは大丈夫」
安心した表情の七星。
小堀「とはいえ金がいる...... 今のうちから睡眠削らないと」
七星「前言ってた免除の話は?」
小堀「来週、睡眠税職員と話す。大丈夫だろ、うっ」
吐きそうになり手で口を押える小堀、席を立つ。
心配そうに小堀を見つめる七星。

18〇同・受付・夜
帰り支度をしているバンクと後ろにいる小森。小森がえずくように手で口を押えている。
休憩室から出てきて受付奥のトイレに向かう小堀。手で口を押えながらバンクと小森に会釈。
バンク「あ、クーカムどうしました?大丈夫ですか?」
小堀「(唾を飲み込んで)ちょっと具合が悪いんでトイレに」
バンクと小森に会釈して通り過ぎようとする小堀。
バンク「ああ、個室トイレの紙、ありませんでしたよ」
小堀「え、バンクさんごめん、ちょっと待っててください」
バンク「(小森を指さし)ああ、大丈夫ですよ。拭かせたので」
小堀「え?」
えずく小森を笑顔で見つめるバンク。
バンクが小森の肩をさすると、一瞬怯えた表情に変わる小森。
唖然とした表情の小堀。
バンク「クーカム、さっきから体調が悪いみたいですね」
バンクが小堀の胸ポケットに名刺を入れる。
バンク「なにか助けが必要でしたらいつでも電話してください」
バンクが店の玄関を開けて出ていくと、外で待機していたタイ人達が頭を下がる。
小森の背中を叩いてティッシュを渡す小堀。無言で受け取り、軽く頭を下げる小森。

19〇Gokuraku 整骨院・休憩室・深夜
虚ろな目でニコニコドリンクを一気飲みする小堀。
目をかっと見開き、頬を何度も叩く。
隣の席には花沢。
机に置かれた段ボールには大量のニコニコドリンク。
七星「もうやめとけって」
小堀「俺が稼がないと」
整体師の声「だれか次行けますか?」
小堀「行きます!」
七星「お前もう今日はやめとけって」
立ち上がり部屋を出ていく小堀。
花沢「...... ひき逃げ犯、ムショで自殺したんだってな」
七星「あのクソ野郎...... 」
花沢「慰謝料とかもよ、どうせ国が補償してくれねぇんだろ」
力なく頷く七星。
七星「てか花さんニコニコ飲みすぎですよ」
花沢「俺も小堀ほどでもないけど、頑張らねぇといけないのよ。明日から心機一転だしな」
七星「(冗談風に)え、仕事やめるんですか?」
花沢「やめて誰が金くれんだよ!明日から『Shokunin 』に異動だよ」
七星「あー、そっか、花さんも70歳か」
花沢「今より給料は下がるけどよ、社長には感謝しかねぇよ。こんな老いぼれまだ雇ってくれるんだぜ」
ニコニコドリンクを一気飲みする花沢。
花沢「ふぉー!若いのになんか負けてらんねぇ!」
花沢の様子にびっくりする七星。

20〇同・中・深夜
小堀のマッサージを受けてイビキをたてて眠る外国人。羨ましそうに外国人を見る小堀。頬を叩いて目を覚まそうとする小堀。

21〇西南新聞社・社会部・中・夕
PC と睨めっこの立華綾乃(27)。
PC には『Shokunin 』のホームページ。ギャラリーをクリックして、写真に写る老人達をズームする綾乃。
机の上には参考資料と書かれたファイルが開かれており、無数の老人の写真の中、小堀とスミレの写真も収められている。
綾乃の携帯に五本木(26)から着信。
綾乃「どうだった?なんか出た?」
五本木の声「いいえ何もでなかったです」
綾乃「もう!本当にちゃんと調べたのよね?」
五本木の声「本当ですって!こっちだって上司にバレないように綾さんの為に必死にやったんすよ」
綾乃「あ、ごめん」
五本木の声「で、約束のデートですけど」
綾乃「あれ、電波悪くないー?もしもし?もしもし」
五本木との通話を着る綾乃。
綾乃「...... おじいちゃん待っててね」
デスクの写真立てに綾乃と立華清(75)の姿。

