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『けいおん!』日常系作品に込められた深い人生訓
『ぼっち・ざ・ろっく!』、『ガールズバンドクライ』は表面上はガールズバンドアニメだが、作品ジャンルはそれぞれ「金の羊毛」、「バディとの友情」と異なっている。今回取り上げるのはまた別ジャンルのガールズバンド物、この分野の古典かつ原点とも呼ぶべき『けいおん!』だ。『けいおん!』はどんな物語だったのか、ちょっとした考察を。
最後に勝つのは誰だ?
まず余談から始めたい。サッカーワールドカップのメキシコ大会(1986年)で得点王になったゲーリー・リネカー(イングランド代表)が、
「サッカーとはどんなスポーツなのか?」
について面白い言葉を残している。
フットボールは単純なスポーツだ。22人の男が90分間ボールを追いかけ、最後はドイツが勝つ。
この当時のドイツ代表(さかのぼると西ドイツ代表)チームの強さを示した有名な逸話だ。(実は、ドイツ代表はこの発言のあった1990年頃までは粘り強いプレースタイルで国際大会で常に好成績を残していたが、その後は優勝するかと思えば、1次リーグ敗退などムラのある戦績のチームになった。これについて私も一家言あるが、この場の本題でないので省略する)
さて、この「最後はドイツが勝つ」を『けいおん!』に当てはめると次のようになるだろう。
『けいおん!』は単純な物語だ。女子高生たちがバンド活動を楽しみ、最後は平沢唯が勝つ。
『けいおん!』は最後は平沢唯が勝つ物語だ。なぜなら彼女が物語の主人公で、『けいおん!』のジャンルが「バカの勝利」だからだ。(異論は認める)
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「バカの勝利」とは
毎度例によって出典は『SAVE THE CATの法則』だが、物語に「バカの勝利」というジャンルがある。
<バカ>は、神話でも伝説でも、重要な登場人物だ。表面的には単なるバカなまぬけ者に見えるが、実は最も賢い存在なのである。一見負け犬に見えるのでみんなに見下されているが、逆にそのおかげで<バカ>は最終的に光り輝く勝利を手に入れるチャンスに恵まれる。
「バカ」は言葉のあやできつい表現に感じるが、意味的には「愚直」と言い換えるのが適切だと思う。このジャンルの有名作品は『フォレスト・ガンプ/一期一会』だが、もう少し日本人にわかりやすい話で例えると「わらしべ長者」ではどうだろうか。
わらしべ長者のストーリーはご存じのとおりで、一本の藁から幸せをつかんだ主人公は、一見愚かな人物に見えるが仏様(あるいはお坊さん)への素直な信仰心をもとに最終的な勝利を手に入れる。
ひるがえって『けいおん!』の主人公・平沢唯は「軽い音楽」らしいと深く考えずに軽音部に入部する人物である。根っからの善人であり、だからこそ他者の善意も無邪気かつ心底から信じている愛すべきバカだ。
カスタネットをたたく程度しかできない楽器演奏の初心者だったが、友人のサポートとちょっとした才能のおかげで楽しくバンド活動を続け、物語の中で様々な勝利を手にしていく。
物語を構成する「権力/体制」と「インサイダー」
「バカの勝利」ジャンルの物語に欠かせない構成要素は、
一見するとバカのように見える主人公
主人公が直面する権力や体制
主人公の身近にいて、主人公の潜在能力に薄々気づいているが、主人公が成功するとは思っていないインサイダー
だとされている(『SAVE THE CATの法則』より)
これを『けいおん!』に当てはめると、生徒を型にはめて思い通りに統制しようとする学校や社会のルールが「権力/体制」にあたるだろう。
インサイダーは意見が分かれるかもしれないが真鍋和が該当しそうだ。
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真鍋和は主人公・平沢唯の幼馴染であり、唯が入部する部活を決めかねていることを心配したり、高校卒業後の進路がいつになっても決まらない様子を憂慮するキャラクターとして登場する。
しかし、そうした心配をよそに、主人公の唯は軽音部で仲間たちと毎日バンド活動を楽しみ、新歓ライブや文化祭ライブで大活躍する。進路についても当初は「ニート」と書くほどの破れかぶれ状態だったが、最終的にはバンドメンバー全員で第一志望の大学にそろって合格する勝利を収めていくのだ。
こうして物語を振り返ってみると、正直な感想としては彼女はあまりにも勝ちすぎたのではないかと思う。主人公の必然といえばそれまでだが、高校生活(主に部活動、学内イベント)での様々な場面で唯が勝利を根こそぎさらっていったため、あとには焦土しか残らなかった。つまり、唯たちが卒業した後の軽音部がそれだ。
軽音部は唯たちが2年生のときに新入部員の中野梓を獲得するが、3年生時の新入生獲得には失敗する。しかし、そんな状況で唯は楽しい部活を続けるには何も困っておらず「このままでいい」と発言する。
自分たちの卒業後は梓が一人残されると指摘され、それならと新入生獲得を再度試みるもうまくいかず、またもや「このままでいい」と言い切って5人のバンド活動を継続する状況は、つまるところ平沢唯の勝利なわけだ。
その後、梓が寂しくないようにスッポンモドキの「トンちゃん」を購入するが、結局は自分が欲しいかっただけというオチがつく。ここでも唯が小さな勝利を手にしている。
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『けいおん!』とは最後は平沢唯が勝つ物語だ。同学年のメンバーたちは勝利する唯に便乗することができた。梓も途中まではそうだったが、学年が違うために焦土となった軽音部に取り残されてしまった。『けいおん!』は最後に勝利するバカとの付き合い方や距離感についての深い人生訓を与えてくれる物語だったと評するのは大げさだろうか。
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日常系作品として登場人物の誰もが幸せな物語をつむいできたはずだったが、もしかすると中野梓がこの物語唯一の敗者だったと言えるのかもしれない。
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