見出し画像

330余年の老舗「半兵衛麩」の家訓に、商いの神髄を見た

 「京都祇園もも吉庵にあまから帖」シリーズ第8巻のストーリーを編むにあたって、京都の麩の老舗「半兵衛麩」の玉置剛社長に取材をさせていただきました。
「半兵衛麩」さんには、330余年もの間、繁盛を続けて来られた原点ともいう
べき「家訓」があります。
それが、
「先義後利」
です。
小説の中で、この「先義後利」を、こんなふうに紹介させていただきました。
今、仕事に人生に悩んでいる人の、一筋の光となればと願って。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 暖簾をくぐると、笑顔で出迎えてくれたのは、玉置剛社長だった。
「ようおこしやす、みなさん。お待ち申し上げておりました」
 遥風は緊張して名刺(めい し)を交わす手が震えた。もも吉が挨拶も早々に、玉置社長に微笑(ほほ え)みを浮かべつつ言う。
「電話で事情はお話しさせていただいた通りです。このお嬢さんに、『半兵衛麸』さんのお仕事や歴史のこと説明してあげておくれやす」
 玉置社長は、こくりと頷(うなず)き、
「外(ほか)ならぬ、もも吉お母さんの頼みや。かしこまりました」
 応接室に通されると、早々に玉置社長は遥風に向かって話し始めた。
 
 (中略)
 
それは家訓に基づくものやからです。うちの店の商いは江戸時代の石門心学の開祖・石田梅岩先生の教えを基としております。その一つが我が社の家訓にもなっている『せんぎこうり』です」
 石田梅岩……たしかその名前は大学入試の日本史の模擬テストでも出たことがある。でも、名前だけで詳しくはわからない。
「え⁉ せんぎこうりって?」
「『義を先にして利を後とする』という意味で『先義後利』と書きます。義とは正しい道のことです。商いの正しい道とは、お客様のお役に立てることを考え、お客様に喜んでいただき、そのお礼としてお代を頂戴するということです」
 先義後利。
 初めて耳にした言葉だった。遥風は率直に尋ねた。
「あの~『正しい道』ってどないなものなんでしょう」
 誰でも間違った道など歩きたくないはずだ。「正しい」と言われても漠然とし過ぎている。
「よくぞ聞いてくれました」
 と、社長は瞳を輝かせて、
「先代の半兵衛が、まだ幼かった頃に先々代から聞いた『聞き書き』がありまして。そこにこんな逸話が残っております」
 と、話し始めた。
「ある日、先代が父親からおやつに『あられ』をもらって食べていると、『小さいのや割れてる物から先に食べなあかん。自分が悪いのを食べて、他人に良いのを食べてもらえるようにするんや』と注意されたんやそうです。人と付き合う上での心構えですね」
 玉置社長は、さらに話を続けた。
「実は、この逸話は、自分自身にとっても大きな意味があるんです。『面白ろないことや嫌なことは先に済ませてしまいなさい。例えば、夏休みの宿題も、あとであとでとほっておいたら、休みが終わる前に慌てることになる。先にやっておいたら、宿題気にせんと遊べるやろ』という教えでもあるのです」
 遥風は、なるほどと感心した。とはいっても、それはあくまで子どもに対する躾の話に過ぎないのではないかと思った。
 玉置社長は、そんな遥風の心を見透かしてか、さらに話を続けた。
「先代も父親にこう言い返したそうです。『夏休みはたくさんあるし、休みになったら早よ泳ぎに行きたいやん』と。その気持ちは、大人の私でもようわかります。実は、この先代の話には続きがあります。皆川さんは信用金庫にお勤めやそうやから、ご存じかもしれまへん」
「え⁉ 私も知ってる話ですか……」
 玉置社長は、話を続けた。
「ある時、ある銀行員がお金を借りに来た人を応接室にお通しして、お茶と空豆の炒ったんをお菓子としてお出ししたそうです。お客さんはお金借りに来てはるんやから、お茶もなかなか飲まれはらへん。ましてやお菓子をポリポリ食うわけにもいかへん。最初は遠慮されてたお客様も、銀行員がお腹空いてはるんかいくつも食べはるので、つい、釣られて空豆に手を出したんやそうです」
 遥風は、いつしか体半分前のめりになっていた。
「炒った空豆は、大きいのや小さいの、片方だけになったんや皮からはみ出たもんが、綺麗なもんに混じってました。銀行員は、お客様がどの空豆に手を伸ばすか、さりげのう観察してはるんやそうです。綺麗な空豆を摘まんだ人にはお金は絶対に貸さへん。反対に、形の悪いもんから食べる人に、お金を貸したそうです。なんでか、わかりますか?」
 まるで一休さんの頓智のようだ。遥風はすぐに答えることができなかった。
「悪いもんから片付けて行く人は、早う借金を返そうとするもんやからです。反対に綺麗な空豆から食べる人は、借りたお金をいつまででも気にならんとそのままにしてしまう」
 遥風は、なるほど、と思った。
 でも、つい「本当にそんなんでわかるんですか」と口にしたその時だった。
 もも吉が一つ溜息をついたかと思うと、着物の裾を整えた。背筋がスーッと伸びる。帯から扇を抜いたかと思うと、小膝をポンッと打った。ほんの小さな動作だったが、まるで歌舞伎役者が見得を切るように見えた。
「あんさん、この話、こじつけやと思うたんやありまへんか?」
「え⁉」
 遥風は息を呑んだ。もも吉が続ける。
「これは人の生き方、正しい心を見定めるための譬え話や。人は長いこと生きてると嫌な人に会わなならんこともあります。断りや謝りに行かなならんこともあります。それを、気ぃが進まんから、面倒やからと明日、明日と先延ばしにしていたら、胸の辺りが重うなるもんや。気ぃが入ってへんと良えもんも作られへん。商いにも身ぃが入らへん。でも、良えもんが出来上がれば、お客様が喜んで買うてくださる。すると、嬉しい。嬉しいと、嫌なことを先にササッと済ませて、もっと良えもん作ろうと努力する。この繰り返しが大事なんや。嫌なことから片付ける習慣いうんは、大人になって商いをする時に役立つという教えなんや」
 遥風は目から鱗が落ちた気がした。
 
「京都祇園もも吉庵のあまから帖」第8巻 P109より


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?