22〇西峰病院・三階・スミレの病室・中・夕
窓越しに雨が降っている。
睡眠税職員がスミレと小堀を見下ろしている。
スミレの足をさする小堀の手が止まる。
小堀「免除されないって...... 嘘でしょ」
睡眠税職員「ええ申し訳ないですが、それでは失礼します」
小堀「ちょっと待ってくださいよ!せめて後で一括で払うとかで
きないんですか?」
睡眠税職員「(鼻で笑って)いつの時代の話をしてるんですかね」
小堀「妻は昏睡状態なんです、そんな妻からお金とるんですか?」
睡眠税職員「ですが納税は国民の義務ですので」
小堀「とるだけとって、いつも助けてくれないじゃないですか!
損害賠償とか慰謝料とか、普通は国がくれるんじゃないですか!」
睡眠税職員「(苦笑して)普通じゃないでしょ、日本はもう」
スミレの足元にうなだれる小堀。
睡眠税職員「早速ですが奥さんの睡眠税、小堀様に紐づけますね」
小堀「...... そんなことされたら、俺ブザーマンだよ」
睡眠税職員「なら紐づけないでおきましょうか?あ、このまま奥さんがブザーマンになれば、もしかしたらブザー音で目覚めるかもしれませんね、はは」
立ち去る職員の後ろ姿を睨む小堀。拳を握りしめてベッドを何回も叩く。

23〇同・三階・通路・夕
壁によりかかる小堀。絶望した表情でスマートウォッチを見ている。
小堀のスマートウォッチが点滅して円グラフが赤色に染まり、ブザーが鳴る。
機械の音『睡眠税を滞納しています。至急お支払いください。支払われない場合は睡眠時に警告音が鳴ります』
通路を通る患者達が気の毒そうに小堀から目を逸らす。
逃げ出すように廊下を走る小堀。

24〇雑居ビル1・外観・夕
汚らしい雑居ビル。窓ガラスに金融のポスターが張られている。

25〇同・玄関・外・夕
玄関が開き男に放り出される小堀。
土下座する小堀。
小堀「お願いです!金貸してください!」
男「(笑いながら)だれがブザーマンなんかに貸すかよ」
扉が閉まる。立ち上がりドアを何度も叩く小堀。

26〇繁華街・通路・夕
雨の中、人ごみをかき分けて繁華街を走る小堀。
必死の形相。

27〇雑居ビル2・玄関・夕
小堀「お願いです!助けてください!」
頭を下げる小堀。玄関のドアが勢いよく閉まる。

28〇繁華街・コンビニ前・夕
雨に打たれてびしょ濡れの小堀。疲れ果てた様子で下を向いて歩いている。目の前のコンビニを見つける小堀。

29〇コンビニ・店内・夕
きょろきょろと辺りを伺う小堀。
店内には小堀の姿のみ。レジには若い女性が一人。
雑誌コーナをうろうろしてレジをチラ見する小堀。
ふらふらとレジ前に進む小堀。
レジの女性「いらっしゃいませー」
レジで一瞬足を止めて、目をつむる小堀。
レジの女性、不思議そうな顔。
頬を何度も叩く小堀。
小堀「金を……」
女性の胸の辺りを見て、後退りする小堀。
名前が書かれたシールには『スミレ』の文字。
小堀「なんでだよ...... 」
レジに置かれた陳列品を両手で地面に落とし、叫びながら店を出ていく小堀。

30〇西峰病院・三階・スミレの病室・中・夜
安らかな表情で眠るスミレ。
立ち尽くしてスミレを見つめる小堀。
小堀「俺...... ブザーマンになっちゃったよ。どうしたらいい......」
スミレの手を祈るように握り、じっと見つめる小堀。
小堀「...... 何とか言ってくれよ、お願いだよ...... 」
スミレから寝息が聞こえてくる。
段々と小堀の顔が怒りの表情に変わる。
小堀「なに一人で寝てんだよ」
スミレの手を強く握る小堀。はっとして、スミレから手を離す小堀。手には爪痕。
病室から逃げ出す小堀。

31〇同・駐輪場・夜
大雨の中、自転車を思いっきり蹴り、歩き回る小堀。力いっぱい大声で叫ぶ。

32〇同・三階・通路・夜
びしょ濡れで通路を歩く小堀。看護師達とすれ違う。
看護師A 「また姥捨て山案件だよ。あー憂鬱」
看護師B 「植物状態の患者ですか」
看護師A 「そ、とりあえず空きベッドあるか見に行くよ」
振り返り、看護師達の後をついていく小堀。
× × ×
耳栓をした看護師達が、通路の一番奥の病室の扉を素早く開けてすぐに閉める。
一瞬、大量のブザー音と機械の声が聞こえる。
扉前に駆けつける小堀。
恐る恐る扉を覗くと、大量のブザー音と機械の音が鳴り響く中、広い病室に所狭しとベッドの中で眠る老人達の姿。
怯えた顔で、後退りして逃げだす小堀。

