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虫のはなし


私は虫が苦手だった。

詳しく言うと、羽根のある虫が苦手だった。
気持ちが悪いとはあまり感じないのだが
急に飛ばれるとびっくりする。

もうちょっとゆっくり動いてくれればいいのに、突然バババっと飛ばれると
息が止まるかと思う。

逆に飛ばない虫は好きだった。
クモはときどきジャンプするけど、
そんなことは可愛いもので
部屋にクモがいるとよく喋りかけた。

毛虫も地をはっているときは安心して見る。
木から落ちてくるパターンは本当に
驚くしこわいのでやめてほしい。

実家は、夏によくGが出現したので
毎日が戦いの時期もあった。
あいつは急に飛ぶ。
苦手意識を持っていると見つけるのも早く、
私の遭遇率だけ異常だった。

関西に引っ越してきて、山々に囲まれたなか
一人暮らしを始めると当然虫は多かった。

けどあまり気にならなかった。
最初から最後まで飛んでいるか、
全く飛ばないかのどちらかが多いからなのだろう。

ちなみに蛾や蝶の類いも、比較的
ゆっくり飛んでいるから大丈夫だった。

先日、勝負のときがきた。
出勤しようと玄関を出ると、
アパートの入り口付近に、なんかデカイやつがいた。
真っ黒でデカイが、手足が長くて
Gでもクモでもない、未知の虫。

まぁあちらにもあちらの事情がある。
そう思ってスッと横を通ろうとしたら、
バババババっと飛んだ。

全力でダッシュした。

いや、向こうも驚いたのかもしれないが、
私はそんなに驚かせるようなモーションはしていない。
もしかしたらウトウトしているところに
ゴジラのようにどしーんどしーんと
私がやってきて驚いたのかもしれないが
それはそちらの都合である。

とにかくそんな急に飛ばれると困る。

弓矢を放たれたような気分になる。

退勤して帰宅が近づくと、
朝のことがよぎる。

まだいるかな…
あいつ、どうしてわざわざあんなとこに…
山へ帰ったらどうだろうか…

入り口に着くと、やはりいた。
黒くてデカイ。

恐る恐る近づいた。
ひっくり返っていた。

しばらく見ていたが、動かない。
横を通っても、動かない。
ガチ寝かと思ったが、ピクリともしない。

死んでいた。

今朝、あんなに元気よく飛んだのに。

それまではまったく迷惑だと思っていたが、
私は最期の勇姿を見たのかもしれないと思った。

もしかすると世界中で私だけが、
あいつのことを考えているのかもしれなかった。

なにもこんな、コンクリートの上で
命を絶つことないのに。

あの虫に幸あれ。

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