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芸妓さんに大喜びされたお菓子

 初めてお茶屋遊びをした時、お茶屋のお母さん(女将のことを花街ではそう呼ぶ)から教えていただいたことがあります。
 
 「これは決まり事でも、強制でもあらしまへんけど、芸妓・舞妓が帰る時、そっとポチ袋に『気持ち』を入れて渡さはるとよろしおすえ」
 
 「気持ち」とは、ご祝儀のことです。
 最初は、どうやって渡そうかとタイミングに悩みました。
そんなこちらの心配をよそに、芸妓さん、舞妓さんにとっては「いつものこと」なので、にっこり笑って、
 「おおきに」
と、受け取っていただけました。
 
 ある日のことでした。
 ポチ袋を渡そうとして、お母さんに預けておいた上着の中に仕舞ってあることに気付きました。
慌てて、上着を取りに行きます。
ポケットに手を入れると、ポチ袋の他に何かが指に触れました。
「京御菓子司 亀屋清永」(1617年創業)さんで、昼間に求めた「月影」です。
「月影」は、黒糖の入った羊羹で、一つずつ切って個包装してあります。その切り口に、クルミがまるで月に漂う雲のように見えることから、そう名付けられたようです。
私は「月影」が大好物なので、帰りの新幹線の中で食べようと思い、お茶屋を訪ねる前に3つだけ買ってポケットに入れたことを思い出しました。
 
ポチ袋と一緒に、その「月影」も渡すことにしました。
「よかったら、おやつにどうぞ」
すると、芸妓さんが予想外に、
「あっ!『月影』や。うち大好きなのどす」
と、甲高い声を上げたのです。
 続けて舞妓さんと、地方のお姉さん(三味線や唄を担当する芸妓のこと)も、
 「うちも好きどす」
 「おおきに」
と、満面の笑顔で喜ばれました。
 
 ご祝儀を上げても、そんなに喜んでもらったことがありません。
たった一つの「月影」がこんなにも好評だとは・・・。
 ひょっとすると、ポチ袋はほとんどのお客様が渡されるので、「ならわし」のようになってしまっているのかもしれません。
そんな中で、お茶屋で遊び慣れない無粋な客(私のこと)が「おやつにどうぞ」などと言って、一つだけお菓子を渡したのが新鮮で、芸妓さん・舞妓さんの琴線に触れたのかもしれません。
 
 ちょっと「あさどい」かもしれませんが、以来、お座敷に上がる時には、ポケットに、何かしら京銘菓を忍ばせるようにしています。

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