33〇同・同・スミレの病室・中・夜
息を荒げて病室に入る小堀。
テレビでは『眠れる森の美女』が放送中。
安らかな表情で眠るスミレを見つめる小堀。
小堀のスマートウォッチの画面が赤く点滅。
大きなブザー音が鳴る。
機械の音「今すぐ睡眠税をお支払いください」
床に座り込む小堀。両手を床についてうずくまる。
目には涙。小堀の胸ポケットから名刺が落ちる。
小堀「(嗚咽しながら)俺どうしたらいいんだよ」
小堀が床を見ると、バンクの名刺が落ちている。
胸ポケットを手で触る小堀。
名刺を拾うと、「クーカムとは『運命の人』」という文章と電話番号が書かれている。
名刺をじっと見つめる小堀。ポケットから急いでスマホを取り出す。

34〇バンクのオフィス・外観・夜
5階建てのデザイナーズマンション。

35〇同・中・夜
ソファーに座る小堀。全身が雨で濡れている。疲れ果てた表情。
小堀と反対側のソファーに腰かけるバンク。
ドアの前には小森の姿。
小堀のスマートウォッチ画面が赤く点滅しブザー音が鳴る。
機械の音「今すぐ睡眠税をお支払いください」
バンク「...... 大変でしたね」
小堀「...... 寝てないのに一時間に一回警告してくるんですよ」
鞄からニコニコドリンクを取り出し一気飲みする
小堀。目に生気が戻り深呼吸する。
バンク「先ほどの話の続きですが、私のお願いを聞いてくれるなら、クーカムと奥さんの分の睡眠税をお支払いしましょう。もちろん今後の睡眠税も私が負担します」
小堀「なんでもやります!俺なにすればいいんですか?」
バンク「ある男を殺してもらいたいんです」
小堀「え?」
ニコニコドリンクを地面に落とし口を開ける小堀。
小堀「……冗談でしょ?」
ドアの前の小森を見て、
小堀「ねぇねぇ、バンクさん冗談きついよね」
無反応の小森。
バンク「その男に復讐したいのです。手伝ってもらえませんか?」
小堀のスマホが鳴る。スマホには七星からの着信。
バンク「どうぞ出てください」
バンクを警戒しながら電話に出る小堀。
小堀「...... もしもし、どうした?」
七星の声「やっと出たな、お前なにしてたんだよ」
小堀「悪い、ちょっと色々あってさ」
七星「まあいいや。要件だけ話すぞ、花沢さんが亡くなった」
小堀「...... え?うそだろ」
七星「突然死らしい。明日お通夜だから。出るよな?」
スマホを床に落とす小堀。
バンク「どうかしましたか?」
小堀「花さんが...... 亡くなった」
バンク「同僚の方ですか?」
小堀「(力なく頷き)明日お通夜だって...... 」
バンク「それはラッキーですね。参列してきてください」
小堀「...... ラッキーって。花さん死んだんですよ?なんですかそれ」
バンク「クーカム落ち着いてください」
小堀「人を殺してくれとか、人の死が嬉しいとか、さっきから何言ってんすか」
立ち上がり玄関に向かおうとする小堀。
小堀「失礼します。他あたります」
小森に押えられて地面に頭をこすりつけられる。
バンク「ブザーマンにお金を貸してくれる所があるとでも?」
小堀「人を殺すなんてできるわけないでしょ!」
バンク「クーカムが死ぬと、睡眠税の滞納は誰の元に戻ってくるんでしょうかね」
ハッとする小堀。
バンク「知ってますか?植物状態でも耳は聞こえているそうです」
力なくバンクを見つめる小堀。
バンク「知ってますか?病院には親や子に見捨てられた植物状態の患者が集められるという場所を。ブザーが一日中鳴り、彼らを苦しめる地獄のような牢獄を」
小堀「やめてくれ」
バンク「クーカム、あなたは奥さんの命も預かっているのですよ」
小森が小堀を立たせて扉の方へ押す。
バンク「お通夜が終わったらまたここに来てください」
小堀「花さんの所に行きたいけど、俺には時間が...... 」
手元のスマートウォッチを憎々しそうに睨む小堀。
バンク「私がなぜあなたに殺しを依頼したのかが、わかるかもしれませんよ」
小堀「え?」
小森が扉を開ける。
バンク「早く行きなさい。時間がないのでしょ?」
小森が小堀を部屋から追い出す。

(第一話了)

第二話
https://note.com/momomodoodo/n/na6aa504e8be8


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?