溶ける

透明の水に泥水が混ざるような感覚。
キラキラした気持ちが濁っていく感覚。
毒祖母と話す、ということは そういう感じだ。
両肩に鉛でも乗せられてるんじゃないかと錯覚するほど、体が重たくなる。
「関わらなければいい」と言われるかもしれないが、向こうから積極的に関わってこようとするし、父に会おうとすれば 近くに住んでいるので、なかなか避けることもできない。
なるべく「祖母に会いたくない」ということは父に伝え、私が実家に行くことは伏せてもらえるように努めてはいる。
でも、祖母が突撃訪問してくることもあるし、父以外の人間がポロッと言ってしまうこともある。
それに何より祖母と関わるのは「お金のため」と言ってしまえば わかりやすいだろう。

ずっと、家族はみんな 嫌いだった。
姉も母も父も、いろいろ教えて 話して 語って、お互いを理解しようと努めて、ようやく なんとか 仲良くなれた。
仲良くなれた今は良いが、正直 もし血が繋がっていなかったら、仲良くなりたいとは思わないだろう。
今でも「私が強制的にいろいろ教えてあげたから、今の関係性が成り立ってるんだろ」なんて、思ってる。
そんな風に思うってことは、家族に対して尊敬の念はほとんど無いに近い。
でも機能不全家族が……内戦状態だった家族が、平和に ここまで仲良くなれたのは、いろんな事例を見てみても なかなかない。
だから、尊敬できなくとも これは誇っていい結果だと思っている。
ちゃんと、家族の良いところも知ってるしね。
うちの場合、蹴り飛ばされることはよくあったし、熱湯かけられたり、叩かれるのは当たり前で、言葉の暴力も凄まじかった。
私は「殺してやる」って、ずっと思ってた。
いつ襲われるかわからないので、枕元にサバイバルナイフを忍ばせていたくらいだ。
そんな内戦状態を平和にさせたのは、身が引き裂かれるほどの努力の賜物だ。
何度自分を殺したか。
何度自分を殴って気持ちを押し殺したか。

祖母は、そんな過去を思い出させるような存在だ。
両親よりも毒が強い。
「こんなのが親じゃ、そりゃ 良い人は育たないよね」という、典型だ。
でも、我が家の人間はみんな 外面は良い。
良すぎるほどに良い。
私も例に倣って、めちゃくちゃ愛想よく振る舞うことなんて 簡単だ。
嘘はつかないと自分に誓ってるから、もう 無闇に愛想を振り撒くことはしてないが、スイッチのオン オフを切り替えるみたいに、今でも難なくできてしまう自分に、多少の気持ち悪さは感じる。
嘘はつかないと誓っていても、祖母にだけは違う。
祖母は、凄まじくヒステリックだ。
自分の思い通りにいかないと、喚き 暴れ 脅す。
だからみんな、仕方なく言う通りにしなければならない。
「早くこの世から去ってくれ」と、切実に願っている。
彼女が死んだとき、私は涙を流すだろうか?
母が亡くなったときは、かなり打ち解けていたのもあって、涙が流れた。
彼女が死んだとき、私は どんな気持ちになるだろう?

なんて、こんなことを思うほどに、祖母と話すと 気持ちが闇に吸い寄せられていく。
気力がすべて奪われていく。
でも、私には幸い、最高のパートナーがいる。
「あなたが寂しく思わないように」なんて、ご飯を作りおきして 手紙を残してくれる存在がいる。
祖母から嫌なことを言われたら、それを聞いてくれ、一緒に怒ってくれる人がいる。
その優しさが、心に混ざろうとする闇を薄めてくれる。
楽しそうなことを誘ったら「一緒にやりたい」と言ってくれる友達もいる。
そんな事実が、私を救ってくれる。
正直、家族なんて きっと どうでもいい。
本当は、最高の家族に恵まれれば良かったんだけど、それは変えることはできないから。
家族なんて所詮、血が繋がってるに過ぎないから。

間違ってたんだと知る。
家族に変な期待をするのは、間違ってたんだと知る。
そもそも、家族に限らず、他人に自分の身勝手な期待を押し付けるのが間違っているんだ。
これは「相手に期待をしない」というわけではない。
「こうあってくれたら嬉しい」「こうあってくれたらもっと良くなる」なんていう期待は、先生が生徒に期待するように 上司が部下に期待するように 親が子供に期待するように、良いことだ。
生徒の成績が上がったら嬉しい、部下が経験を重ね いろんなことを知ってくれたら もっと良くなる、素直に 元気に育ってくれたら嬉しい……そんな期待をするのは、期待をされた側も嬉しいだろう。
そうじゃなくて、自分都合の期待の押し付けは、間違ってるんだ。
境目が難しいけど「生徒の成績が上がれば 自分の評判も上がる」とか「部下が自分の言う通りに100%動けたら楽になれる」とか「子供が立派になったら自分の抱えている不安が消える」とか、そんな自分勝手な期待を少しでも抱いたなら、それは 間違ってるんだ。
私も一緒だ。
「良い家族であってほしい」なんて、それは「自分が楽に、楽しく過ごすため」って気持ちがあるからだ。
理想のおばあちゃん像があるから、そうあって欲しいと勝手に望んでいるに過ぎない。
もちろん、そうあってくれれば最高だけど、あの人には無理なのだから。
あの人と関わるのはお金のために過ぎない。
それ以上でもそれ以下でもない。
そして、過剰に求めてもいけない。
過剰に求めようとすれば、自分が痛い目を見るんだ。
貰えればラッキーくらいの気持ちでいないと、ダメなんだ。
反省する。

反省する、余裕ができる。
「ひとりで生きていく」と、今のパートナーに出会うまで決めていたけれど、きっと ひとりだったら こんな余裕は生まれなかったと思う。
「感謝せねば」と思う。
毎日感謝はしてるけど、より 強く そう思う。

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